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8.トパアズいろの決着

「じゃあ、後悔しないな?」

「えぇ、私たちが過去のあの子たちを求めるのは」

「今の2人にとって、別人ばかり愛していることになる、か」


 マックイーン宅の2階。

 夫妻は2人の寝室で大きく頷き合う。


 大事なことはいつだって未来にあり、

 それ以上に娘たちの幸せが優先されるのだ。


 ベッドサイドには写真立てがあり、娘が幼き日の4人が笑っている。

 父親はそれを伏せてしまうと、


「じゃあ改めて『メッセンジャー』さんにはお断りを入れよう」


 目を逸らした妻を促し、部屋を出た。






 2人が階段を降り、リビングに戻ると。


 ジャンヌとアーサーはすでに戻ってきており、テーブルでアルバムを見ている。

 あれほど牽制していた伯爵に見せるのか、と思わなくもないが。


 アルバムに向く目線や指差す動きを見るに。

 どうやら無作為に捲るのではなく、一枚の写真をめぐって何か話している。


 熱心でありがたいことである。

 見ず知らずの他人のために、『もういい』と言ったのに。

 伯爵にいたっては仕事ですらないのに。


 だからこそ、断るにも礼を尽くさなければならない。


「『メッセンジャー』さん」

「はい、なんでしょう」


 マックイーン氏が声を掛けると、彼女は素直に顔を上げた。

 先ほどの取り乱した勢いはもうスッキリしている。


 これなら幾分か話しやすい。

 夫妻は二人の対面の椅子へ腰を下ろす。


「もう一度二人で話し合ったのですがね」

「依頼を継続するかについてでしょうか?」

「はい、そうです」


 マックイーン氏は軽く深呼吸し、背筋を伸ばす。


「やはり、今回の依頼はここまでということで……」


 すると、


「その方針自体は否定しないがね」


 割り込んだのはジャンヌではなく、アーサーだった。


「今回は聞けないな」

「は?」


 彼は窓際の席へ目を向ける。

 そこでは姉妹が座ってこちらを見ている。


()()()話し合ったのだろう? それじゃ当人たちの気持ちが無視されている。当人たちが一番切実な問題なのに」

「それは」

「私は商談でカンブリアンに来ているんだがね。ちゃんと現場の責任者も同行させているよ? 彼らの意見を聞かないと失敗するからね」


 アーサーが一区切りすると、ジャンヌはフォローのように柔和に笑う。


「まぁそういうわけですから、4人で話し合ってくださいな。別にタイムリミットも延長料金もありませんから」

「だからそのあいだだけ、もう少し待たせていただこうかな」

「は、はぁ」


 なぜここまで食い下がるのか、なんの時間稼ぎかは知らないが。

 言っていることは()()()()である。

 夫妻が顔を見合わせていると、



 コッコッコッ、と玄関のドアノッカーが鳴った。



「おや、いったい誰だ」


 マックイーン氏が玄関へ向かい、ドアを開けると



「頼まれたものをお届けに参りました」



「頼まれた……?」


 そこには取手のない紙袋を抱えた


「ところで、


 どちらさま?」


 パリッとしたスーツで身なりのいい男が立っている。

 知り合いではないし、保険の営業でもなければ来る理由がない。


 彼と背後で妻とが身構えていると、


「あぁ来た来た。さすが早かったじゃないか」


 リビングからアーサーが出てくる。

 彼はマックイーン氏の肩に手を置く。


「安心したまえ。彼は私の部下だ。ちょっとお使いを頼んでいたんだよ」

「伯爵、オーダーはこちらで宜しかったでしょうか」


 アーサーは差し出された紙袋を覗くと、OKサインを作って受け取る。


「じゅうぶんだ。急に呼び出して悪かったね。査定に付けておくよ」

「いえ、また御用があれば、ホテルに電話してください」


 そのままスーツの男は引き上げていった。


