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5.無念プレイボーイ

 その後パーティーは自由時間へ移行。

 客人たちはゴルフしたりテニスしたり歓談を続けたり、

 その間ジャンヌは高級な料理を食べまくり、


 夕方くらいになるとホールへ集まって、今度は社交ダンス。

 楽団の優美な音楽(庶民ジャンヌにはもはや何がすごいのかよく分からない)のなか、

 アーサーが例の淑女たちにダンスをせがまれ、延々と踊らされたり、

 その間ジャンヌは晩餐のメニューの味見をしまくり、


 二度目の豪勢な食事会が終われば、客人たちもめいめい解散。

 辞去するもの、遠方から来たためシルヴァー邸の客室へ下がるもの、さまざま。



 ジャンヌも最後の客が引き上げた時点で秘書ごっこは一時休止。

 香料がリッチな湯船を堪能し、与えられた部屋でバスローブに(くる)まれていると、


『メルセデスさま。アーサーおぼっちゃまがお呼びでございます』


 ドアの向こうからメイドさんの声がする。


「やっぱりおぼっちゃまなんじゃないか」

「メルセデスさま?」

「あぁはい、すぐ参ります」


 せっかく寛ぎスタイルだったがバスローブを脱ぐ。

 さすがにこの姿で依頼人の前に現れるわけにはいかない。

 むしろ新人秘書という設定だけに、怪しい噂が巻き起こってしまう。


 彼女は素早くいつものスーツに着替えた。

 これならお堅いデキる秘書である。


 もちろん手袋も忘れずに。






「アーサーさま。メルセデスです」


 数分のち。

 ジャンヌがある一室のドアをノックすると、


『メルセデス?』

「あなたが言い出したんだ」

『あー、あー、君か』


 ややあって


「待っていたよ、メッセンジャーさん」


 戸を開けたアーサーはバスローブ姿だった。

 中へ入るとロッキングチェアがあり、隣の小さいテーブルにはウイスキーとグラス。

 よろしくやっていたようだ。


(はか)らずもシルヴァー家全霊のおもてなしに(あずか)っているわけだ。寛いでいるかい?」

「それこそさっきまで寛いでいたんですがね」

「そう怖い顔するな。読心はすぐに終わって、あとは遊んでいたじゃないか。時給にすれば、とんでもなく割りがいい」

「優秀な人材の特権です」

「自分で言うか」


 彼は椅子に腰を下ろすと、


「では優秀な君に、報告をしてもらおうか」


 本題に入る。


「3人の心を読み取って、どうだったかな?」

「そうですね」


 ジャンヌはジャケットの内胸ポケットからメモ帳を取り出す。


「まずMs.クロフォード」

「うむ」


 アーサーの脳裏に、赤いドレスに負けない圧の女性が浮かぶ。



「ステータスですね」

「ステータス」



 ジャンヌは視線をメモ帳に向けたまま小さく頷く。


「『イケメンで金持ちのオーディシャス伯。彼をモノにすれば自分の価値も上がるだろう』と」

「なるほど」

「要は彼女にとってあなたは金のネックレスやルビーの指輪と同じです」

「ふぅむ」


 アーサーは彼女から視線を外し、口元に手を添え思案げな顔を浮かべる。

 ショックなのか別の何かに考えを巡らせているのかは分からない。

 がジャンヌは気にしない。


「次にMs.ドーソンですが



 土地目当てですね」



「やっぱりか」


 アーサーは鼻から息を抜く。

 ウイスキーを飲むときによくされる仕草だが、これはため息だろう。


 しかしジャンヌは相変わらずお構いなし。


「あなたを愛してはいないようで。逆に親のことは愛している、素敵なお嬢さんですよ? あなたへガツガツ行っていたのも、親が事業で土地を欲しがっているから」

「分かった、もういい。次だ」


 やや()()()()に手を振るアーサー。

 遊び人なりに、いや、ゆえのプライドか。多少ショックがあるらしい。

 少なくとも、宝飾品扱いでも『彼自身』に価値を見出していたMs.クロフォード。

 そのときより不愉快そうである。


「最後にMs.キャンティですが」


 アーサーは相槌を打たずに視線をジャンヌへ。

『頼むぞ!』と言う切実さが瞳に宿っている。


 相手はあの人の良さの擬人化みたいな女性である。

 汚れた心で男に近付かないはず……!



「他に好きな男性がいますね」



「なんだよ!」


 が、ダメ!!


「その人とは幼馴染で、実は婚約一歩手前だったのですが。貴族と縁を持ちたい父の命令によって泣く泣く……」

「泣きたいのは私の方だよ」

「心の中には常に彼の顔が。たとえ身は他人に嫁いでも、心だけは(みさお)を立て続けるようです」

「つらい」

「あなたのことなど微塵も心にありませんでした」

「追い打ちしないでくれ」

「あなたさえいなければ、こんな悲劇は」

「メッセンジャーくんは私に恨みでもあるのかな?」


 もしかすれば『辛辣系ジョークで気楽にしてあげよう』なんて気遣いかもしれない。

 だがジャンヌという女は、心を扱う生業(なりわい)とは思えないほど表情筋が死んでいる。

 どこまでマジなのか本人以外には分からない。


 だが、そんなことを思う()でも人は冷静になれる。


「人の世は悲しいことばかりだね」


 アーサーも多少(うそぶ)く余裕が出てきた。


「私の性格が捻くれるのも分かるでしょう?」

「そりゃこんなものばかり覗いているのではね」


 彼はおもむろに立ち上がり、棚からもう一つグラスを取り出す。


「お互いを慰めるために、1杯どうかな?」


 しかしジャンヌは


「いえ、遠慮しておきましょう」


 部屋の出口へ一歩退がる。


「あぁ。海峡向こう(ジ  ャ  ン  ヌ)がル()ーツの名前(ピ  エ  ー  ル)ともなれば、ウイスキーよりブランデーかな?」


 アーサーは爽やかに微笑む。

 しかし彼女ははっきり首を左右へ。


「いえ、プレイボーイとお酒を飲みたくはないので」

「……おかしいな。それこそ私はモテるはずなんだけどな。自信がなくなってきたぞ」


 なんなら伝聞ではなく本人の口から面と向かっての拒絶が一番効いていそうな。

 額を抑えるアーサーだが、


「まぁいい。明日また2人の女性がいらっしゃる。そちらに期待しよう。君も読心の方、よろしく頼むよ」


 すぐにまたキザな笑みを浮かべる。

 この立ち直りの速さがプレイボーイの秘訣なのかもしれない。

 もちろん顔と金は前提として。


 対してジャンヌは、


「お酒をくださるのでしたら、メイドさんに私の部屋へラム酒を届けさせてください」

「飲むなら一緒に飲んでくれよ」


 もはや話を聞いてすらいないようだった。

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