5.明るいホラーハウス
結局その後は、
「今度こそは幽霊の姿をバッチリ捉えましょう! 紅茶いっぱい用意してもらいました!」
「普通に疲れてるんですが」
「なんのためにここまで来たと!」
「あなたのためになりたいと思ったことはない」
ゴーストハンティングに徹夜させられる勢いだった。
が、
「すぴー……くー……かー……」
「……」
レナが先に寝落ちしたので、ジャンヌも少しだけ寝ることができた。
それはありがたいのだが、なんだか釈然としないジャンヌであった。
翌朝、
「うわ、大丈夫? 今にも人を殺しそうな顔してるけど」
「一応ただの寝不足ですよ」
「あぁ、うん。殺さないようにね?」
タシュによく分からない心配をされつつチェックアウト。
「あの、このまま帰るという」
「わけには行かないんですねぇ」
ホテルをあとにし、
「ま、ここからそんなに遠くないですから!」
「キングジョージからは遠いんですよね」
鉄道で南へと向かった。
昼まえ、一行が下車したのは、
またもレパルスはアイアン・デュークであった。
「これなら最初の日に墓地で粘ってないで、さっさと寄ればよかったのでは?」
ジャンヌがジトッとした声を出すも、レナは気にしない。
「いえいえ、そんな流し方するなんてもったいない!」
彼女はテーマパークのキャストかのように両手を広げる。
その先にあるのは、
「ここが一番期待値の高いスポットなのですから!」
一見なんの変哲もない、小綺麗な一軒家である。
「ここがねぇ」
「ここには昔、仲睦まじい家族が暮らしていまして。それを懐かしむ父親の霊が出るとの噂が」
「はぁ」
明らかに信じていない、生返事のタシュだが、
ペンキがしっかり塗られた白壁。
植木鉢で飾られた窓辺や、犬の置き物なんかでファンシーな玄関。
色とりどりのパンジーが咲く花壇。
今は少し伸びすぎだが、元気で青々とした庭の芝生。
これだけ丁寧に手を尽くされたホームなら、
「確かに、愛情の深い家庭だったのかもね」
「でしょうね」
彼も、全世界に対し批判的態度で有名なジャンヌも、素直に頷くほどだった。
「でしょう?」
「むしろ幽霊なんか出るのかってくらい明るい雰囲気ですけどね」
「あー、ま、入りましょう」
「勝手に入っていいの?」
「え? はい、許可は取ってあります」
しかし彼女らが行なうのは『渡◯篤史の建もの探訪』ではなく幽霊探し。
シ◯バニアファミリーにありそうな外観を愛でることではない。
二人はレナの先導で、家の中へと入っていった。
「お邪魔します。おや」
「どうしました?」
「いえ」
ジャンヌは室内に入るなり、目を丸くして周囲を見回す。
よく日の入るダイニング。
立派な棚の中で整然と並ぶ食器。
ピンと張られたテーブルクロス。
倒れたり引いたままになっていない、お行儀よい椅子たち。
キチッと中身が詰まった本棚。
まるで家族が暮らしていたときから時間が止まったかのような空間。
「なんというか。こういうのって物盗りが入ったみたいに荒れているイメージでしたから」
「あー、確かに」
「まぁ外観から予想はできたんですが」
彼女は床をつま先で叩く。
板材が軋む様子もない。
どんなかたちであれ、ジャンヌの機嫌がいいだけやりやすいのか。
レナはその様子を見てにっこり笑う。
「さ、2階が子ども部屋みたいなんで、そちらに荷物を置きましょう」
一旦荷物を下ろして、買ってきたサンドイッチで昼食。
その後風呂やら夫婦の寝室やら地下の物置きやらを巡ったが、幽霊には遭遇せず。
「やっぱり夜にならないと出ないのかな?」
「そもそも出るんですかね? 生きている人間に会う方が納得感あるくらいですけど」
「ふーむ」
あっという間に暇になってしまった。
各部屋を意味もなく3周したり、庭の芝生を整えたり、掃除をしてみたり。
好き放題しても、霊は感謝も文句も言いに来る気配がない。
最終的にリビングにあったボードゲームで退屈しのぎをする羽目に。
「私は貴重な連休を、いったい何に費やしているんでしょう」
「双六でしょ」
ジャンヌの悲しみを嘲笑うかのように。
春の日は思ったより早く暮れていった。
ボードゲームとは案外疲労が溜まる娯楽である。
ものによっては頭をフル稼働させるのだから仕方ない。
重ねてジャンヌは寝不足である。
夜になり、買ってきた夕食を食べたあとにはすっかり
「ふあぁふ」
「眠そうだね、ジャンヌ」
「思考が回らなくなってきました」
脳に酸素が行っていない顔をしている。
「寝室のベッドは使ってもいいんでしょうかね?」
彼女が椅子から立ち上がると、慌ててレナが腕をつかむ。
「何言ってるんですか! あなたが寝ちゃったら、誰が幽霊を見るんですか。夜になったここからが本命なんですよ!?」
「はぁ」
しかしジャンヌは明らかにやる気がない。
「安心してください。どうせ幽霊なんか出やしませんよ」
「なんでですか!」
「だって今まで一度も出てこなかったんだもん」
「そっ、そりゃ今までのスポットはそうでしたけどっ! ここが一番期待値高いんですって!」
「へぇー」
レナは必死の形相で説得に掛かるが、ジャンヌは半笑い。
眠いのかなんらかの感情があるのか分からない目で彼女を見下ろしている。
「なんですか、『へぇー』って!」
これには今まで彼女の態度を咎めなかったレナもムッとしている。
が、ジャンヌはあくまで悪びれない。
「でもここは、いえ。幽霊が本当にいるとして、墓地や古戦場よりここが一番出ないでしょう」
「どうして!」
彼女は右手袋のホックを外す。
「どうしてって。むしろあなたこそ、いい加減話してくれてもいいんじゃないでしょうか。それともこちらから読心しましょうか?」
「何を! 話すことなんて私は」
「ある」
「っ」
唐突な切れ味鋭い声。
先ほどまで眠いんだかヘラヘラしているんだか分からなかったジャンヌ。
そんな態度から一転して不意打ちである。
レナは一瞬で気圧される。
「より正確には、話したくない隠しごとがある」
「どうして」
「この職業を長くやってると分かるんですよ。大抵の人は『メッセンジャー』なんて眉唾ですからね。確認でも興味本位でも、読心のデモンストレーションを求めるんですよ」
「な、なるほど?」
「では逆に求めない人はどういうパターンか」
彼女はゆっくり右手を抜き出す。
白い肌は少し、冷徹な武器にも見える。
「多くの場合、依頼するにあたって知られたくないことを抱えています。『不倫の内偵を頼んでいるけど、実は自分もしている』とか。何か私を騙そうとしていたりとか」
右手は、一旦は相手に触れずテーブルにつかれる。
ジャンヌはそれを支点に、レナへズイッと顔を近付ける。
「でもまぁ今回は、一度読まずに当ててみせましょうか」
息を呑むレナに、ジャンヌはにっこり笑う。
「別にここ、心霊スポットじゃないんでしょう?」




