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7.幽霊がいるとすれば

「夏になる直前くらいでしょうか。急な病気で、まだ若かったのに」


 レナはポツポツと言葉を紡ぐ。


 一気に話すと号泣してしまう

 ()()()()まともに会話できなくなる


 そんな雰囲気をまとっている。


「父は、私が16のときに母が再婚した人でした。穏やかで、優しくて、とてもいい人でした。『最初からこの人が父親だったら、どんなによかったろう』って。そう思える人でした」

「どこかで聞いたような話だね」


 ボソッとタシュのつぶやきが聞こえてきたが、ジャンヌはそちらを見なかった。


「でも当時の、思春期の私には受け入れられなかった! 知らない男の人が、急に家族になるなんて!」


 レナの顔を覆う両手の指が、爪を立てるように動く。

 思わずタシュが止めようかと腰を浮かすが、さすがに血が出る雰囲気まではない。


 両肘をテーブルにつき、両手が顔の前に来る姿勢

 遠くから見ると、教会で祈りを捧げる姿にも似ている。


「だから私、冷たくした! あんなに優しいお父さんに、ひどい態度をとった! 『お父さん』なんて呼ばなかった!」


 声に載せられる後悔、懺悔。

 教会も、当たらずとも遠からずなのだろう。

 これは彼女にとっての告解なのである。


「どう接したらいいか分からなくて! 避けてばっかりで!」


 レナは顔から手を離し、ジャンヌの方へ伸ばす。

 ギュッと両手で包んだのは、何かに縋りたい気持ちの現れなのだろう。


「父は辛い思いをしたと思います。寂しい思いをしたと思います。『違う家庭を持っていれば』『こんな娘さえいなければ』そう後悔したと思います」


 涙で濡れた手から流れ込む、彼女の感情。

 ジャンヌは振り解きこそしないが、目を閉じ眉間にシワを寄せている。


「でも私、ちゃんと向き合わなかったから……父がどう思ってたかなんて知らないんです。知ろうともしなかったんです」


 レナは震えながら、精一杯笑顔を作る。

 それは同意を得ようと下手(したて)に出る弱い笑顔。



「だから私、幽霊がいるか知りたかったんです。探してたんです。いてほしかったんです。


 幽霊なら、声が聞けるでしょう? 幽霊なら、声が届くでしょう?」



 その言葉に、ジャンヌは目をゆっくりと開く。

 彼女がレナに与える答えは、


「しかし、幽霊はいないのです」


 救いではなかった。


 彼女の表情は笑顔のままだった。

 うれしいとか喜びだとかではない。

 ただそのまま凍り付いたにすぎない。


「そう、ですよね」


 レナは空虚な笑顔を浮かべたまま目線を下げる。


「分かってます。お墓にも、思い出の旅行先にも、家にすら出てこなかった。幽霊なんて存在するわけがない」

「そのとおりです」


 自身を納得させるための独白なんてもんじゃない、自傷行為のような言葉。

 そこにわざわざ追い討ちを入れるジャンヌ。

 さすがのタシュも少し眉をしかめる。


 が、彼がそれを咎めるより先に


「ただ」


 ジャンヌはさらなる言葉を彼女に掛ける。

 先ほどより幾分も優しい響きで。



「お義父さまがどう思われていたか、幸せだったかどうか。それは読み解ける、かもしれません」



「本当ですか!?」


 反射的にレナの顔が上がる。


「えぇ。私は物体の残留思念を読むことができますので」

「残留……」

「早い話、この家にはあなた方の家庭を見てきた記憶があるということです」


 彼女は一度レナの手を放させると、手のひらをテーブルにべったり付ける。


「あくまで『第三者である私が客観的に見て判断する』の域を越えませんが。あなたが見ていないお義父さまの姿も全て見ていた家です。少しは手掛かりがあるかと」

「お願いしますっ!」


 食い気味な返答にジャンヌは頷くと、そっと立ち上がって壁際に立ち、手を触れる。


 目を閉じた彼女の脳裏に浮かぶ、家族のさまざまな思い出。

 レナが唯一嘘をついていなかったことがあるとすれば、