「お使いとは何を?」


 まさか変なものを持ち込んではいるまいが、家主としては気になる。

 しかしアーサーは答えずに笑った。


「リビングでお披露目しますよ」






 アーサーはリビングに入ると紙袋をジャンヌに渡す。

 彼女も中身を見て軽く頷くと、


「アリスさん、スザンナさん」


 双子に声を掛け、注意を引く。

 それからようやくテーブルへ並べられるのは、


 大量のレモン。


「これは、いったい?」

「レモンです」

「そうじゃなくて」

「柑橘類、ミカン科ミカン属で高木を形成する常緑植物です」

「そうでもなくて」


 困惑する姉妹へ、ジャンヌはさっと手で促す。


「買ってきてもらいました。お好きでしょう? どうぞお食べください」

「こんなに?」

「好きなだけ、好きなように」


 あまりに勧めるものだから、姉妹もおずおずレモンに手を伸ばす。


「まぁ、食べたくはあったんだよね」

「うん。アルバム見てると、私たち大好きだったみたいだし」


「『メッセンジャー』さん、これは何を?」

「昔の好物を食べれば何か思い出すかも、ということでしょうか?」


 だが状況が読めないのは親の方も同じ。

 ジャンヌの顔を覗き込むが、


「まぁ、少々お待ちください。何もなくたって()()()にはなりますから」


 彼女は笑うばかりで肝心なことを答えない。


 こうなるといくら爽やかに微笑んでもヘラヘラ見える。

 夫妻が少しムッとしたそのとき、


「メッセンジャーくん」


 アーサーが小さく、だがハッキリと彼女を呼ぶ。

 ジャンヌが視線を双子の方へ向けると、二人はレモンを食べているわけだが


 向かって左の方は一つのレモンを平らげ、二つ目に手を伸ばす。

 一方、向かって右は


「あれ?」

「もういいのですか?」

「えぇ、なんか、思ったより」



 一つ目を半分食べたあたりで手を止めてしまった。

 あんなに大好物のはずなのに。



 夫妻が驚きに目を丸くし、


「いらないの?」

「うん」

「じゃあもらっていい?」

「どうぞどうぞ」


 双子の片割れがトパーズ色の香気を立てるなか、


「これで分かりました」


 ジャンヌは静かに宣言する。



「彼女がエリーさんです」











 それから数日後の午前10時すぎ。

 ジャンヌは『ケンジントン人材派遣事務所』に帰ってきていた。


 自身のデスクで紅茶を飲んでいると、1階からタシュが上がってくる。


「マックイーンさんから、ちゃんと入金されていたよ」

「それはよかった」

「いやー、依頼は無事解決、伯爵のヤローはカンブリアンに釘付け! 実にいいね!」


 彼は上機嫌、狭い室内でスキップし、


「あ()った!」

「だから『物を売れ』と言っているんです」


 スペースがなくて床に置かれた地球儀に脛をぶつける。

 そのままヨロヨロとデスクにたどり着くと、


「で、今回はどういうわけだったんだい。教えてくれよ」


 腰を下ろすなり、ジャンヌの方へ身を乗り出す。


「二人ともレモンが大好物だったんじゃないのかい?」


 すると彼女は、カップをソーサーに置いてつぶやいた。


「紅茶、お好きですか?」

「うん?」


 意図を測りかねた返事が返ってくる。

 しかしタシュはすぐに気を取りなおす。


「もちろんさ。毎日飲んでる」

「そう、王国人のほとんどは紅茶を愛し、毎日飲んでいる」

「それが?」

「でも海峡向こうの大陸に渡ると、断然コーヒーが人気らしいですよ?」


 ジャンヌは唇を湿らせるように、またカップを口へ。


「何が言いたいのさ」

「『双子で趣味・嗜好までそっくり』ということでしたが。



 そもそも趣味・嗜好には2種類あるんですよ」



 ちなみそうは言うが、コーヒーハウス発祥は王国である。

 別に人気がないわけではない。

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