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2.さて、おさらいです ここテストに出ません

「しかしケンジントンくん。気持ち悪くはないのかね」


 春の日差し穏やかな朝、いつものように『ケンジントン人材派遣事務所』の2階にて。

 ソファで新聞を読んでいたアーサーが唐突につぶやく。


「何がだい。今日は花粉症出てないよ」


 タシュはデスクで手紙を読みながら、紅茶に蜂蜜を溶かしている。

 が、


「そうじゃない」


 伯爵が言いたいのはそこではないらしい。

 彼は事務所内をゆっくり見回す。


「この、物が多くてゴタついた空間だ」

「なんだい? ジャンヌと同意見アピールして気でも引こうってかい?」

「そんな真似せずとも、彼女は私の魅力で振り向かせる」


 キザ通り越してイタい発言に、


「こふっ」


 紅茶がデスクで沈黙を保っていたジャンヌの気管に入りかける。


「あいにく僕は、狭い方が落ち着くタイプでね。この物件も一目惚れだったのさ」

「確かにそれも気にはなっていたがな。今聞きたいのはアレだ」


 アーサーは一度言葉を区切ると、部屋の隅をあごで指す。

 そこにあるのは、



「ああいう多種多様な宗教のブツを置いて、気持ち悪くないのか」



 幼児くらいのサイズはありそうな、極東土産のボゼゼ仮面。

 巨大な耳か何かが生えたデザインの木材に、赤と黒でこれまた巨大な目と口のペイント。


 聞くところによると、極東南部の小さな島で祭りに使われるものだとか。

 土着の神を(かたど)っているらしい。



 だが事務所に存在するアイテムは、それだけに留まらない。

 部屋のあちこちに


 弦の音で魔を祓うという梓弓

 北方民族の格好をしたクレイドール

 ある大陸の民族が作る悪夢捕獲機

 ターコイズ製の目玉のアミュレット

 どこの民族の何かも分からない鹿人間(設定によると『賢く気高い森の王』らしい)


 多国籍料理店より節操なく鎮座している。



「それがどしたの」

「違う宗教のものを一緒にするとよくない、と聞いたことがある」

「へぇ、伯爵はそういうの信じるクチなんだ」


 タシュはどうでもよさそうな相槌とともに紅茶を啜る。

 その態度にアーサーは軽くため息をつき、読んでいた新聞をたたむ。


「信じる信じないの問題じゃないだろう。無神論者も教会では(かしこ)まる。人はそういうものじゃないかね?」

「えー? でも他宗教でしょ?」

「むしろ信心深いのか」


 王国民はほとんどが国教会の信者であり、そこは一神教。

 ゆえに他宗教は認めない、異教の神は存在しないのスタンスである。


「『存在しないのだから気にならない』ということか。おまえは国教徒の鑑だよ」

「まぁ洗礼は故郷の正教会で受けてるんだけどね」

「根は一緒だろう」

「そもそもミスターケンジントンは、ズボラで深く考えないだけでは」


 ボソッと口を開いたジャンヌの言うところが真だろう。

 しかし彼女は、


「まぁでも大丈夫ですよ」


 擁護するわけではないだろうが、タシュに有利な発言をする。

 めずらしく。


「そりゃどうしてだね。オカルト嫌いのメッセンジャーくんが、東洋の風水に一家言でもあるのか」

「別にオカルトは好きでも嫌いでもありませんが」


 ジャンヌは前置きすると、

 チラリとボゼゼを見やる。



「それに関しては、残留思念を感じなかったので」



「え?」

「なんだと?」

「以前にも話しましたが、残留思念はあくまで物や場所に『染み付く』もの。それ自体に記憶する脳や感情はありませんからね」


 少し抜けたリアクションの二人に、彼女は淡々と、しかし丁寧に語る。


「ですから、ただそこにあっても思念は残留しないのです。大きな感動や繰り返し触れる関係性がなければ」

「うん」

「ですのでその仮面や、あとはそこの人形とか。それらがもし呪術や祝祭に使われていたら。アミュレットとして効力を持つほど念を込めて作られていたら」

「君がなんらか感じ取る思念がある、ということか」

「はい」


 ジャンヌは一息つくように紅茶を飲む。

 それから背筋を伸ばしてジャッジに移る。


「ですので、ここにあるのはせいぜい『お土産用工芸品』の域を出ない。宗教的な不都合は起こさないでしょう。邪魔でホコリが溜まるくらいです」


 説明が終了し、彼女は再度紅茶を口へ運ぶ。


 しかし、男連中の方は、相変わらずポカーンとしている。


「何か」

「いや」


「ジャンヌ、ボゼゼ触ってたんだ、って思って」


「……」

「……」

「……」


「それでね? 今回の依頼なんだけどね?」

「伺いましょう」


 切り替えられる話題。

 人として認められる部分の少ない二人、褒められない軽薄さも今だけは見習いたい。


「えー、差し出し人は、カンブリアンにお住まいの、フランク・リンスカムさんだね」

「カンブリアンといえば、いつかの双子の依頼で行ったところだな。私とメッセンジャーくんが二人で行った」

「うるさいな」


 どうやら強引な転換のために、封筒の山の一番上を見もせず取ったらしい。

 タシュはあとから情報を確認している。


 蝋留めされた封筒を破き、便箋を取り出すと、



「『拝啓“ケンジントン人材派遣事務所”さま。

 私はカンブリアン在住の……』」


「中略」


「はいはい中略。

『そちらにいらっしゃる“メッセンジャー”は、残留思念というものが読めると聞きました』」


「残念ながら」


「なんの相槌だよ。

『残留思念とは、その場所で起こったことが記録されているものなのだと』」



 さっきの今だけに、ジャンヌは腕を組んで

『厳密には違うんだけどな』

 という顔をする。


 しかし口は挟まず、続きを待っている。



「『今回はぜひその能力を活かし、人を探してほしいのです』」



 中略を求めたものの、実際には前振りが続いていたタシュの音読。

 ようやく本題に切り込むと、『メッセンジャー』の眉がピクリと反応する。



「『誰も行方(ゆくえ)を知らない、事故現場から消えた少女を』」

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