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5.希望と絶望の結末

「えっ!?」


 フランクが勢いよく振り返る。

 分かりやすいもので、口角が上がった顔は光を放ちそうなほど。


「でもジャンヌ。生存者や意識のある人はいなくて、残留思念は読めなかったんだろう?」


 しかしタシュが冷静に突っ込む。


「確定ではないから一応可能性はある、という話かね?」


 腕組みをしたアーサーも続く。


 対してジャンヌはというと、


「確かに『望み薄』とは言いましたし、それは事実ですが。さすがにそこまで気休めだけの発言ではありませんよ」


 ニヤリとして首を左右へ振る。


「じゃあ、いったい」

「はい。あなたの言うとおり、事件の当事者の、当時の記憶は残っていませんでした。なので


 私が読んだのは、あとから救助に来た人々の記憶です」


「なるほど!」


 これにはタシュも手を打つ。

 が、フランクが一歩前へ出る。


「あの、だとしてもですよ? 救助隊の人たちはエリンの死体を発見していない。てことは、彼らが来たときには、彼女はすでに現場にはいなかったってことだ」

「えぇ、記憶でも事実そうでした」

「何が手掛かりになるって言うんですか?」


 彼も疑っているわけではないだろう。


 ただ、疑問をぶつけて解決されれば、この希望が確定する。

 少なくとも彼のなかでは慰めにとどまらない効力を発揮する。


 そのための作業なのだろう。


 であれば、ジャンヌも丁寧に向き合う必要がある。


「リンスカムさん。例の鉄道事故について、私はあまり詳しくないのですが。『事故の日、現場には雨が降っていた』ということはありませんか?」


 フランクは興奮気味に手を握り、大きく頷く。


「はい! そうらしいです! 前後で激しい雨が降っていて、脱線の原因もスリップだとか!」


 自分が伝えていなかった情報にたどり着いている。

 それが彼にとっても手応えなのだろう。


「それがどう繋がるんだい?」

「はい。救助隊の記憶のなかに、エリンさんのご両親の光景がありました。写真で見せていただいたものと同じでした」

「そうですか」


 少しフランクの声のトーンが下がる。

 亡くなっていることは知っていても、自分では直接見ていなくても。

 やはり悲しみがあるのだろう。


「しかし、その隣にエリンさんの姿はなかった」

「だから今回の依頼になっているのだしな」


 腕を組むアーサーに対し、ジャンヌはニヤリと笑う。


「ただ、そのすぐ()()に興味深いものが」

「興味深いぃ?」

「なんですかそれは?」



「ぬかるんだ地面に残った、小さい子どものものと見られる大きさの足跡です」



「「「それって!?」」」


 ハモった男たちに向かって、彼女は深く頷く。


「あくまで乗客に別のお子さんがいらっしゃった可能性は否定できません。が、


『その場で死亡せず、動くこともできた子どもがいた』ということだけは事実です」


「ほっ、本当ですかっ……!」


 フランクは大きく肩を震わせる。

 しかしそれ以上に声が震えている。


「じゃああとはその足跡の残留思念を読めばいいだけだね!」


 タシュも便乗するように()()()()が、


「……」

「あれ?」


 一瞬にしてジャンヌの表情が消える。

 そこにワンテンポ遅れて、



「だが、事故の被害者の残留思念は、一切なかったんだよな?」



 あごに手を当てたアーサーがつぶやく。


「はい」


 気付けばジャンヌの表情は厳しいものになっている。


「それはいったい、どういう」

「おそらくは」


 彼女は一度振り返る。

 きっとそちらが、足跡の向かっていった方向なのだろう。

 10年も経てば、当然何も残ってはいないが。


「残留思念も残らないほどの……ほぼ意識がない状態だったのでしょう」


 ジャンヌは一度そこで区切ると、目を伏せて左右へ動かす。

 何を追っているというよりは、そこに2択があって迷っているような。


 が、ややあってフランクと真っ直ぐ視線を合わせる。


「そんな状態で、この山の中を。それも10年消息が分かっていない。歩けていたとして、そのあと生き延びられたかと言われますと……」


 ここまで言う必要があるか迷ったのだろう。

 だが、彼女は伝えることを選んだ。


 なぜなら、彼の今後の動きに大きく関わるだろうから。

 捜索を始めるとなれば、お金も時間も掛かることである。


『生きている』という希望をより強くさせた身として、責任があると考えたのだろう。


 それが伝わったかどうかは分からない。

 しかし事実としてフランクは、


「だから、『望み薄』ということなんですね」


 絞り出すような声であった。






 ジャンヌたちにできることはここまで。

 読める残留思念がない以上は話も進められない。


 単純な人探しとなれば、実働部隊1名の事務所より向いているところがある。

 一応『もし捜索を続けるのなら』と、いくつか繋がりがある事務所を紹介して、



『ケンジントン人材派遣事務所』の仕事は終了した。











 それから1ヶ月ほど。

 ジャンヌたちもそれぞれの日々に終われ、過ぎたことなど忘れていたころ。


 朝、一台の車が『ケンジントン人材派遣事務所』の前で停まる。

 後部座席から降りてきたのは当然アーサーである。


 彼はスーツのジャケットを腕に掛けた状態で、事務所の中へと入っていった。






「やぁ諸君。近ごろ少しずつ、夏の足音がするな」


 その日もアーサーが、呼び鈴も鳴らさず2階の事務所へ乗り込むと



「……」

「……」



 タシュはデスクに座り、ジャンヌは立ってその肩越しに

 何かをじっと見つめている。


「どうした?」

「あら、伯爵。いたんですね」

「いらっしゃい、帰れ」

「今来たところなのに冷たいじゃないか」


 彼は定位置のソファにジャケットを投げると、デスクの方へと近寄っていく。


「それよりこの暖気にくっ付いて、けしからんじゃないか。何かおもしろい記事でもあったのかね?」


 ジャンヌの肩越しから眺めようとしたが、彼女が一歩早く自分のデスクへ帰る。

 ちぇっ、と背中を見送っていると、タシュが振り返って教えてくれる。


「以前にさ、リンスカムってお客がいたろ? 列車事故の、人探しの」

「あぁ、いたな。地獄のような車旅だった」

「誰のせいだと」

「君のせいだろう」

「まぁそれはいいんだよ」


 話が逸れそうになったので、タシュは無理矢理方向を修正する。


「彼から依頼の手紙が来たんだ」

「ほう! またかね」


 一応驚いたようなリアクションをするアーサーだが、すぐに首を傾げる。


「しかし、前回でできることは全てやったんじゃないか? いったい今度はどういう依頼なんだね?」

「それがねぇ。あれから発展があってね」


 タシュは振り返り、手紙の文面を確認する。

 それから伯爵へ向きなおる。



「エリンさんが見つかったんだって」

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