6.手掛かりはあるし、ない
「見つかった? それはめでたいじゃないか」
アーサーは腕組みしながら頷きジャンヌのデスク、机に腰を下ろす。
が、すぐに尻をペン先で突かれ、しぶしぶソファへ移動する。
「それでわざわざ手紙で知らせてくれたというわけか」
まるで我がことのようにしたり顔の伯爵だが、
「いや、そう単純な話でもないんだ」
タシュはわずかに肩をすくめる。
「どういうことだね。墓か遺体で見つかったとかいうオチか」
「いや、普通に生きてるし、五体満足でもあるんだけどね」
「迂遠だな」
アーサーの腕組みの意味が不満に変わり、表情もムッとする。
タシュは『そう怒るなよ』というように手を振ると、デスクへ軽く身を乗り出す。
「正確には、彼女と思しき人物が見つかったんだ」
「? どういうことだ?」
「その人、顔にはとても面影があるんだけど、
記憶がなくて本人確認が取れないんだ」
「おぉ……」
アーサーが短く息を漏らすと、自然と腕組みも解ける。
「面影があるったって、幼児期から10年だからね。確実とは言えない。だけど当の本人が肯定も否定もできない」
「いつかのマックイーン姉妹のようだな」
「まさにね。カンブリアンはそういう絡みの土地なのかも」
「どうりで足跡に残留思念がなかったわけだ」
タシュは鼻からため息を抜くと、棚からナッツ缶を取り出す。
「それでまた今回、ウチに依頼が来たわけさ。
『彼女がエリンなのかどうか、はっきりさせてくれ』
ってね」
「いやしかし、メッセンジャーくん」
ここでアーサーは、ずっと黙っているジャンヌへ話題を持っていく。
「それこそいつかのマックイーン姉妹だ。
君は『記憶喪失の記憶は読めない』んじゃなかったか?」
すると彼女はカップに紅茶を注ぎつつ、
「えぇ」
淡白なリアクション。
「大丈夫なのか」
「大丈夫ではありませんね」
「ではどうする」
「依頼されてしまったので。一応読めないだろうことはお伝えしたのですが」
それでもなお、ワンチャンスに懸けて依頼する。
それも人情だろう。
何せ、こういうことは『メッセンジャー』以外に手段がないのだから。
淡白なリアクションも、『こういうことは多い』という慣れなのかもしれない。
もしくは、
「というわけで、私はまた出張となりますので」
「分かった。どこまでだ。車を出そう」
「僕も行こう」
「はぁ」
憂鬱なだけかもしれない。
「えーと、左の方に進むみたいですね」
「えー? 細いし登りだし未舗装だよ?」
またも4人乗りの車内。
フランクが地図を広げてさらに狭い車内。
一行はある集落へ向かっている。
目的地は脱線事故の現場からそう遠くない位置に、ひっそり存在している。
もちろん絶対値として近くはない。
決して『人の世から隔離された』とまでは言わないが、ここもまた山間。
もはや国土地理院勤めでもなければ、一般王国民には知るべくもない場所である。
一応世間の貨幣経済が通用するらしいので、近隣都市とは交流があるのかもしれないが。
そこにエリンと思われる人物がいるという。
フランクはタシュに紹介された探偵事務所を使い、ついに山奥のお姫さまを発見した。
彼と探偵と、どちらの執念と言うべきか。
しかし当然、山奥なので駅は通っていない。
よって今回も車で向かうことに。
前回の反省を活かし、余計な人間はお留守番するか、
せめて誰かが運転席に着いて後部座席を開けるか(この時代、免許なんて制度はない)。
しかし後者は
『過酷な山道を、慣れていない人間が運転するのは危険』ということで
前者はおよそ論理的理性的要素のない理由で却下された。
その結果、芸のない苦行の二の舞をしているわけだが。
「あ! あ! あ! 足攣った! 攣ったったっ龍田!」
「うるさいですね。外に出て存分に足を伸ばしてらっしゃい」
「外切り立った崖だけど!?」
それでも車は停止しているわけではない。
「お、見えてきたぞ。アレじゃないか?」
「どれですか? ちょっと失礼」
「ジャーンヌ! 踏んでる!」
カーブを曲がると、その崖の下に見えてきたのが
「はい。あれがエリンのいる、アイレ村です」
「リンスカムさん! 踏んでる!」
「濡れ衣です。私が足2本で踏んでいる」
「ジャーンヌ!!」
「なにぶん田舎ですから。事故のことなど知りませんでな。しかしお話を聞くと、そうだろうなとは思うのです」
大きな丸太小屋のリビングにて、テーブルを挟んで。
片側にはジャンヌ一行、対面には中年の夫婦が座っている。
到着した一行を出迎えたのは、ジョナサン・レンドンという木こりである。
縦にも横にも大きく、顔の下半分は真っ黒なヒゲで覆われている。
全身木こり人間と言えよう。
隣には、華奢というほどでもないが彼には不釣り合いにサッパリした女性、
妻のドロシーが座っている。
彼らこそが
「メリーは拾い子なのです。それも、身体中ひどいケガをした状態で、山の中を彷徨っていました」
「体のあちこちに細かい木片が刺さっていました。アレが汽車の車体なんかの破片だったとすれば」
メリー・レンドン
エリン・シャーディーと思われる女性の養父母である。
「それで彼女は」
「今は健康そのものなのですが、やはり事故以前の記憶はないようで。エリン・シャーディーという名前にも心当たりはないようです」
「そうですか……」
フランクが項垂れる。
分かっていても、目の前で言われればショックは当然である。
あるいは日にちが空いているあいだに、何か好転していることを期待したか。
空気に困ったのだろう。
レンドン氏は取り繕った笑みを浮かべる。
「ま、まぁまずは会ってみられますか? 娘に」
「ええ、お願いします」
ハートブレイクした青年の分ジャンヌが答える。
彼女としても、読心するなら会わないことには始まらない。
「分かりました。おーいメリー! 入ってきなさい」
レンドン氏が山の民らしくよく通る声で呼び掛けると、
『はーい』
ドアの向こうから、確かに健康そうな女性の返事が来る。
それとほぼ同時、リビングへ入ってきたのは
「はじめまして。メリー・レンドンと申します」
「あら」
「これは」
「確かにね」
ジャンヌたち3人が思わずつぶやくほど、
幼き日のエリンがそのまま歳を重ねた容姿の女性だった。




