9.双子は仲良し
「というのは?」
長くなると感じたのだろう。
タシュは一度立ち上がり、棚へナッツ缶を取りに行く。
「一つは『単純に自分に合う』という『先天的な好き』」
「僕がジャンヌを愛する運命だったようなものかな?」
「『辛いものをおいしく感じるか』とか、『音楽鑑賞よりスポーツ観戦の方が好き』とか。体質だったり理由なきフィーリングだったり、相性の問題ですね」
「なるほど」
タシュは缶の中身を木皿にあける。
「カシューナッツだけ減りが早いな。それでもう一つは?」
「『慣れ親しんだ』『あのときの思い出の』といった、『後天的な好き』ですね」
「ジャンヌがこれから僕を愛するようになるのと同じかな?」
「『好きな人が使っていた香水』とか『昔当たったからオイスターは苦手』とか。経験や記憶、単純接触効果による愛着です」
「つまりボゼゼも毎日見てると」
「早く質に入れろ」
ジャンヌは仕切りなおすように紅茶を飲み干し、ポットから二杯目を注ぐ。
もちろんタシュの分はない。
それを彼は少し恨みがましそうに眺めつつ、
「王国人がみんな紅茶好きなのも、みんなが飲んでるただの環境要因だと。コーヒーが流行ってたらまた違ったんじゃないかってことだね」
「それを踏まえたうえで。お二人のアルバムを見て気付いたことがありました」
「レモンかい?」
「はい」
一度背もたれに沈む。
「でもレモンは姉妹の大好物で、よく食べていたんだろう?」
「ですね」
「そこから何が分かるんだい?」
と思えば、起き上がり小法師のようにまたデスクへ乗り出す。
「いや、話の流れで察するにさ。その『先天的』『後天的』が関わってくるんだろうさ。どっちかがリンゴでも食べてる写真があったかな?」
「いえ、旅先でもなければレモンでしたよ?」
「へぇ、じゃあどうしてレモンにたどり着いたんだい?」
「それはですね」
ジャンヌの脳裏に、マックイーン一家に説明したときの記憶が蘇る。
「この写真をご覧ください」
ジャンヌはアルバムを一家の方へ向け、中の一枚を指し示す。
そこに写っているのは、
幼き日の姉妹。
おやつなのだろう、二人は並んでテーブルに着き、目の前にはお皿。
だが、片方は先に食べ終わってしまったらしい。
皿は空っぽになって、もう片方がレモンを食べているのをじっと見ている。
「これが何か?」
「よく見てください。お皿が空っぽなんです」
ジャンヌはその部分を強調するように、指で円を描いて囲う。
「それが?」
「もう食べ終わったんじゃ」
「それにしては、皮がない」
「あ」
彼女の指が隣へ移動する。
その皿には、剥かれたレモンの分厚い皮が載っている。
「食べもしないのに、片方にだけ皮ごと与えるとは思えません。つまり、こちらの子はレモンではないものを食べたんです。また、理由なく姉妹で与える果物を変えることもない」
「そういうのはアレルギーでもなければ、大抵は好物を与えるものだな」
アーサーの補足に両親も「あっ」という顔をする。
期間が短すぎて忘れていたが、そういう時期も確かにあった
などと思い出しているのだろう。
「逆に言えば、もともとレモンは特別好きでもなかったのでしょう」
ジャンヌは姉妹の方を見る。
エリーと言われた方は手を止め、スージーだろう方はまだレモンを食べている。
「『姉妹で趣味嗜好がまったく同じ』とのことでしたが。違うんじゃないでしょうか」
「え?」
「私が見聞きしたかぎり。習い事も片方が初めてもう片方も始める。ハンカチも片方が持っているのを見て『同じのにしよう』と言い出す。つまり」
その記憶はないだろうが、姉妹は無意識に見つめ合う。
「双子だから似ているのではなく、
仲良し姉妹だから相手と一緒がいい。ミラーリングして寄せていっただけです」
「な、なるほど」
「お二人も、好きな人や憧れている人の真似やらしませんでしたか?」
「確かに、ありましたわね。好きな人と同じデザインの万年筆が欲しくなったり」
「でしょう?」
ジャンヌは手袋を外すと、レモンを一つに手に取った。
彼女は皮を剥きながら続ける。
「でも二人には今、育てた味覚がない。なので」
それからレモンを一欠け切り離すと、
「こんな味の強いものは、丸々一個も食べる気はしない。おぉ酸っぱい」
口に入れて目を細めた。
「なるほどね。よくやったんじゃないのかい? 僕としては伯爵のヤローと息ピッタリがシャクだけど」
タシュは頬杖をつきながら笑う。
爽やかだが、元来の軽薄そうな顔立ちが勝る。
「だけど、それでどうして『レモンを食べない方がエリー』まで分かるんだい?」
「アプリケですよ」
「ほう」
「ご両親は『小さいころは二人の服に見分けがつくようアプリケを付けていた』と。例の写真にも、ちゃんとアプリケが写っていました」
ジャンヌはペンを取ると、デスクの新聞の端の余白に文字を書く。
「『A』と『E』」
「また記号的だな。名前かな?」
「でしょうね。エリー、『アリス』で『E』。スージーは『スザンナ』で『A』」
「なるほどね」
タシュはまた背もたれに身を預ける。
納得がいったのだろう。
「そうやって無事解決、かは知らないけど。依頼人にはご満足いただけたわけだ」
「まぁ結論が出なくとも、依頼をおやめになる予定したからね。これは私の胸の支えが取れたにすぎない」
「まぁ人生で一番大事なのは自己満足さ。だから」
彼は一呼吸入れると、ジャンヌから視線を外す。
「まぁ、うん。いいんじゃないか、君の結論」
「? なんだか含みのある言い方をしますね」
「いやいや、とんでもない。僕がちょっと細かくて引っ掛かるだけさ」
「気持ち悪いなコイツ」
「ひどいや」
なんてことがあったのが1ヶ月まえ。
ある朝ジャンヌが事務所へ出勤すると、タシュがデスクで手紙を読んでいた。
「やぁジャンヌ、おはよう」
「おはようございますミスターケンジントン。また新たな依頼ですか?」
彼女がデスクに書類カバンを置くと、
「いや? 君、このまえのマックイーン家の双子のこと覚えてる?」
彼はそこへ手紙を飛ばす。
「覚えてますとも」
ジャンヌがキャッチすると、内容を見るまえにタシュが話を進める。
「あの二人、最近記憶が戻り始めたんだってさ。律儀に手紙よこしてくれたのさ」
「ほう! それはよろしい」
表情筋の動きに乏しいが、それでも彼女は確かに微笑む。
が、
「それでなんだけどね?」
タシュはなぜか微妙な笑みを浮かべる。
「なんですか」
「どうやら姉妹によると、君が判断したエリーとスージー、
逆だったらしい」
「はぁ!?」
「あの日は『お互いの服を交換したらパパとママは気付くかな?』って遊んでたらしいんだよね」
「なん、ですっ、て?」
「だから君の推理は合っていたうえで、結果は大ハズレ!」
ワナワナ震えるジャンヌを他所に、彼は新聞を手に取る。
視界に連載小説が入ると、タシュは実に愉快そうに笑った。
「双子の入れ替わりトリック。ジャンヌは『ありがち』って言ったけどさ。いやぁ、王道はバカにできないねぇ」
「く、く、く、屈辱!」
「心以外は読めないんだねぇ」
ダメ押しの一言。
彼女は右手で両目を覆い、天を仰ぐしかなかった。
「後天的にレモンが嫌いになりそうです……」
──『メッセンジャー』は双子を見分ける 完──
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