2.2対2
「双子だな」
「双子ですね」
例の電話から2週間近く経ったある日の昼まえ。
ある普通の一軒家のリビングで、ジャンヌとアーサーは頷き合った。
少し時を遡って、電話のあと。
「うん、スケジュールに問題はないね」
「では」
「受けよう、この案件」
結局そういう運びになった。
「というわけでジャンヌ。依頼人のマックイーンさんがお住まいなのはカンブリアン市だ」
「遠いですね」
「でも幸いなことに鉄道駅がある大都市だ。チケットを手配できたら行ってくれ」
「で、具体的な依頼内容は? 私はまだ『双子の見分けがつかない』とかいう幼稚園の先生みたいな悩みしか聞いていないのですが」
「あぁ、それはねぇ」
一応仕事の話だからだろうか。
タシュは自分のデスクに腰を下ろす。
「マックイーンさんのお宅には、エリーとスージーの双子がいるらしい。二人はとにかく見た目も中身もそっくりらしくてね。黙って突っ立ってるとご両親でも、写真となると本人たちにも見分けがつかないそうな」
「たまにいますね、そういう双子」
「だから割と普段から、本人たちに『あなたはどっち』って聞くこともあったらしい」
で、ここからが本題
というように彼は両肘をついて軽く身を乗り出す。
「だけど先日、姉妹がお出掛け中事故に遭ったらしくてね」
「あら」
「そのショックで二人とも記憶喪失になってしまったらしい」
「あらまぁ」
「結果、本人たちすら自分のことが分からなくなってね。誰にも『どっちがどっちか分からなく』なってしまった、と」
「あらあらまぁまぁ」
タシュは腰を浮かすと給湯台へ向かう。
「こういうのは君の出番だろう? 紅茶を淹れるからナッツを準備しといてくれ」
ジャンヌも素直に棚へ向かうが、
「まさかとは思いますが、忘れていませんよね?
私は本人が頭に浮かべられないことは読めないのですよ」
案件に対しては従順どころか、否定的な態度を示す。
だがタシュは背中でケラケラ笑う。
「知ってるよ。でも会話はするし歩き方も知っている。脳が死んだわけじゃない。君が行けば、何か欠片でも糸口を拾えるかもしれない」
「どうでしょうね」
「それに一回、認知症の爺さんの中身覗いたことあったろ? あのあと爺さん、健忘が少しマシになったって言ってたじゃないか」
「私もよく分かりませんが、脳の回路でも繋がるんですかね」
タシュはポットを火に掛けると振り返る。
「別に何も読めなくたっていい。親なら娘のため、藁にだってすがりたいだろう。そしたら藁くらいは投げてやるのが僕らの仕事さ」
彼は肩をすくめて両手のひらを上へ向ける。
軽薄な薄笑いの顔立ちが、今ばかりは最高にマッチしている。
ジャンヌは缶を開けて中身を木皿へ。
ザラッとナッツが出るのに合わせて吐き捨てる。
「それで依頼料を取る。あなたは悪魔だ」
「なんだよ。他所ではできないことして、他所と値段設定変わらないんだ。そんなアコギなことはしてないぞ?」
「だから私も薄給で働かされる。吸血鬼め」
「どっちなんだよ。てか年齢性別にしちゃ破格に稼いでるだろ」
産業革命で女性も働きに出るようになったとはいえ、社会進出はまだ先の時代である。
まぁジャンヌは現代基準でも年齢にしてはもらっている方だが。
世知辛いのか、そうでもないのか微妙な話をしていると、
「メッセンジャーくん!」
「うわびっくりした」
急にドアが開け放たれ、アーサーが乗り込んできた。
「今日は来ないと安心していたのに」
「おまえせめて1階の呼び鈴鳴らせよな」
「あと寒いので早くドアを閉めてください。閉めろ」
非難轟轟、イケメン無罪など適用されない伯爵だが、
「本日は悲しいお知らせがある」
