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4.現場検証

 現場は長距離鉄道の陸橋が掛かる山間である。

 何が言いたいかというと、


 特に駅などはない。


 しかも、






「では出発しようか。私の車が役に立つ」

「立ちませんよ。4人乗れないでしょう。3人でもキツいのに」

「じゃあ2:2で行こう。僕とジャンヌが別のタクシーに乗るから」

「あの、チャーター代、請求に加算されます?」


 ということになったのだが、



「コリングウッドの山間ぃ? そんなところ行かないよ。100万(5,000パウンド)積まれたってごめんだね」


「そんなの帰ってこれないよ」


「他当たってくれ」


 そのタクシーが捕まらない。


 まだまだ車の黎明期である。

 馬車が走っているし、自転車もようやく現代に似たかたちが出たころ。

 今ほど性能がよくないものを、ごく一部の階級が所有している時代。


 王国の山は低いものが多いとはいえ、誰も無茶などしたがらない。



「どうする? 馬車なら出してくれるかも?」

「ちょっと速度差がありすぎるんじゃないのか。一緒に行けないと()()()()()ことになるぞ」

「もう車置いて帰ってくださいよ」

「そんな殺生な」

「僕はどうしてこんな人たちに依頼してしまったんだろう」


 ということで結果、






「だぁかぁらぁ! 4人は無理ですって!」

「ケンジントンくんがおとなしく帰れば3人だった!」

「これ余計にガソリン食って予定外に立ち往生したりしないかな!?」

「大丈夫そうですか? 運転手さん。運転手さん?」

「安心してくださいリンスカムさん。彼はいつもセリフがないんです」

「えぇ……」

「よし、ここはジャンケンだ! 負けたヤツから降りる!」

「そんな『飢えた集団が人肉食を始める』みたいな」

「それで私が降りることになったらどうするんですか」

「あっ! 今車体跳ねた!?」

「ぎゃあ! ジャーンヌ! 足! 踏んでる!」

「踏んでるんですよ!」

「なんでさ!」

「足攣ったったんですよ!! たったぁ!!」

「どうしてこんな人たちに依頼してしまったんだ!!」


 地獄のような道のりを経て、数日掛けて、ついに






「確かにあの高さから落ちたら、ほぼほぼ助からないだろうなぁ」


 タシュはのんきに陸橋を見上げる。



 昼過ぎ、一行は例の事故現場、それも列車が落ちた地面側に到着した。



「慰霊碑も建っている。間違いなさそうだ」


 アーサーの横にある墓標のような石細工には、



『Detacided ot eht smitciv fo eht Sgnik Syawliar Tnailav-Enil tnemliared.』

※『国営鉄道ヴァリアント線脱線事故の犠牲者に捧ぐ』



 と刻まれている。

 そこにフランクが花を供え、そっと祈りを捧げる。


 が、肝心のジャンヌはというと


「おい、ケンジントンくん。メッセンジャーくんはどこに行った?」

「車酔いがひどいからって、近くの小川に」

「アレじゃないですか? あの川辺で膝ついてる」

「おぉ、いたいた。おーい!」


「おーい!」

「なんというか、なんであの人土下座みたいな姿勢なんでしょう」

「ねぇアレ、頭突っ込んでさ、溺れてない?」

「ヤバいぞ!」


 ヤバいことになっていた。






「まったく、体を張った一発芸ってのも、ほどほどにしてもらわないと」

「いったい誰のせいだと……」


 ようやく回復したジャンヌ。

 するやいなや、今度はタシュを水に沈めそうな顔をしているが


 そんなことをしても時間の無駄。

 さっさと仕事へ取り掛かるにかぎる。


「さて、リンスカムさん。ここで『エリンさんの行方の手掛かりになるものがないか』を読むのでしたね」

「はい! よろしくお願いします」


 彼女は軽く頷くと、右手袋のホックを外す。

 それからその場にしゃがみ込み、地面に手を触れる。


 まるでマンガの地面属性使いみたいな格好。

 まぁそれにしてはズブ濡れなわけだが。


 そのままジャンヌは身動き一つせず、集中して沈黙している。

 いくら晴れた春の昼間とはいえ、濡れているのに身震い一つしない。


 その光景に男3人もなんとなく固まっている。

 ただ遠くから流れてくる運転手のタバコの煙だけが動き、

 風による木々の()()()()と、鳥の(さえず)りだけが流れる静寂。


 なんとなく唾を飲むのも憚られるような緊張感のあと、


「ふう」


 何分待ったか。

 ややあってジャンヌが立ち上がる。


「どうですか!? 何か分かりましたか!?」


 食い気味のフランクに対し、彼女からの返事はない。

 そのまま少し移動して、また地面に触れる。


 見たところ何か先ほど触れていたのと違う様子はない。

 こればかりは『メッセンジャー』にしか分からないことだろう。


 それからしばらくその周囲、狭い範囲をうろうろする。

 手をついては立ち、またしゃがんでは手をつく。

 鶏が地面を(つつ)いて歩くさまに似ているか。



 どれくらいそれを繰り返したろうか。

 遠目にもジャンヌのスーツが乾いたのが分かるころ。


「はぁ」


 彼女は立ち上がり、真っ直ぐこちらへ歩いてくる。

 首をコキコキ動かすと、結んだ髪が馬の()()()()のように揺れる。


「メッセンジャーさん」


 フランクが再度声を掛けるも、すぐには答えない。


 まず手の砂を払ってから手袋をする、その時間で頭を整理しているのだろう。


 しかしそれも1分と掛かるものではない。


「そうですね」


 軽い相槌のあと、一度深呼吸を挟む。


「結論から言いますと、



 手掛かりとしては微妙、望み薄です」



「そう、ですか」


 フランクはあからさまに肩を落とす。

 仕方あるまい。こうも初手から切り捨てられ


 たかに見えたが、


「『ない』とは言わないのだな。メッセンジャーくん」


 アーサーが口を挟む。


「薄い『何か』はあったってことかい?」


 タシュも続く。


 それに対して、ジャンヌは軽く頷く。


「えぇ、順を追って説明いたしましょう」


 彼女はさっきまで読心していたあたりを振り返る。


「まず、事件当日の、被害者の方々の残留思念はありませんでした」

「それはつまり」


 前のめりのフランクにジャンヌは目を細める。

 少し悲しげに。


「例えがよろしくありませんが。飛び降り自殺は結構な割合で、落ちている最中に意識を失います。今回の陸橋もあの高さです」


 彼女は一度、今はきれいに作りなおされた橋を見上げる。


「皆さん、脱線してから落下までのあいだに気絶なさったか、あるいは即死でしょう」

「誰も思念を残す余裕はなかったということか」

「はい」

「そう、ですか」


 そこにフランクの大きなため息が挟まる。

 彼の肩はセンチ単位で落ち、背筋は茹でたホウレン草のように崩れている。


「じゃあ分かったことというのは結局、『エリンは生きていない』ってことなんですね。それが確定したって話なんですね」


 また一つ、はぁ、とため息が溢れる。

 ため息をつくと幸せが逃げる、なんていうが。

 今の彼は一緒に魂まで吐き出してしまいそうである。


「まぁ、分かっていました。普通はそうですよ。僕が受け入れなかっただけだ」


 フランクはジャンヌに背を向ける。


「すいません、ご足労願ってこんな態度で。でも、少し、一人にさせてください」


 そのままどこかへフラフラ行こうとする背中へ、


「お待ちください」


 彼女の鋭い声が掛けられる。

 鋭いが、決して冷たくはない声。



「誰が『エリンさんは確実に死んだ』と言いました?」

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