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2.そりゃ単純ではあるまいが

『ケンジントン人材派遣事務所さま



 私はキャンパーダウンに住むフリッツ・オーベンと言います。

「メッセンジャー」さんに依頼があります。



 実は先日、父が突然自宅の2階から飛び降り自殺をしました。

 あまりのショックで母は部屋に引き籠もっています。

 我が家は今、大変なことになっています。


 なかでも一番の問題は、生前の父に自殺するような悩みはないということです。

 病気、借金、仕事、人間関係。

 はたから見るにそんなものはなかったし、父をよく知る人に聞いても

“知らない”

“何かの間違いだ”

 とおっしゃいます。


 つまり、父が自殺するなどあり得ないのです。



 そこで『メッセンジャー』さんには、その動機を探ってほしいのです。


 きっと母が立ち直れないのは、理解できない行動が唐突にあったからです。

 なので今回秘密を解き明かせば、私たち親子も前に進むことができます。



 どうかよろしくお願いします。



                          フリッツ・オーベン』






「キャンパーダウンといえば、郊外のあの辺か」

「そこかい」


 3人は今、中央のテーブルに集まり依頼人の手紙を囲んでいる。守秘義務とは。

 アーサーは定位置、タシュは向かいのソファ。ジャンヌは

『どちらの隣に座るのも嫌だ』

 とテーブルの縁をつかんで()()()()()いる。


「いやしかし」


 アーサーが腕を組んでソファに身を沈める。


「キングジョージでの自殺者は、その、君が検死しているんだろう?」

「えぇ」

「そのときに動機や経緯を読み取ったりはしないのか?」


 ジャンヌは姿勢の固定がキツいのか、小さい屈伸運動をしている。


「もちろん警察や遺族の方に説明もいたしますが。さすがにこの『先日』のあいだ出張していたら、検死に立ち会えませんよ」

「なるほど。で、今ごろお鉢が周ってきたわけか。しかし」


 彼は視線を正面、タシュへ向ける。


「それならなぜ、君はメッセンジャーくんを拝み倒していたんだ」


 するとタシュの視線は彼の右側へ、伯爵の視線と直角を描く。


「まえに聞いたろ。ジャンヌに余計な追体験を」

「それは分かっている。警察の依頼じゃないのなら、最悪断ればいいじゃないか。そう言っている」

「なんなら飛び降りから日にちが経っているようですしね。警察が『自殺』で報告書をまとめているところへ、ノコノコ水差しに行ったら。むしろ恨まれるまである」


 ジャンヌも立ち上がり、機嫌が悪い馬のように首を振って同調する。

 バツが悪いタシュは肩をすくめて伯爵を睨む。


「お貴族さまには分からないだろうけどね。庶民は年末年始、お金が入り用なんだよ」


 つまりは単に案件を選んでいる場合ではないらしい。

 それだけならまぁ分かるのだが、


「では節約するべきだったんじゃないのか?」


 事務所内は壁がタンスの上がテーブルが、

 そこらじゅうが先日買った『救世主の日』の飾りで埋め尽くされている。


「こんな一年で数日しか飾らないアイテムに散財してだな。バカじゃないのか」

「特にこの聖ヴィンセントの帽子とか。百歩譲って普通サイズはいいとしましょう。あなたが被るなら。しかしこの実りの悪いトウガラシみたいなのは要りましたか?」

「それは鹿人間に被らせるんだよぉ」

「そいつはソリを引く側だろうが」


 二人掛かりでボッコボコのタシュだが、上目遣いでジャンヌを見る。


「でも君だって、年末はより仕送りが苦しいでしょ?」

「む」

「だから仕事を増やすことは、君も僕も事務所も『三方よし』だ」


 説得、というよりは悪びれない笑顔に、彼女は腕組みを解くと


「……まぁ、私も最初から受けていいと思っていましたしね」


 ため息とともに首を左右へ振った。



「ただおまえが鹿人間など買ってこなければ済む」

