2.モグラ殺し
「はじめまして! 私、『ソウピーレ・イヴェル』のレナ・ウールと申します!」
フットワークが軽いもので、翌日の朝10時。
『ケンジントン人材派遣事務所』2階にて。
ジャンヌはほぼ同世代の女性から名刺を差し出されている。
彼女が応接用のテーブルを挟んで受け取り、着席を促すと、
「では失礼します!」
レナは過剰にハキハキ返事をしてから腰を下ろす。
ジャンヌと同じ、女性にしてはの長身。
ただの痩せ型の彼女とは違う、引き締まった細い体躯。
それを包むシャツ、パンツ、サスペンダー。
見た目も雰囲気も『行動的』と演出している。
「なんだかすでに不穏な空気がしないか?」
「ジャンヌは陰気な生き物だからね」
「なるほどモグラか。光に当たると死ぬわけだ」
「うるさいぞ、性格がカビた連中め」
「アッハハ!」
背後でコソコソ話している男二人をジャンヌが睨み付けると、レナは大声で笑った。
和ませたいのか、仲がいいと判断したのか。
はたまた笑いの沸点が低いのか、ただただ失礼なのかは分からない。
が、オブラートに包めば風通しのいい性格をしているようだ。
前後を敵に挟まれたジャンヌが正面に向きなおると、
「あなたが『メッセンジャー』さんですね? 噂はかねがね」
つり眉の下の大きくギラギラした目が彼女に視線を注ぐ。
「えぇ、一応そういう感じでやらせてもらっています。ジャンヌ=ピエール・メッセンジャーと申します」
ジャンヌはカップに紅茶を注ぐことで、ナチュラルに視線を外す。
「ジャン=ピエール。『美人探偵』と聞いていたので、てっきり女性かと」
「まさしく女性ですよ。母が男性名など付けるのが悪い」
「なるほど。で、『メッセンジャー』のメッセンジャーさん。へへ」
「雇い主が愚かなもので」
ジャンヌがもう一度振り返ると、タシュは露骨に目を逸らして口笛を吹く。
「名前で苦労なさってるんですね」
「分かっていただけますか」
やや空気の不穏さが増すところだったが、変な角度からの共感で少しだけ円滑になる。
レナはここに糸口を感じたのだろう、ジャブを重ねる。
「読んでますか? 『ソウピーレ・イヴェル』」
「いえ、お恥ずかしながら」
「おや、オカルトにご興味はない?
こんなにグッズを揃えているのに」
彼女は事務所内を軽く見回す。
不思議なボゼゼ仮面やら怪しい鹿人間像やら。
おそらくジャンヌの趣味と考え、次の共感ポイントとして話題にしたのだろう。
しかし、
「雇い主が、ねぇ」
「あれー?」
名前問題よりよっぽどドスが効いた声。
振り向かず、裏投げするような首の角度で背後のタシュを睨む。
「ま、まぁそういうわけでして! ウチはオカルト専門誌なんですよね!」
虎の尾を踏んだと理解したらしい。
「ですので、いつか『読心能力』についても取材させていただきたいと思っています! しかし今回のテーマは別でして!」
レナは慌てて話題を変えに掛かる。
「ズバリ! 『幽霊はいるのかいないのか』!!」
短くて邪魔にならないマニッシュな黒髪を、わざわざ掻き上げるほどの慌てよう。
口調も無理矢理テンションを上げに掛かっているが、
「先に質問して申し訳ないのですが、どうしてそれを私に?」
ジャンヌは乗り気でもバカにして笑うでもなく、真顔。
一番困る態度である。
「もっと霊媒師とか陰陽師とか牧師とか詐欺師とか、聞くべき相手がいるのでは?」
「そのへんは証明のしようもありませんし。『メッセンジャー』さんなら能力が事実と担保されている、ということで」
「はぁ」
彼女からすれば
『賢いからって物理学者に心理学の話聞いてどうするんだ』
みたいなミスマッチなのだが、世間からすれば同類なのかもしれない。
まずオカルト雑誌が『事実性の担保』を気にしているのも変な話だが。
「メッセンジャーさんは人の思考や記憶を読まれるんですよね? だったらほら、幽霊も思念体ーとか幽体離脱ぅーとか生前の執着ぅーとか。似たような感じしません?」
「なるほど」
話し方は気になるが、それは置いておいて。
ジャンヌは腕を組み、足を組む。
「テーマは確か、『幽霊の実在について』でしたか」
「はい! どう思われますか?」
レナはいつの間にか手帳とペンを取り出し前のめり。
対してジャンヌは後ろを親指で指す。
「実は以前、そこのと同じような話になりましてね」
「ジャーンヌ、言い方があるでしょー」
「私みたいに『それらを見る能力がある』かつ『無自覚である』。そういった条件が揃えば、幽霊と勘違いすることはある、という結論になりまして」
「勘違い……」
レナはメモする手を止め、一度しっかりジャンヌの目を見つめる。
「すると、『メッセンジャー』の見解としては、『幽霊はいない』と?」
「えぇ」
彼女は肩をすくめ、両手の平を天井へ向ける。
「何しろ、私自身が幽霊を見たことはありませんので。なので『いる』とは言えませんね」
「なるほど」
「もし仮に『私に見えていないだけで本当はいる』ということであれば。
“『メッセンジャー』に聞いてみよう”
は
“『メッセンジャー』には見えない。聞いたのが間違い”
でアンサーです。ゴーストバスターにお電話ください」
けんもほろろ、ジャンヌは相変わらず配慮のない態度でズバズバたたみ掛ける。
「すいませんねぇ。この子は全身角が立っているだけで、あなたに敵意があるわけじゃないんです」
タシュがわざわざ無意味なフォローをするほどだったが、
「いえ」
レナも気にした様子はない、
というか、下唇にペンを添え、何やら考えている。
「でも、もう一つのパターンがあり得ますよね?」
「はい?」
彼女はジャンヌの方へグッと身を乗り出す。
「『見えないのではなく、単に遭遇したことがない。いる場所に行けば普通に見える』」
「……はい?」
明らかにジャンヌの理解が遅れているがおかまいなし。
レナは彼女の手を取り、勢いよく立ち上がる。
「メッセンジャーさん! 私と一緒に、心霊スポット巡りをしましょう!」
「は? いやいやいやいや」
ジャンヌは首を左右へ振るが、レナはもう見ていない。
「ケンジントンさん! しばらくメッセンジャーさんをお借りしても!?」
するとタシュも、
「いいですよ。日程だけ調整してもらって。その分取材料は増えますけど」
自分が行かないからってこの安請け合い。
「は? 待て、オマエ殺すぞ」
「大丈夫です! 経費で落ちます!」
「じゃあどうぞ。ジャンヌ、今日は空いてたよね?」
「埋まった! 今埋まった! 伯爵! 私伯爵とデートしたいな! きゅーん♡」
「いいだろう。心霊スポットで肝試しデートだな? 存分に抱き付きたまえ」
「今日は舞台劇の気分かな!!」
「ジャンルはホラーでよろしかったですかぁ〜」
往生際悪く騒ぐジャンヌを、レナは奥襟つかんで引っ張っていく。
そんな姿にタシュはのんきにデスクで手を振る。
「お土産よろしくね。幽霊連れて帰ってくる以外で」
「このっ! ばっ!
化けて出てやる〜!!」
彼女は無情にも角を曲がっていった。




