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4.アルバムはプチタイムマシン

 昼食を堪能したジャンヌがマックイーン宅へ戻ってくると、


「あらら」

「……真っ白に燃え尽きたよ…………」

「やはり奇行氏」


 窓際の椅子に座ってうなだれるアーサーがいた。


「惨敗ですか?」

「完敗だよ」


 双子の方を見ると、


「お昼ご飯何にしようかな」

「私はパスタ茹でようかな。卵とチーズで、バジル散らして」

「いいね。私もそうする!」


 余裕というか、何もなかったというか。

 確かに余韻も残らぬ勝負だったらしい。


「人となりとやらはつかめましたか?」

「彼女らは強い、とだけ」

「役立たずめ」

「ぐはっ」


「まぁまぁメッセンジャーさん。では、こういうのはどうでしょう」


 さすがにアーサーが哀れに思えたか。

 リビングを離れていた父マックイーン氏が、何かを抱えて戻ってくる。


「これまたすごい量ですね」

「えぇ。写真が一般家庭にも普及したころ、ちょうど娘たちが()()()()盛りで」


 思わず撮りすぎてしまったというそれは、



 しめて数キロありそうな、何冊ものアルバムである。



「えぇ!?」

「ちょっと!」

「「やめてよ!」」


 双子が漫才のようにシンクロする。

 いくら記憶がないとはいえ、他人に自分のアルバムを見られるのは嫌なようだ。

 しかし、


「何か大事なことが写っているかもしれないだろう?」


 父にこう言われては、反論もできない。

 まぁ声色にはどうにも、親バカがアルバム見たいだけのニュアンスがあったが。


 母親も止めるどころかノリノリで、ついにアルバムの留め紐が解かれてしまう。

 双子以外の4人でアルバムを覗き込むと、


「あぁ〜! そうそう! 二人ともこの()()()()()がお気に入りだったのよ!」

「またレモン丸齧りしてる。昔はよく食べてたよなぁ、二人とも」

「見て! アップリケ付きのスモック着てるわ! 二人とも同じ服着たがるから、昔はこうやって見分けてたのよねぇ」

「おもちゃも取り合いになるから、毎度同じのを二つ買ったよなぁ」

「ついこのまえまでベビーでバブバブだったのに、もうこんなに大きくなっちゃって……。私のお腹の中にいたなんて信じられない」


「「二人とも!!」」


 やはり即座にただのコメンタリーが開始される。

 その様子にアーサーは邪魔にならないよう顔を引き、ジャンヌの耳元へ。


「便利な時代だよな。誰が忘れても記憶を永遠に留めておける。戻らないあの日の人物にいつでも会える」

「私としては、伯爵には急にポエミーになるのをやめていただきたい」

「なぜだい。私は社交界でも有名な詩人なのだ」

「職業以外で『先生』って()()()の人が、8割バカにされてるのと一緒ですよ」

「なんだと」


 彼女は手袋をいいことに、アーサーの顔面を押して遠ざける。


「うわっ」

「それより伯爵はアルバムを見ないでください」

「なぜだ」

「今まで見てきた経験則ですが。幼児時代だと親は容赦なく裸の水浴びとか写真にして入れます」


 離れた位置で不貞腐れている双子がガタッと動く。

 するとアーサーは大きく頷いてアルバムに背を向ける。


「それはよろしくないね」


 繰り返しになるが、狙っていない女には普通に紳士な男なのである(疑惑の判定)。

 優雅な所作でロケットペンダントを取り出す。


「では私は自前のを鑑賞するとしよう。あぁシャオメイ、君は私の中では19歳のままだ……」


 狙った女に関しては、確実に変質者のそれである。






 それから1時間近くアルバムを鑑賞、もとい確認していただろうか。


「うーん……」


 ついにジャンヌが集中を切らした伸びをする。


「何かつかめたかい」


 アーサーが振り返る。

 彼は窓際の小さいテーブルで、双子と星巡り(※)に興じている。

 ※この世界のチャイニーズ・チェッカーみたいなもの。


 ジャンヌの返答に、問うたアーサー以外も注目するが


「レモン……」

「レモン?」

「ときどき後ろに写っているフルーツバスケット、いつもレモンだなって」

「さっきご両親も言っていたな。ちょうど今ごろが旬か。他には?」

「分かりません」


 答えは曖昧なものだった。


「『分からない』。手掛かりが『ある』でも『ない』でもなく」

「はい」


 一見不誠実な報告にも思えるが、


「今見たかぎりでは、正直『これ』といったものはありません。ですが、隅々まで精査すれば発見があるかもしれない」


 むしろ割合気を遣って含みを持たせた回答らしい。


「じゃあ休憩してから2周目かね?」


 アーサーはにっこり笑って彼女をボードゲームへ誘う。

 しかし、


「いえ、今日はもう」


 ジャンヌはテーブルに両手をつき、椅子から立ち上がる。


「ん? えらく早いじゃないか。疲れ切ってしまったかな?」

「いえ、そういうわけではありませんが」

「では私の商談が終わるのに合わせてペース配分」

「それだけは断じてない。あり得ない」


 曲がりなりにも伯爵相手にこの発言。

 しかしマックイーン家も最初こそギョッとしていたが、今はもうスルー。


 なんなら、アーサーにいたっては()()待ちですらある。

 マゾである。


「辛辣だな。じゃあこのあと何か予定があるのか?」

「私というより」


 しかし、今回は逆に期待を裏切るように、



「急がないと、あなたは商談がおありでしょう?」



「お?」


 ジャンヌはチラリと彼へ目配せをする。


「ま、まさか、私の商談まえにデートをしてくれるつもりなのか!?」


 勢いよく立ち上がるアーサーに、彼女は妖艶に微笑みかける。


「伯爵、鉄道で来たのは重々承知していますが」


 なんなら長いまつ毛のウインク付きで。


「なんとか車を手配していただけませんか?」






「結局()扱いじゃないか」


 おやつどき、カフェに向かう人々で賑わう往来にて。

 アーサーは街灯の隣で腰に手を当て、ムスッと立っている。

 案の定デートではなかったらしい。


 鉄道でカンブリアンへ来ただけに、自家用車は持ってきていない。

 それでもジャンヌのお願いということで、わざわざタクシーを、

 それも金を掛けて、馬車ではなくガソリン車のものを手配したというのに。


 これには寛大な(疑惑の判定)伯爵も『役得がない』と不満顔。

 愚痴が白い息となって流れていく。


「分かっていたことでしょう」


 一方そんなものはどこ吹く風と。

 彼とはその街灯を挟んだ位置でしゃがみ込むのはジャンヌ。

 彼女は長身なアーサーのちょうど太ももの高さにある、


 ぐにゃりと曲がった部分を撫でる。


 今彼女たちがいるのは、



 エリーとスージが事故にあった現場である。

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