8.フランクの決断
翌朝。
一行は車の中
ではなく、レンドン家へ向かって道を歩いていた。
別に繰り返し会っていれば何か思い出すかも、とかではない。
単純に昨日の件の謝罪である。
本来の意味で敷居が高いというか。
バチバチに緊張している様子のフランクだが
『帰るまえに謝りたい』
とは、彼から言い出したことである。
「まぁ、向こうが会いたいか会いたくないかは別にして。心構えとしちゃ立派なんじゃないかな」
タシュが彼を褒める一方、ジャンヌは
『あの怒り方は、絶対エリンでした。話し方、言葉選び、家族を大切にしているところ』
『親が変わって育てられ方が変われば、人もいろいろ変わると思います』
『でも、それでも変わらない根っこの部分が。どうしても彼女が彼女だった部分が、エリンでした』
フランクがそう話すのを昨夜聞いている。
ただの会いに行く口実だったりして
そう思わなくもないのだった。
「あ」
「お、おはよう、ございます」
レンドン家に着くと、ちょうどメリーは井戸で水を汲んでいるところだった。
フランクのぎこちないあいさつに、スッと真顔になる。
もともとウキウキな顔をしていたわけでもないが。
「何か用?」
彼女はぶっきらぼうに問いつつ、返事を待たずに水の入った桶を運んでいく。
フランクは慌ててその背中へ手を伸ばす。
「そのっ、昨日のことを謝りたくてっ」
メリーの足がピタッと止まる。
だがまだ振り返らない。
「全面的に僕が悪かった。君の生きてきた人生を無視して、自分の都合ばかり並べて」
相手が見ていなかろうと、フランクは90度頭を下げる。
彼も誠意をもってこの場に来ている。
「本当に、ごめんなさい!」
すると、ジャンヌでなくとも気持ちとは通じるものか。
メリーもゆっくり振り返って桶を置き、
「私の方こそごめんなさい。ちょっとここのところ、カリカリしてたの」
深々と頭を下げる。
「そっか、そうなんだ」
「うん」
「……何か、あったの?」
ジャンヌが一瞬『あっ、バカっ』というような顔をする。
女性ならではのことであれば、ズケズケ聞いたらノンデリカシー。
触れないのが安牌ではある。
が、今回は運良く違ったようだ。
彼女はやや力なく笑う。
「もうすぐ手術があるの」
「えっ」
どころか右腕で左腕を抱き寄せる仕草は、気弱ですらある。
「私、まだ事故のときの木片が体に残ってて。ふとしたときにとっても痛いの」
「そ、そうなんだ」
「今までは『まだ幼いから体が手術に耐えられないかも』って放置してたんだけど。もうじゅうぶん大人になったから、明後日ヴァリアントに行って摘出するのよ」
メリーは視線を地面へ投げる。
「まぁそれでも、絶対安全ってわけじゃないんだけど」
声のトーンも大きさも、一段階下がっている。
「そ、そうなんだ」
急な内容に、フランクもなんと言っていいか分からなくなっている。
なんならその後方で、ジャンヌ一行もチラチラと目を見合わせている。
「だから、やつあたりしてしまったかもしれない。悪く思わないでちょうだいね」
それで話したいことは終わったのだろう。
メリーは桶を手に取りまた背を向け、玄関へと向かう。
そこに
「待ってくれ!」
フランクは一際大きな声を掛ける。
「なに?」
振り返ったメリーを彼は真っ直ぐ見据える。
あるいはそれは、別れがたい名残りで飛び出した言葉かもしれないが
「僕もその手術に、ついて行っていいかい」
「えっ」
「邪魔はしない。出しゃばりもしない。ただ遠巻きに立ち会うだけだ。いいかい」
「それ、は、好きにしたらいいけど」
声と表情は真剣そのものだった。
「いったいどうして、あんなこと言い出したんだい」
村長が一晩の宿にあてがってくれた一室。
ベッドに腰掛けたタシュが切り出す。
決して責める口調ではないが、気にはなるようだ。
すると、一人用の椅子に座ったフランクは両肘をテーブルにつく。
「ケジメ、っていうのが、近いんですかね」
「ほう」
アーサーも反応する。
彼は腕組みしながら壁にもたれて立っている。
「彼女、体に残った木片を取り出すって言ってました」
「そうだね」
「それが終わったら、あの体に記憶を失うまえと、過去と繋ぐものは一切なくなる。過去との決別、清算になるんです」
語り口は静かで淡々としており、弱さすら感じられる。
だが、
「彼女がエリンであったとしても、明後日それは完全に消えてなくなるんです。エリンは、もう一度、今度こそ、死ぬ。
だから僕も、そこでケジメ、終わりにしようと。彼女とは『さよなら』をして、眠らせてあげないと」
どこか芯があるように聞こえるのも、また事実だった。
フランクは椅子から立ち上がると、深々と頭を下げる。
「ですので、今回の依頼は以上になります。ありがとうございました。僕はもう少し残りますので、お先にお帰りください」
ここからは自分の問題、ということだろう。
まぁ最初からそうと言えばそうだし、事務所としてできることはないが、
「よう言うた! それでこそ男や!」
「急に訛ってる!?」
タシュがフランクのところまで行き、肩を組む。
困惑する彼に、アーサーも声を掛ける。
「そうは言うがね。ヴァリアントまで行く足がいるだろう? 帰りの電車賃も結構かかる」
「それは、まぁ」
「行きも私の車に乗ったんだ。遠慮せずにもう少し乗るといい」
「皆さん……!」
悲壮な覚悟に染まっていたフランクの顔が、見る見るうちに明るくなる。
「ありがとうございますっ!」
「いいってことさ」
「水臭いじゃないか」
男たちが肩を組み、
『いつの間にそんな仲良くなったんだよ』
と言いたくなるような雰囲気を醸し出すなか、
ジャンヌは終始離れた窓辺に座って、頬杖を突きながら外の景色を見ていた。
そして、あっという間に出発当日。
「レンドン家は馬車で行くんだな」
「後ろをついてくなら、ゆっくりの運転になりそうだね。ジャンヌも車酔いしなくて済むよ」
今日中に手術とはならないだろうが、門出には素晴らしい晴れの日。
一台の馬車と車が、アイレ村を出発した。
それからしばらくして、ようやく危険な崖沿いの細道は抜けたころ。
「ヤバい、なんか気持ち悪くなってきたかも」
「メッセンジャーくんじゃなくて君が酔うのか」
カッコ付けてついてきたタシュが、最悪にカッコ悪い事態に。
「やっぱり、4人詰め込むのは無理があったんだよ」
「今までは平気そうだったじゃないか」
「僕まで緊張してるのかも。なんか気が紛れる話してよ」
なんとも雑なリクエストが出ると、
「では、この際ですし」
ここまで黙りがちだったジャンヌが口を開く。
「リンスカムさん、一つお聞きしたいことがあるんですよ」
「僕ですか? なんでしょう」
座り順は向かって左からタシュ、ジャンヌ、アーサー、フランク。
彼女は首を伸ばして相手を覗き込む。
世間話ではなさそうな、やや真剣な表情である。
「そもそもなぜ、ここまでエリンさんにこだわるのかについて」




