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3.10年越しを知るということ

「はじめまして。フランク・リンスカムです」


 1週間後の午後14時。

 ジャンヌが依頼人と対面したのは見覚えのある場所だった。

 カンブリアン市、あのマックイーン姉妹が事故にあったカフェである。


「『ケンジントン人材派遣事務所』から来ました。『メッセンジャー』を務めます、ジャンヌ=ピエール・メッセンジャーです」

「えっ、『メッセンジャー』ってお名前のことだったんですか? でも今『務めます』って」

「雇い主が愚かなもので。とりあえずメッセンジャーとお呼びいただければ間違いありませんので」

「はぁ」


 フランクくんにも洗礼を受けてもらったところで、



「それで、左右の方も『メッセンジャー』さん?」



 ジャンヌの隣の連中に話題が移る。


「いやぁどうも。タシュ・ケンジントンです」

「オマケです」

「さっきから愚かとかオマケとかひどいな」

「オーディシャス伯、アーサー・ブルーノ・アーリントン・シルヴァーだ」

「部外者です」

「なんで爵位持ちでしかも部外者がいるんですか!?」

「どちらも『メッセンジャー』ではありませんし、特に役にも立ちません」

「ますますなんで!?」


 かわいそうに、頭のおかしい連中へ依頼したばかりに。

 常識ある青年に理解できる要素が一つもない。

 まぁ常識ある人はこんな()()()()()()事務所に依頼しないかもしれない。


「ひどいじゃないかメッセンジャーくん。少なくとも私はそこのよりは役に立つぞ。今回だって車が必要そうだったから来てあげたんじゃないか」

「車本体と運転手さんがいらっしゃれば、伯爵は不要なんですよ」

「私の所有物を私物化したいなら籍を入れてくれ」

「まぁあなたは一応分からないでもない。問題は」


 ここでジャンヌは右へ視線を向ける。


「ん?」


 タシュと目が合う。

 彼は顧客を前にして、のんきにコーヒーとイチゴのショートを堪能している。


「何しに来た」

「いやぁ? やっぱり雇い主としてね。ジャンヌ一人を現場に行かせるのも心苦しくてね」


 もちろん嘘である。


 今回の依頼は移動が多いと見越し、アーサーが車を出すことに。

 また、長引きそうなため出先での宿泊も予想される。


 そんな長旅にジャンヌと彼が二人っきりは許せなかったから来ただけ。


「まったく、君も小さい男だ。自分だってメッセンジャーくんとレパルスへ行ったくせに」

「あれはジャンヌが熱望したんだよ」

「それでいうなら、今回君は求められていないじゃないか。車がある私と違って」

「うるさーい頼んでない。おまえみたいなアッシーくん、解雇だ解雇」

「だったら今までの給料と退職金、払ってもらおうか」


「邪魔をするなら両方クビです。帰れ」


「「申し訳ありませんでした」」


 このままでは、いつまで経っても依頼の話に取り掛かれない。

 ジャンヌの一喝でようやく男たちが口をつぐむ。


「それでようやく本題ですが。今回の依頼は行方不明者を探す、ということで」

「あっはい」

「ご依頼のお手紙にあった、『事故現場から消えた少女』というのは?」


 フランクは軽く座りなおすとアイスミルクを一口。準備を整える。


「10年ほどまえになります。僕の幼馴染で、エリン・シャーディーという子がいました」


 ジャンヌはメモ帳にペンを走らせる。


「彼女もカンブリアンに住んでいたんですけど。ある日親の都合で、ヴァリアントへ引っ越すことになって。その途中でした」


 彼は一度区切って、スッと短く深呼吸を挟む。



「列車が事故を起こしたんです。陸橋で脱線して、山間(やまあい)に落ちたんです」



「うわ」


 タシュが思わずつぶやいてから口を抑える。

 アーサーは腕組みして頷く。おそらく聞いたことがあるニュースなのだろう。


「残念ながら乗客乗務員はほとんどが亡くなったそうで。現場には粉々になった車体と、犠牲者が散らばっていたそうです。エリンの両親も()()されました」


 聞けば聞くだけ悲惨な状況、エピソードだが

 ここで逆に、彼の目に力が宿る。



「でも、エリンは発見されなかったんです!」



 フランクは前のめり、テーブルへ身を乗り出す。


「あっ、とと」


 肘がミルクの入ったグラスに当たり、倒れないよう慌てて抑える。


「こう、誰だか分からないほど焼け焦げたとか、ミンチだとか。そういう遺体はなかったそうです」

「つまり、彼女の死体に該当するものがない」

「はい!」


 彼は勢いよく返事をして、それから少し縮こまる。

 喜ぶ自分に不謹慎さを感じたのだろうか。


「もちろんエリンの祖父母が捜索はしたそうです。でも、少し離れたところで倒れているとかもなくて。彼女は忽然と姿を消したんです」


 だが昂る気持ち、期待する心は抑えきれないようだ。

 フランクは牛乳入りのグラスを両手でギュッと握り締める。


「死体がないってことは、エリンは死ななかったってことだ! 妖精が連れていったとか、そんなお伽話はあるわけがない。彼女は生きているんだ!!」


 その状態で声を張るものだから、結局中身が軽く溢れる。


「だから僕も探したかったけれど、当時は子どもで、お金も力もなかった。でも今は違う。家庭教師をして貯めたお金がある」


 手にも掛かっているのだが、今度は気付いていないらしい。


「ただ、そうなるまでにずいぶん月日が経ってしまった」


 少し俯いたので視界に入ったはずだが、拭う素振(そぶ)りすら見せない。


「当時ですら痕跡がなかったんです。今になったらもう、手掛かりなんて残っていないでしょう。普通なら」


 そのまま彼は顔を上げ、ジャンヌを真っ直ぐ見つめる。



「でも、物理的なものは何もなくても! 残留思念が読めるという『メッセンジャー』さんなら! エリンの消息をたどれるとしたら、あなたしかいないんです!」



 それからテーブルに両手をつくと、


「どうか、よろしくお願いします!」


 深々と頭を下げる。


 対してジャンヌは数秒、何か考えるように固まっている。

 それからアイスティーを一口飲み、ようやく口を開く。


「お顔を上げてください」

「『メッセンジャー』さん」

「まず最初に言っておきますが。『遺体がなかったら生きている』『無事だ』とはかぎりません」


 本人も本当は分かっているのだろう。

 フランクは肯定も否定もしない。


「キツネやワイルドキャットが持っていってしまったのかもしれない。その場では無事でも、追い剥ぎなんかに拐われてしまったかもしれない」


 彼の表情は動かない。動かすと縁起が悪い、反応すれば事実になるとでもいうように。

 だがジャンヌは構わず続ける。


「生きていた場合でも、この10年彼女はあなたに連絡をしなかった。なんらかそうなる事情があるということです」


 今度は逆に彼女が少し身を乗り出す。


「真実を知るのはいいことばかりではない。むしろ傷付く可能性が高いですが。それでもかまいませんか?」


 刺すように真っ直ぐ見つめられ、フランクは少し目を逸らす。

 が、彼はすぐに戻ってくると、音を立てずに大きく息を吸い込んで、


「はい」


 今度こそ大きく頷いた。

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