 それはここに住んでいた家族が本当に仲良く、幸せだったことだろう。


 ただ、


「お義父さん、私、冷たくしたよね。辛い思いさせたよね。ごめんなさい」


 そう話した本人が信じきれていないところはあるが。


「ねぇお義父さん、私、本当はお義父さんのこと大好きだったよ? 伝わってたかな?」


 か細い声が淡々と続く。

 さすがに哀れですらある。


 ジャンヌが何かフォローの言葉を掛けようとしたそのとき、



『そんなことはない』



「えっ」

「ジャンヌ?」


 彼女の脳裏に浮かぶ声、顔、記憶。



『ちゃんと伝わっていたし』

『私は幸せだ』



 それは、正面を真っ直ぐ見つめて語る、

 娘を愛する素敵な父親の姿だった。











「なるほど。父のゴーストだったのかもしれないな」


 二日後の朝、『ケンジントン人材派遣事務所』の2階。

 数日ぶりのアーサーがソファの上で頷く。


「違うと思いますよ」


 しかしデスクで紅茶を飲むジャンヌは淡白である。


「残留思念ですから。偶然それっぽいシーンが浮かんできただけでしょう」

「えらくドライじゃないか」

「むしろ私がセンチになって、無意識のバイアスを掛けた可能性もあります」

「そういうものか」


 少なくともジャンヌに幽霊を肯定したり美談にする気はないらしい。

 アーサーの視線がデスクの上のティーポットへ向く。


「あげませんよ」

「いや、考えごとをしていただけだ。結局『幽霊はいるのかいないのか』という記事にはどう決着をつけるのだろう、と」

「変なの書いたら上司に怒られるし、旅行した経費も落ちないだろうしね」


 ケラケラ笑っているタシュはデスクでナッツを齧っている。

 彼がそうであるように、ジャンヌも他人事のようにつぶやく。


「ま、幽霊がいるとすれば。それは個人個人の心の中、ということになるんでしょうね」


「オカルト誌がそんな結論で、デスクが満足するだろうかね」

「でも本人には満足いただけたので。支払いに加えて、記事の掲載号を送ってくださるそうです。いりませんけど」

「そこは読んでやれ」


 やはり彼女は愛情という概念が腐っている。

 親子の思いにも心が動いていないご様子。


「それにしても、やっぱり幽霊はいないのかぁ」


 なのでタシュが話を変えてしまう。


「だとしたらジャンヌ、カワイイところあるね!」

「は?」


 唐突な発言に、カワイイどころか殺意の表情が向けられる。

 しかし彼には日常、今さら効かないようだ。


「だって、事務所でナッツ泥棒の幽霊が出たけど。正体は忘れものした君なんだろう?」

「ピーナッツはあなたです」

「まぁそれは置いといて。ジャンヌもコスプレとかするんだな、って」

「はぁ?」


 彼女の表情は『何言ってんだコイツ気持ち悪っ』と雄弁に語る。

 しかしどうやらタシュも、幻覚を見ていたわけではなさそうだ。



「だってあの日、シルエットだったけどさ。頭から鹿の角生えてたじゃん。『救世主の日』でもないのにあんな被りものしてさ」



「してませんけど」

「えっ」


 何やら話が噛み合わない。


「意味が分からない」

「僕も分からない」


 二人でこんがらがっているのをよそに、


「鹿の角……」


 ボソッと呟いたのはアーサー。

 彼はなんとなく棚の上へ目を向けると、


「! おい!」


 引き攣った声を上げる。


「なんですか」

「あの木像、いつもはこちらを向いて立っているはずだよな?」

「そうだけど」

「それが何か」


「アレ、誰か動かしたか?」


 ジャンヌとタシュも伯爵の視線を追うと、そこにあるのは



 壁を向いて立つ鹿人間の像だった。


 足元にはピーナッツが一粒落ちている。






        ──『メッセンジャー』は幽霊を探す 完──

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりクスッとでもしていただけたら、

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