「それは無理」






 数日後の午前10時ごろ。


「では私は商談があるので一旦帰るが、がんばってくれ」

「お送りいただきありがとうございます」

「電話をくれれば迎えに行くよ」

「いらないよーだ」


 すっかり個人タクシーが板に付いたアーサーに送られて、

 ジャンヌは『キングジョージの聖蹟桜ヶ丘』ことキャンパーダウンに降り立った。

 隣にはタシュもいる。


「あなたも帰ればいいのに」

「今日は消耗するだろうからね。僕がそばに付いていてあげよう」

「そのおかげで二人掛けの座席に三人詰めだったんですよ。すでに疲れた」

「つれないなぁ」


 通りには洋画でよく見るコピー・アンド・ペーストのような家が並ぶ。

 そのなかの、なんの変哲もない一軒。

 彼女が降り立ったちょうど正面にあるのが、


 今回の依頼人の家である。


 ジャンヌはドアノッカーを叩いた。






「これが、父の遺品の結婚指輪です」


 1階のリビング。テーブルを挟んで三名が向かい合っている。


 出迎えたフリッツは、二人とさして歳の変わらない青年だった。

 ジャンヌより下ということはないくらいか。


 デモンストレーションによると、

『職場に弁当でいつもニシンの酢漬けサンドを持ってくる女性がいる。匂う』


「拝借します」


 彼女がここに来るまで、母親には会っていない。

 気配もない。

 手紙にあったとおり、部屋で静かに機能停止しているのだろう。


 場合によっては死んだ父より彼女の心理をケアした方がいいとは思う。

 が、ジャンヌはカウンセラーではないので余計なことは言わない。


 手袋を外し、そっと指輪を握り込む。

 それから数秒経つと、



 彼女の肩がビクッと跳ねる。



 つられてフリッツも腰を浮かせるが、タシュが黙ってそれを制する。

 下手に邪魔する方がよくない、とでも言うように。

 しばし緊張感ある静寂が場を支配する。


 ややあって。

 ジャンヌは長いため息のあと指輪をテーブルに置き、ゆっくり目を開く。


「大丈夫かい? ジャンヌ」

「えぇ、まぁ」


 彼女は淡々と応えるが、額には脂汗が浮かんでいる。

 手袋をした方の手で拭おうとするので、タシュが自分のハンカチを渡す。


「それで、父の動機は、お分かりになりましたか?」


 そこにフリッツがおそるおそる切り出す。



 苦しい作業だったが、あとは聞かれたことを答えれば依頼完了

 今夜はおいしいものを食べさせてあげよう



 そう考えるタシュだったが、


「えー」


 ジャンヌは少し歯切れが悪い。

 もちろんデリケートな話題ゆえに切り出しにくい面はあるだろう。

 が、それ以上に、


「その、いろいろ事情が複雑なので……。少し整理して、裏付けをしてからご報告に上がります」

「そう、ですか」


 困惑気味である。


「では本日はこれで。失礼いたします」

「ありがとうございました」


 彼女は以上にテキパキ礼をすると、


 タシュを置き去りにしかねないスピードでオーベン宅をあとにした。






「待ちなよジャンヌぅ」


 通りへ出たジャンヌは早歩き。

 着てきたダッフルコートを腕に掛けたまま近くのカフェへ。


「すいません。電話を貸してください」


 そのままタシュを取り合うことなく、


『こちら電話交換台です』

「キングジョージ警察署をお願いします」

『少々お待ちください』


 いつかの焼き回しのような会話が展開される。


「もしもし、ボロー警部をお願いします。『メッセンジャーから』と言っていただければお分かりになります」

「いや、ここまでピッタリとはね」


 しかし続く内容は、似ているようで違うものだった。


「もしもし警部、メッセンジャーです。先日キャンパーダウンで起きた、トーマス・オーベン氏の飛び降り事件なのですが。



 アレはどう処理されていますか?」

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