6.愛らしきMs.アーシア
翌日の昼。
今日もシルヴァー邸は大盛況である。
アーサーなどは来客のあいさつがわんこそばじみてきた。
隣のジャンヌとて、今まで数多の依頼で社交会には顔を出してきたが、
未だにこの光景には慣れない。
「ドレス、ドレス、スーツ、ドレス……富裕層がウジャウジャいる」
「石の裏のダンゴムシみたいに言うのはやめたまえ」
「小さいころは上流社会なんて、実在から疑っていたんですがね」
「扱いがダンゴムシと妖精を反復横跳びだな」
彼も気疲れしているのだろう。
合間合間に、脳の外側だけ使っているような会話をしていると、
「なら、彼女は妖精だと期待しようか」
会場の入り口に、一人の淑女が現れる。
長いダークブラウンを長いおさげに。
薄水色の、マーメイドタイプのドレス。薄黄色の、シースルーのショール。
「彼女が」
「4人目になるね。Ms.カーリーン。ぬいぐるみ会社のご令嬢さ」
「今までのような、財産狙いと思える要素は?」
「さぁ? 新しい工場はすでに他所で土地を買ったと聞いたし」
「ではファーストネームは?」
「それも知らない」
「さいで」
ジャンヌがメモをとっているあいだに、
「ごきげんよう、Mr.シルヴァー」
カーリーン嬢があいさつへやってくる。
「やぁ、Ms.カーリーン」
昨日のように、唐突にフリがあるかと身構えるジャンヌだが、
「本日はお招きくださりまして、誠に」
「いやいやいや。私としても美人どころに来ていただけて感謝しかない」
今のところ動きはない。
チラリとアーサーの顔へ視線を向けると、
彼もチラリとだけ返す。
一瞬だったが、わずかに困り気味だったか。
どうやら昨日で手に触れさせるネタも尽きたらしい。
であれば、ここはジャンヌが一肌脱ぐ場面。
彼女とて、いや、むしろ普段は依頼主の協力などない案件が多い。
自分できっかけや糸口をつかむ方法は心得ている。
「あらやだ、シルヴァーさんったら。オホホホ」
Ms.カーリーンが手を口元に添えて笑った瞬間、
「おや!」
わざと大きい声をあげる。
「どうしたんだ、メルセデスくん」
アーサーが明らかに期待した目を向ける。
が、それは一旦無視。
「Ms.カーリーン。その指輪は」
「あぁ、これですか? 南方共和国産のトルマリンですわ」
「南方共和国といえば、いつだったか革命で」
「えぇ、帝政から移行したあの国です」
「国力が揺らいでいないアピールとかで、宝石をどんどん輸出しているんですよね」
「そうそうそう。お詳しいのね」
会話の意図が読めず、アーサーは隣で
『女子はジュエリーが好きだなぁ』
なんて顔をしているが、
「今いろんな資産家が新規事業に参入しているでしょう? シルヴァー家も検討していまして」
彼自身知らない、存在しない話が出て察する。
「そちらのトルマリンで等級はいくつになりますか? 少し拝見しても?」
「もちろん。どうぞ」
Ms.カーリーンは手を差し出すか指輪を外すか一瞬迷ったが、
「失礼」
ジャンヌが先に手を取った。
あいさつが終わったあとも、何かと絡んでくるMs.カーリーンをいなしていると、
「メルセデスくん。新たなお客さまがいらっしゃったようだね」
カナッペとシャンパンを合わせていたアーサーが、視線を大袈裟に入り口へ向ける。
そこに現れたのは、
淡いミントグリーンの細身なドレスを身に纏い、
品のいいバレッタに明るいブラウンのボブカットの、童顔の女性。
「Ms.アーシア。宮廷楽団の指揮者から始まった、歴史ある家だね」
「なんかチョロそうな顔してますし、遊び人的には彼女でいいのでは?」
「王都に住む貴族が地方に嫁ぎたがるなんて、絶対裏があるさ」
失礼極まりない話をされているとは露ほども知らずに。
Ms.アーシアがこちらへ歩いてくる。
が、
「……彼女は本当に淑女なので?」
「そのはず」
なんだか妙にぎこちない。
近付いてくるにつれ、表情もガチガチなのが分かる。
「あああ、アーサーさま!」
「すごい吃りだ。そもそもあいさつする距離じゃないだろうに。フライングだ」
「緊張しちゃっておかわいいこと。あなたみたいな遊び人好みでは?」
「私だってそこまで残酷ではない」
そんな話をしているうちに、
「きゃっ!」
「あっ」
ジャンヌが勢いよく駆け出す。
こちらから何か仕掛けるまでもなく、勝手に転びそうになったのだ。
「大丈夫ですか、Ms.アーシア」
「はっ、はいっ! ありがとうございます!」
片膝をついた姿勢でギリギリのナイスキャッチ。
まんまと相手に触れることができた彼女だが、
「ありがとうございました。秘書さんですか?」
「……」
「あの?」
「あっ、はい。秘書のメルセデスと申します」
「お嬢さん、怪我はないかい?」
「あ、アーサーさま!」
「……」
Ms.アーシアが立ち上がってからも、片膝をついたまま。
じっと自分の手のひらを見つめている。
「メルセデスくん?」
アーサーすら声を掛けてくる。
しかしジャンヌは、
「いえ、大丈夫です」
はっきりとは答えず、ゆっくりメモを取るのだった。
その後の流れは昨日と変わらない。
各々自由に遊んだり歓談を続けたり。
そうして時間を潰したら第二部、
社交ダンスの時間である。
ホールにたくさんの人が集まるなか、やはり一番人気は、
「Mr.シルヴァー、私と踊っていただけませんこと?」
アーサーである。
ホスト一家の長男で絶世の美男子。
嫁入り候補に来た人物でなくとも、女性なら一曲付き合ってほしがるだろう。
「喜んで、Ms.カーリーン」
昨日も散々踊った彼は正直疲れている。
だが断るわけにもいかないので、曖昧な笑みを浮かべる。
一方でジャンヌはどうしていたのかというと。
昨日同様、音楽を楽しみながら飲み食いしていた
わけではない。
アーサーの前、Ms.カーリーンの後ろ。
出遅れてしまい焦る、
「Ms.アーシア」
「あら、メルセデスさん」
童顔の女性へ声を掛ける。
「どうなさいました?」
「どうでしょうレディ。主人のペアが空くまで、
私と踊っていただけませんか?」