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5.模範的探偵めいた地道な聞き取り

「何か読めるかい?」

「内容としては、警察の方がおっしゃったものと相違ないですね」


 ジャンヌは『メッセンジャー』として、多くの警察の捜査に協力してきた。

 端的に言ってズブズブ、むしろ向こうの頭が上がらないくらいである。


「つまり、ここが現場ってことで間違いないんだな」


 なので知り合いの刑事やそのツテから、事件や事故の情報をもらえる。

 もちろんルール上はアウトだし、重大な捜査機密には触れられないが。


 まぁ彼らがバレてしまった場合の末路は、気にしないことで解決するとして。

 情報を得たジャンヌは現場検証、残留思念を読みに来たのだった。


「乗合馬車が劇場へ向かう途中、蒸気自動車のエンジンがポン! すれ違いざまにスチームを噴いた。それで馬が驚いてしまい……」


 彼女は目線を街灯に向けたまま立ち上がる。


「馬車は暴走。歩道へ乗り上げ右前輪がここに衝突、軸が折れて外れる」


 それから今度はアーサーの方を向く。

 視線の先、


 道はそちらへ向かって(くだ)る坂となっている。

 急ではないが、人によっては自転車を降りての上り下りが視野に入るレベル。


「車体はバランスを崩したうえに坂道で加速。激しく揺れ、不安定になり」


 ジャンヌはつぶやきながら坂を下り、


「後輪が歩道の縁石に乗り上げた瞬間、大きく跳ね」


 やがて足を止める。

 目の前にあるのは、


「横転し、屋根からこちらのカフェへ突入、



 席に着いていたマックイーン姉妹が巻き込まれるかたちに」



 カフェテラス。

 一見何もなかったような面構えをしているが、

 それは数ヶ月過ぎるうちに補修されただけの話。


 ジャンヌは胸ポケットから写真を取り出す。

 警察から借りた、現場検証のときのもの。

 そこに写る光景は、


 手すりがポッカリ途切れていたり、

 テーブルと椅子だった残骸が横倒しになっていたり、

 石畳が割れていたり。


 それを念頭に置いてもう一度現場を見ると、

 ところどころ掃除し忘れか落ちなかったか、鈍い色のシミがある。


 ジャンヌは周囲を一瞥すると、


「紅茶をお願いします。ミルクとハチミツも」

「かしこまりました」

「おいおい」


 端の席に腰を下ろす。

 アーサーも首をすくめて対面に着席。


「飲んでる場合か?」

「場合ですよ。これから事故現場を追体験するんですから」

「あ、あー」

「飲まなきゃやってられない。むしろブランデーとか言い出さなかっただけ褒めてほしい」

「それなら飲んだ方がよかったのでは」


 彼女は双子が座っていた席を睨みなつつ、鼻からため息。


「まぁ、自殺者の検視よりはマシですよ。何回首を吊ってきたことか」

「聞きたくなかったな」






 紅茶と衝撃映像スペシャルを終えると。

 ジャンヌは大きな病院へと移動した。

 もちろんアーサーが用意した足で。


「あなたがガーフィールドさんですね?」


 そして乗り込むなり、早速一人のおばさん看護師を捕まえる。


「そうですけど、なんでしょうか?」

「アリス・マックイーンさんとスザンナ・マックイーンさんが運び込まれたとき」

「あぁ、はいはいはい! 居合わせましたし、処置にも参加しましたよ!」


 知らない人物が急に退院した患者の話をしだす。

 なのに相手が明るく頷くので、ジャンヌも爽やかに微笑む。


「私警察関係の者でして。ジャンヌ=ピエール・メッセンジャーと申します」


(わたくし)怪しい者ではありませんよ』

 という顔と名乗りだったのだが、


「ジャン=ピエールさん? てっきり男性かと。顔とお声が」

「ジャン()=ピエールです。母が男性名(ピエール)など付けるのが悪い」

「あら、ごめんなさいね」


 結局いつも、違うところに食い付かれる。

 まぁ今回に関しては身分詐称しているが。


「それはいいんですよ。少しお話お伺いすることはできますでしょうか」

「構いませんけれど、何か事件ですか?」

「いえいえ、ちょっとした事後処理ですよ」






 休憩室に通してもらったジャンヌは、ここでも紅茶をご馳走になっている。


「運ばれてきたお二人が、『どちらがどちらか分かる』ものを持っていたりは」


 どうやら彼女は姉妹の当日の足跡を追って、

 また事故後最初に応対した人の話を聞きに来たようだ。

 しかし、


「いえ、残念ながら」

「そうですか」


 車はあれど、免許制度もなかった時代。

 身分証明書なんてのは役所でその都度手にいれる時代である。


 早速手詰まりとなる。


「では、『どちらがハンカチを持っていたか』は?」

「え?」


 だが、アーサーの目に映るジャンヌに困った様子はない。


 本人確認ができるものがない、ということ自体はすでに警察から聞いている。

 彼女が確認に来たのは、自身が読み取った情報に基づくものなのだ。


 彼が移動中に聞いて曰く、


『馬車が突っ込んでくる直前、

 ハンカチで口元を拭った方が、テーブルナプキンを使った方を


“スージー”


 と呼んでいる映像が見えた』



 とのこと。


 つまり、ハンカチの持ち主がどのベッドに運ばれたか、などを把握できれば、

 (おの)ずとどちらがスージーか分かるのである。


 ちなみにアーサーは


『あれだけ息ぴったりの姉妹だ。スージーも持っていたけど出さなかっただけでは?』


 と問うたが、


『スージーが「いいなぁ、私もハンカチそれにしようかなぁ」と言っていた』


 とのこと。



 それはさておき、


「いかがでしょう」

「んー、えー」


 ここが今回の案件の大きな分かれ道になりかねない。

 看護師が口元に人差し指を添えて首を傾げはじめたので、


「失礼」

「えっ?」


 ジャンヌは手袋を外し、自ら読み取りに掛かる。

 そもそも模範的探偵めいた地道な聞き取りは、彼女の本当ではないのだ。


 が、普段の依頼相手と違って今回は『メッセンジャー』と自己紹介をしていない。

 よって相手の方は『謎の女が急に手を握って固まっている』状況に困惑。


 そもそも『メッセンジャー』と言われて日々依頼は舞い込んでくるが。

 せいぜい『知る人ぞ知る』『界隈では有名』程度、名乗ったとて一般の人には伝わらない。


 だからかつてアーサーの花嫁選びにもバレずに潜入できたのだ。


 が、それもどこ吹く風と、しばらく目を閉じていたジャンヌは、


「もう大丈夫です。ありがとうございます」


 ややあって彼女を解放した。

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