6.徒労とは言わせない つもり
「あ、そう、ですか」
唐突な終了に看護師も目を白黒させている。
が、意味不明による気持ち悪さが勝ったのだろう、
「でしたら、失礼します」
さっさと立ち去ってしまう。
看護師の姿が見えなくなると。
ここまで静かにしていたそのアーサーが口を開く。
「有意義な情報は?」
「10段階評価で3、といったところでしょうか」
ジャンヌは彼の方を見ずに椅子から立ち上がる。
「シビアなうえに刻むじゃないか。半分を割った理由は想像がつくとして、加点要素が知りたいものだ」
「お察しのとおり、彼女は白いワンピースのことを覚えていません。処置室で処置をしたあとすぐ患者衣に着替えさせたそうで。二人をベッドへ連れていったころにはもう、どっちがどっちだか」
「なるほど」
ここだけ聞いていると『ふり出しに戻る』『暗中模索』だが、
「で、30パーセントの要素は?」
本題はこちら。
すると彼女は、
「彼女の記憶で、搬送から手当まで、何人か関わった人物をピックアップできました。その人たちにも覚えていないか聞いてみましょう」
明らかに30パーセントも得していない、仄暗い笑みを浮かべる。
結局は模範的探偵めいた地道な聞き取りになるらしい。
その後姉妹の処置に当たった看護師2人に聞き込むも、
「うーん?」
「覚えてない、ですねぇ」
空振り。
執刀医は本日非番だったため電話。
しかしこれも、
『病室に入って手前が右の肋と前腕を折った方。奥が左腰と脛を……なに? ワンピース? 2人とも、頭からも血を流していたんだ。この一刻を争うときに、服装なんか覚えていないよ』
ごもっとも。
なんら手掛かりは得られなかった。
「君、事故現場を見たんだろう? どっちが足を骨折してそうとかは?」
「見えませんでしたね。馬車の下敷きになっているんですよ」
「……『何度も見返せ』とも言えないな」
だがこのままでは、手ぶらで帰ることになる。
別に車を用意してやってまで成果が出ないことを責めるアーサーではないが。
依頼が手詰まりになるのは単純に、ジャンヌ自身に不利である。
「ではどうする」
「まだ、あと1人処置に関わった方がいらっしゃいます。まずはそちらに賭けましょう」
彼女は手袋で蒸れがちな親指を噛む。
いよいよこれが外れたら面倒だぞ
と、ある種の緊張を持って臨んだ2人を待っていたのは、
「あぁ、ホーンさんなら先々週に退職なされましたよ?」
「あ、そ、うですか。でしたら現在はどちらにとかお分かりですか?」
「えー、ご結婚なされて旦那さんの家業を支えるとかで、
アイシス島へお引越ししたはずですよ?」
看護師長からの、スタートラインにも立たせない先制パンチだった。
「あいしす」
目は点、口はOの字で固まっちゃったジャンヌに代わり、アーサーが会話を続ける。
「あのウイスキーが有名な?」
「はいはい! ホーンさんも酒蔵の女将さんになるんですよ」
彼がチラリと振り向けば、
ジャンヌは時が止まったように同じ顔。
何せ、
王国は南北に長い島国である。
そのなかで彼女が普段生活しているキングジョージなどは極めて南の方。
今いるカンブリアンも半分よりは下の方。
しかしアイシス島は半分
どころか3分割しても北の方に入る位置にあるのだ。
遠い。あまりにも遠い。
しかも島。
この時代では電話線など通っていない。
唯一の救いは、近くの港からなら船旅は短いことくらい。
これも船酔いしないジャンヌには別にメリットでもない。
「これは、何日掛かる? ちょっと無理なんじゃないか?」
アーサーは声を掛けたが、彼女と目が合わない。
こっちを向いていないとかではなく、もはや目の焦点が合っていない。
「せめて手紙だな。師長さん、ありがとう。お仕事に戻ってくれたまえ」
「はい。お役に立てましたら幸いです」
しばらくは意識が帰ってこないだろうと、アーサーは話をまとめてしまう。
が、
「手紙は……」
「ん?」
「届いてから返事が来るまで、時間がかかりすぎます」
ジャンヌはうわ言のように。
どこを何を見ているやら分からない表情でポツポツ紡ぐ。
「じゃあ」
「アイシス島へ行ってきます」
「おいおい」
アーサーは思わず彼女の肩に手を置く。
「手紙でいいだろう。行ったところで覚えているともかぎらない相手だぞ? 経費で旅行したいならいいが、空振ったときに痛すぎる」
その衝撃でハッとしたのだろうか。
彼女は魂が抜けた状態から再起動したが、
「それは承知です。ですが、マックイーン一家からすれば早い方がよろしい」
一転、むしろいつもより少し熱量のある口調というか、
いや、
「まぁ待ちたまえ。それはそうだろうが、君が経費を使えばその分請求額が増す。それはそれで向こうを困らせるだろう」
「ですが我が子のためですよ? その方がいいに決まっている。お金くらい出すでしょう」
「いや、それはそうだが、出させる側が言うことじゃないだろう。それに、ない袖が振れないのは親子でも仕方ない」
「説得して見せますとも」
「だから説得とかじゃなくて、物理的にだな」
なんだか攻撃的な微笑み。
妙にこだわっているフシがある。
「君の懐に入るわけでもあるまいに」
「承知しています」
というわけで一旦マックイーン家へ戻ってきたジャンヌだが。
「ということなのですが」
「そうですね……」
リビング、彼女と向かい合って座る夫妻は顔を見合わせる。
唐突な提案に困惑しているというよりは、もっと別の意思のやり取りを感じる。
2人はジャンヌへ視線を戻し、夫の方が切り出した。
「あのですね、メッセンジャーさん」
「なんでしょう」
「今回の依頼なんですが、キャンセルさせていただこうかと思いまして」




