4.あの手この手
パーティー会場の開け放たれた入り口。
そこから、
ジャンヌには一生縁のなさそうなドレスと宝石で着飾った、三名の淑女が入場する。
どれも共通して、美人で上流階級のオーラがあり、
この場にかける、ギラギラした圧を感じさせる。
光量は変わらないのに、妙な眩しさを感じさせる一団に彼女は
「ご冗談を。あなたのお相手を選ぶんですよ」
軽口で逃げる。
「紹介しよう。まず向かって右」
「はい右」
栗色の巻毛で、いわゆる宝塚系の顔立ち。
バレーでもやらせたい長身を包む、ネイビーブルーのシュッとしたドレス。
「Ms.ドーソン。家の格としては少し下だけど、綿畑をどんどん拡張中。資産はすごいね。私からすれば姉さん女房になる」
「ファーストネームは?」
「あー、えー?」
「まぁいいでしょう。お次は?」
「向かって左」
「普通順番でしょう」
タレ目のおっとり系、黒髪のギブソンタック。
ベージュのAラインドレスで肩掛けも厚めに羽織った、全体的に柔らかい出立ち。
「Ms.キャンティ。祖父が貿易で財を成した、爵位もない新興の一族だけどね。本人も才女で海峡の向こうに留学していた」
「なるほど」
「で最後が真ん中」
長い枯れ草色のウェーブヘアに、とにかく強い目力。
真紅のプリンセスラインなドレスも含めて、とにかく迫力満点。
「Ms.クロフォード。中世まで遡れば騎士の大物貴族さ」
「私も聞いたことはありますね」
「最近は鉄道業に参入しようとしているらしい」
アーサーが説明のために視線を向けていたからだろうか。
そのMs.クロフォードがこちらに気付き、目線が合う。
彼女はむふーっと、目に見えて胸を膨らませると、
「アーサー! 今日はお招きありがとう! はるばる来たわよ!」
手を振ってこちらへヅカヅカ近付いてくる。
それを見て残りの二人も色めき立つ。
「どう思うかな? 『メッセンジャー』くん」
「さぁ、触れてみないことには分かりませんが」
ジャンヌは右足が半歩退がるも、なんとか逃げ出すのを堪える。
「土地、家格、資金。全員『愛情』以外の獲物を、見ようと思えば見出せますね」
「だろう?」
「あとMs.ドーソンの腰付きは、あなたの性癖のいい線行ってる」
「あのさぁ」
横目で睨み付けるアーサーだが、すぐに気を取りなおす。
少ししゃがみ、口をジャンヌの耳元へ。
「それより君は、素手で相手に触れないといけないのだったね」
「はい」
「つまりその機会を作らなければならないわけだ」
一人頷くアーサーだが、もう令嬢三人は目と鼻の先。
作戦会議をしている時間はない。
「アドリブで行こう。よろしく頼むよ」
「お任せください」
「『こちとら性癖も知ってる』って言いたいんだろう?」
「あなたも読心能力者でしたか?」
「それくらい以心伝心なら安心だな!」
あまり『秘書』と耳を寄せて話しているのも怪しい。
背筋を伸ばすと、
「アーサー!」
Ms.クロフォードが両腕を広げて迫る。
そこへ『させるか』とMs.ドーソンが割り込もうとした瞬間に、
彼は一歩前へ、出迎えるフリをして、
素知らぬ顔で脚を引っ掛ける。
「きゃっ!」
Ms.ドーソンがもつれ、急に止まった彼女へMs.クロフォードが躓き、
「ああぁあ!」
そのまま前方へつんのめる。
それを
「大丈夫ですか、Ms.クロフォード」
素早く抱き止めたのはジャンヌであった。
両腕で、ガッチリと、開いた背中に手を回して。
アーサーが白々しい顔で口笛を吹く。
逆にクロ嬢はドレスに負けない真っ赤な顔に。
「あ、あらやだ、私ったらはしたない! 殿方の面前で転びかけるなんて!」
あわあわと早口で自虐に走る。