「死ぬなら一人で死んでください」
「辛辣だし想定されるレベルが高いな!」
そこはどうでもいいらしい。
「で、なんだい。オーディシャスへお帰りあそばされるのかい?」
タシュが挑発的な声と顔を向けると、
「うむ」
意外にもアーサーは普通に受ける。
「お?」
「帰えるのではないが、まぁ近い」
「というのは?」
ジャンヌは適当に相槌を入れただけだが、
彼からすれば自分に興味を持ってくれたことに他ならない。
「おぉメッセンジャーくん! 私はしばらく商用で、キングジョージを離れなければならないんだ!」
「やったぜ」
「うるさいぞそこ」
ジャンヌに悪口雑言されても気にならないが、タシュがご機嫌なのは気に障るらしい。
「そういうわけで、君には寂しい思いをさせてしまう」
「お小遣い置いてってくだされば懐は寂しくなりませんよ?」
「それならお小遣いではなく、法的に私の資産を折半できる身にならないか?」
「やはり死ぬんですね。遺書は偽造したと思われないよう、信頼できる弁護士に預けてください」
「……」
「……」
「……『どちらへ行かれるんですか?』『いつ帰ってこられるのですか?』くらいは気にしてくれてもいいんじゃないか?」
「ドチラへイカレルンデスカイツカエッテコラレルノデスカ」
伯爵が身を固めるのはまだまだ先になりそうである。
『お手上げ』のポーズで首を左右へ。
「ジャンヌに言い寄るなら、これも醍醐味だよ」
タシュがニヤニヤ笑う。
「まぁいいさ。それで質問の答えだがね」
「あなたが聞かせたんですがね」
「明後日から一週間ほど、カンブリアン市へ行くんだ」
「「え」」
二人は思わず声をこぼしたあと、
「え、てなんだね」
「いーえ」
「なーんも」
ジャンヌは左上、タシュは右上へ視線を逸らす。露骨に。
「なんかあるだろ」
「ないですよ」
アーサーがジャンヌへ首を伸ばすと、彼女は顔の向きまで変えて逸らす。
「……」
「……」
「カンブリアンまで鉄道で行く場合、1日半掛かる」
「らしいですね」
「私は『一等寝台車両・ディナー付き』を予約している」
「ともに参りましょう」
「ジャーンヌ!!」
なんてことがあったのが数日まえ。
「はじめまして、マックイーンご夫妻。『ケンジントン人材派遣事務所』から参りました。『メッセンジャー』を務めます、ジャンヌ=ピエール・メッセンジャーと申します」
「『メッセンジャー』を務める……」
「……メッセンジャーさん?」
「はい」
「メッセンジャーくん。このやり取りはお約束なのかね?」
「職業が『メッセンジャー』で」
「名字もメッセンジャー」
「雇い主が愚かなもので」
「それも定型句なんだな」
ジャンヌは今、目的のマックイーン宅に来ている。
隣にアーサーがいるのもそういうことである。
実は商談は明日からだということで、ついてきてしまった。
『メッセンジャー』は『心』というデリケートでプライベートな部分を扱う。
そうでなくとも依頼を受けた場に部外者を連れ込むなど大問題。
ジャンヌは断固として拒否したのだが(話順が時系列に沿っていないため、皆さまには『今さら』と思われることだろう)、
どうやら今回の商談相手の会社にご主人がお勤めらしく。
接待の一環で『是非とも来てください』になってしまった。
散々人の心を知っても、まだまだ世の中に驚かされるジャンヌであった。
「で、いつ始めるんだい?」
アーサーの問いに、ジャンヌは小さく頷き
「早速行きましょうか」
手袋の、手首のホックを外す。
「テキパキしているね」
「あなたが横にいますのでね。さっさと終わらせたい」
「それは困る。商談が終わるより先に帰られてしまう」
「そのためにやるんですよ」




