3.伯爵は探偵をしてみる
「……」
「どうかね?」
聞いてくるのはアーサー。
その数歩後ろで固唾を飲んでいるのがマックイーン夫妻。
「うーむ……」
ダイニングのテーブル。
その視線を背中で浴びながら、素手で女性の手を握っているのがジャンヌ。
「うんともすんとも」
対面に座り、片方は手を握られている双子がエリーとスージーである。
不思議そうな表情は口の小さな開き具合まで一緒。
もちろん外見年齢も実際の年齢も一緒、10代後半。
せめて分ければいいのに、メイクも肩甲骨の下まで来る枯れ草色の髪も一緒。
同じ人形を二つ買ってきたかのようである。
「そう、ですか」
残酷な判定結果にも静かな相槌を入れるご夫妻だが、
「あぁ……」
ジャンヌが双子から手を離した瞬間、
それが『続けてもノーチャンス』『処置なし』宣言に思えたのだろう
切ないため息を漏らす。
いや、むしろ先ほどのが宣告で、今執行されたような気分か。
「何かないのか。記憶じゃなくてもいい。たとえば、そうだな。ものの考え方とか、差異になるような」
気まずい空気を察したのだろう。
本人やマックイーン夫妻よりアーサーが話を深掘りしはじめる。
女性問題が絡まなければ、悪い人間ではないのかもしれない。
が、
「残念ながら、少なくともお二人の脳内には」
ジャンヌは淡々とした無情さを崩さない。
「そもそも本人の頭の中に解決策があるなら、私を呼ぶ必要はないでしょう」
「それはまぁ、そうさなぁ」
双子だって自分が誰だか分かりたいはずなのだ。
なんなら本人たちにその気がなくとも、
目の前で親と名乗る人物がオロオロしていたら、解決してあげたくなるもの。
何より、自分たちが何も覚えていないことを知っていながら、
ジャンヌの言葉にショックそうな顔を浮かべる
ワンチャンスあれば、とこの場に希望を持っていた
彼女ら自身のリアクションが全てを物語っている。
こうなると、狙っていない女性には紳士なのが伯爵である。
「だったら、脳内じゃないところに答えがあるかもしれない」
「はぁ?」
「たとえばホクロの位置が違うとかだな」
言うや否や、彼は双子の顔を覗き込む。
解決に協力的なのはよろしいが、不躾な至近距離はやはり紳士ではないかも。
「どうですか」
「顔にはないようだな」
「まさか服を脱がせて確かめるなどおっしゃりませんね?」
「見るより先に君が目を潰すだろうね」
が、言葉とは裏腹に、アーサーは双子から顔を離さない。
どころか、より近付く。
まさかどさくさで口付けしようなどはないだろうが。
それでも父親が少し腰を浮かせている。
そんな迂闊なことはできない状況で、
「悪いが2人とも、口を開けてくれないか」
「何言ってんだコイツ」
この発言。あまりにも変態。
ジャンヌがキャラじゃない口調で漏らし、いよいよ父が立ち上がる。
しかし彼は彼で肝が据わっているもので。
双子が素直に開けた口の中を覗きながら、手で周囲を制する。
「天性授かった体は同じでも、後天的には違うだろう? 必ず同じケガ、同じ病気をするものでもない」
「確かに」
「罹患する人が多くて治療痕が残るものといえば。なんといっても虫歯だ」
「決して性癖で見ているわけではないと」
「当たりまえだ」
「ですよね。あなたのツボは腰付きですし」
「あまり外では言わないように」
ご両親が真面目にやってほしそうな表情で見守るなか、
「なんということだ……」
「どうかしましたか。同じ歯を虫歯治療してたりしますか」
「そのとおりだよ」
アーサーが多少血の気の引いた顔で振り返る。
「双子だからってこんなことあるか? もはや何かの呪いの類いだろう、これは」
しかしジャンヌは腕を組み、鼻から軽くため息。
「あるんじゃないですか? 骨格が似ているなら歯並びが似て、磨きづらい歯も同じ」
「なるほど」
ようやく姉妹から離れるアーサー。
これで礼を欠いた行動は終わるとともに、
「うーむ、どうやって見分けたものか」
一方で彼には手詰まりであることを意味する。
「メッセンジャーくん、何かないかね」
勝手に仕事に割り込んだ挙句キラーパス。
ジャンヌは一瞬眉をしかめるが、あごへ手をやり考える。
「そうですね。お二人、記憶がないとはいえ歩けますし会話もできる。いわゆる『記憶だけ』欠落しているパターンです」
「うむ。よく聞くパターンだ」
「であれば、それぞれが培った知識やスキルに差が出るかもしれません」
「なるほど、それはいい! マックイーンさん、娘さんに習い事をさせていたりは?」
アーサーはポンと手を打ち、夫妻の方を振り返るが、
「えー、2人とも幼少期にピアノをやっていましてね」
「テニスも2人で、どっちもエリーが初めて、スージーもすぐ……。ほぼ同時期に始めたわよねぇ?」
「うん。どっちが上手い下手はないよな」
「えぇ」
「伯爵。行き詰まったらこちらを見るのはやめてください」
「そんなことを言われてもなぁ」
「そもそもあなたが頭を悩ませる必要はないんですよ。車だけ出してりゃいい」
「カッコいいところを見せたいではないか」
「その結果三球三振の無様を晒した件についてはいかがお考えで?」
「それについては考えないことで解決とする」
無能政治家みたいなことを言い張るアーサーだが、
上級国民という意味では大差ないのかもしれない。
また少し「むむむ」と唸った彼は、
「そうだ」
またしつこく何か思いついたらしい。
「スキルがアリなら、知能や学力もいけるはずだ」
視線の先にあるのは、
窓際の、小さめのテーブル。
そこにはいくつかのボードゲームが積んである。
「あそこに野戦盤(※)があるな。ご両親、2人の腕前は?」
※この世界のチェスみたいなもの
「さぁ、最近あまり対戦していないので」
「2人で仲良くやっていることが多いですわ」
「ほう!」
母親の補足に、迷探偵アーサーの眼がキラリと光る。
「それはいい。ではお二人の対戦成績は?」
「うーん、大差ない……若干エリーが優勢?」
「なるほどなるほど」
したり顔で頷くアーサーに、ジャンヌは引き気味で声を掛ける。
「あの、伯爵。まさかとは思いますが」
「メッセンジャーくん、野戦盤には人柄が出るのだよ。積極的に攻めるタイプかどうか。クイーンを振り回すかルークやビショップを中心に据えるか。ナイトを上手く使えるか。ポーンを軽んじていないか」
「はぁ」
ここで彼は渾身のドヤ顔とともに胸を張る。
「こう見えて私は社交界で『野戦盤の貴公子』と呼ばれていてね」
「奇行氏」
「分かるのだよ。一局手合わせするだけで、相手の人となりが」
自慢だけするとアーサーは窓際の席に着く。
「さぁお嬢さん方。どちらから私と勝負する? 掛かってきなさい」
誰もやるとは言っていないのだが。
「あの、メッセンジャーさん、よろしいんですの?」
母親がジャンヌに困り顔で問う。
単純に『あなたの仕事で素人が好き勝手してますよ』というのもあろうが、
大意は『アイツなんとかしろ。止めろ』だろう。
しかし彼女は懐中時計を取り出し、時間を確認すると
「2ゲームやるなら長くなりますね。グラタン食べに行ってきます」
彼女の体格には少し大きい、ライトブラウンのダッフルコートを羽織った。
無責任にも地元の名店へ逃げ出すつもりらしい。