慌てて体勢を立て直し、支える腕から飛び出ると、
アーサーは横目でジャンヌを見て、器用に左の口角だけ上下させる。
対して彼女は相手を横目で見て、器用に右の眉だけ上下させた。
彼は視線を賓客たちへ戻す。
「そういえばレディたち。ウェルカムドリンクはもう受け取られたかな?」
「あっ、いえ」
「まだ」
淑女たちも『これはうっかり』という表情。
一目散にこちらへ来たのだから、そりゃそうである。
「では私が取ってこよう。少し待ってくれ」
「そんな、もったいないことですわ」
Ms.キャンティは見た目どおり人が良いご様子。
しかしアーサーも手で制する。
「ホストですから」
「おぼっちゃま。4人分必要ですから、私も参りましょう」
ジャンヌも一応秘書役である。
出し抜けにそれっぽいことを提案すると、アーサーは一瞬変な顔をして、
「じゃあそうしていただこうか、メ……ルセデスくん」
名前を呼びかけ、緊急回避した。
彼はジャンヌが隣に来ると、ヒソヒソ抗議する。
「おぼっちゃまってなんだ」
「呼び方を決めていなかったものですから。お互い」
「その呼び方はやめてくれ」
「分かりやした旦那」
「君は顔の割に品のない発言が多いよな」
「河口域発音でして」
「そういう意味じゃない」
しょうもないやり取りをしているうちに微発泡ワインのグラスを手に取る。
それから淑女たちのところへ戻る途中で、
アーサーがジャンヌへ目配せをする。
彼女が小さく頷いたりするまえに、二人は客人の前まで来て、
不意にアーサーが手を滑らせ、グラスが地面に落ちる。
「きゃあっ」
という悲鳴を掻き消すような、甲高いガラスの砕ける音。
「おおっ! しまった!」
分かっていても音が大きかったのだろう。
アーサーが先ほどの口笛よりは白々しくない動揺を見せる。
同時にジャンヌが素早く飛び出し、
「破片が危ないですから、お下がりください」
Ms.ドーソンの鎖骨のあたりを手で押し、現場から距離を取らせる。
「失礼。すぐに片付けさせる」
アーサーは頭を掻きつつ、ジャンヌに向かって唇を尖らせる。
彼女がウインクで返すと今度は
「おや、Ms.キャンティ。もしかしてお召しものにワインが飛んでしまったか?」
「えっ、本当ですか?」
「念のため拭いておこうか」
シャツの胸ポケットからハンカチを取り出す。
しかしそれも、
「おっと」
どうしたらそうなるのか怪しいが、また手からすっぽ抜けてしまう。
ハンカチはMs.キャンティの足元へ。
やはり人がよろしいのだろう。
手ずから拾おうとしてくれる彼女と、
横から伸ばしたジャンヌの手が重なる。
「あら」
「これは失敬」
「いえいえ」
引っ込められようとする手を、彼女はパッとつかむ。
「秘書さん?」
「失礼。ガラス片で怪我などされていないか気になりまして」
「大丈夫ですよ。お気遣いなく」
「お騒がせしまして申し訳ありません」
「いえいえ」
ややあってジャンヌは手を放し、ハンカチを拾うが
「どうやら主人の思い過ごしのようで。どこもお召しものは濡れていませんね。よかった」
「そうですか。ありがとうございます」
「染み抜きをさせられなくて済みそうです」
「あら? そういうのも秘書さんがやられるんですか? メイドさんじゃなくて」
「え? あ、あー。主人が出先でシャツにミートソースを付けたりしますので。オホホ」
「君ねぇ」
いらない会話でボロが出かけ、誤魔化しに存在しない恥を塗られたアーサーだが。
ジャンヌが相手から見えないよう、後ろ手に尻のあたり。
Vサインを作っているのを見て、
やれやれと首を左右へ振り、それ以上何も言わなかった。