6.依頼の正体
レナはグッと押し黙ってしまう。
しかしジャンヌは相槌を待ったりはしない。
「この家が心霊スポットであれば、まず人は住んでいないでしょう。住んでいるなら絶対にインタビューするはずです。オカルト誌の記者なんですから」
「それは、そうならね」
「しかし、そうとは思えないほどこの家はキレイでした。庭から壁から室内から」
「たまたまかもしれないじゃないですか。あとは、最近心霊スポットになったとか」
レナはなおも食い下がる。
が、ギュッと握った手が半分答えのようなもの。
そこをねちっこく突いてもいいかもしれないが、ジャンヌはあくまで理論を並べる。
「ではそれはいつですか? まさか昨日今日で噂にはならないでしょう。早くとも数ヶ月は掛かると思いますが」
「まぁそのくらい……」
「嘘ですね」
鋭い声には、先ほどまでの眠たげな雰囲気は一切ない。
「私はこの家に入って、床をつま先で叩いたり掃除したりしました」
「ええ」
「数ヶ月も放置された家なら、それなりにホコリが舞うとは思いませんか?」
「……」
「ウチの事務所だって、1週間もサボればぼちぼち汚くなってきます」
ジャンヌが振り返ると、掃除担当タシュは口笛を吹いた。
彼女は視線を戻す。
「この家にはつい数日まえまで誰かがいた。それも掃除をするような人、家主が。違いますか?」
「で、でも」
「そもそも最初の墓地も古戦場も、心霊スポットなんでしょうかね? それっぽくはありますが、そんなところにあれだけの人が訪れるとは」
ここで一度言葉が区切られ、じっと見つめられると
レナは落ち着きなく座りなおす。
「つまりメッセンジャーさんは、私が心霊スポット巡りなんてしていないと? だからここも心霊スポットではないと?」
「ホテルもね。私が心霊スポットとなった経緯を聞いたとき。読心しなくても分かります。しどろもどろで、口から出まかせを言う人のそれだった」
「そんなの、あなたが知らなかったように知られていないだけですよ。一般の方にも、私にも」
「そうですか」
彼女の反論に、意外とジャンヌは素直に頷く。
が、
「ただ、私が一番『心霊スポットではない』と思ったのは、別のことなんですよ」
「はい?」
「ここ、
あなたの実家か何かでしょう?」
「……」
「キチッと整理された本棚。さまざまな本に紛れて、雑誌が入れてありました」
「それが、何か」
「全て『ソウピーレ・イヴェル』、あなたが記事を書いている雑誌です」
「ウチのが一般家庭にあったらおかしいとでも!?」
「いえ」
ここでジャンヌは廊下の方へ目を向ける。
「確かにこれだけで『親が娘の書いた記事を保管している』は早計でしょう。が」
「あ」
彼女はズンズン歩いてリビングを出ると、
夫婦の寝室へ足を踏み入れる。
「あなたは荷物を置く場所、つまり寝泊まりする場所に子ども部屋を指定しました」
「それが……」
「あなた、おっしゃいましたよね? 『ここには一家の父親の霊が出る』と」
「は、はい」
「なら普通は、彼の寝室かリビングで寝起きを勧めるはずです」
ジャンヌはゆっくりリビングへと戻ってくる。
レナは寝室へ行くのを咎めようとしたかのように、中腰で椅子から立っていた。
「私に平気で徹夜を要求するような人物が、そんな遠慮をする理由は一つ」
そのまま固まった彼女へ、ジャンヌは見せつけるようにドッカリ着席する。
「あんまり親の部屋を荒らしてほしくない。子ども部屋、自分の部屋なら気にならない」
レナは意地かのように、じっとジャンヌを見据えている。
が、口が開くことはない。
「以上の要素を総合的に勘案しますとね、そういうこともあるんではないかと。そう考えると辻褄が合うんです。最初にアイアン・デュークへ来た日にここを訪れなかった理由。想定外に、取材へ来た日に私を連れ出せたものだから。まだここを空き家に、親を留守にさせられていなかった」
「でも」
レナがようやく口を開いたとき、
その声はやや掠れていた。
「別に証拠はありませんよね?」
「えぇ、あくまで全て根拠のない妄想です。
ですが私にはあるんですよ。全ての結論を暴く能力が」
ジャンヌは手袋から剥き出しにしていた右手を、見せつけるようにテーブルの上へ。
「普段私は無理矢理人の心理を読んだりはしません。ですがね、あなたが話さないと言うなら話は別です」
そのまま滑らせ、レナの方へ寄せていく。
「もし予想が合っていれば、あなたは『私たちに真実を隠している』ことになる。字面を見ると、危険な相手だと思いませんか?」
「……でしょうね」
「そもそもあなた、最初からおかしいんですよ。『幽霊は存在するのか』というテーマで取材に来たのに。終始一貫して『幽霊がいる前提で』『私に見させて確定させる』ことに執着している」
彼女は人差し指でテーブルをトントン叩く。
「別に怒ってはいませんよ? ただ、無理矢理聞き出すか、もしくはこのまま推理でもいいですが。どのみち今以上不躾に暴くことにはなる」
と思うと、
今度は握手を求めるように差し出される。
「事情があるんでしょう?
であれば。よかったらあなたの口から、話してみてはくださいませんか?」
初対面から、ずっと馬が合わない態度を示していたジャンヌだが。
ここに来て彼女は、穏やかで優しい声と表情をレナへ向ける。
すると、相変わらず押し黙っていた彼女も、
ポロッと
一粒涙を溢したのを皮切りに、
「ごめんなさい……! 黙ってて……! 取材って言って、巻き込んで……!」
両手で顔を覆い、堰を切って話しはじめた。
「私、このまえ義理の父を亡くしたんです……!」




