7.なぜだ友よ
また3日ほど経った日の15時まえ。
残暑など死に絶え、すっかり冷たい風に落ち葉が混ざるころ。
ジャンヌはまさにその外気に晒されながら
ある4階建てアパートの前に立ち、それを見上げている。
コレットの住まいではない。
当の本人はジャンヌの隣で寒そうにしている。
緯度が高い王国の秋は、冬ほどでないにしても冷える。
「ここが」
「はい。
ナタリーの家です」
コレットが小さく頷く。
ジャンヌが心を読めなかったためにガードが緩んだか。
わりとすぐにアポが取れたナタリーと、ここで対面することになったのだ。
「行きましょうか」
「はい」
ジャンヌが促すと、コレットはぶるりと震えた。
果たして気温か、それとも緊張か。
ナタリーの部屋は2階にあった。
207号室、玄関周りに物はなく、表札すら出ていない。
シュッとしていて冷たい感じの彼女らしいと言えばそうかもしれない。
が、さすがに無機質が過ぎる、と感じる方が正しいだろう。
ジャンヌがノックしようとすると、
「合鍵持ってるんです」
コレットがドアを開錠する。
どうやらわざわざ来訪を伝えることはないと判断しているらしい。
意外にズケズケしているのかもしれない。
が、それも続かないらしい。
鍵を開けたら戸を開くかと思えば。
今度はジャンヌの後ろに周り、剥き出しの左手をギュッと握る。
おいおい、私は盾か
いい表現ではないが、躁鬱のように縮こまる彼女にジャンヌも呆れ顔。
代わりにドアを開け、
「ナタリーさん、メッセンジャーです。コレットさんもいます。失礼します」
先陣を切って室内へ入る。
ほんの短い廊下を抜けてリビングへ。
壁から家具、インテリアまで全てがモノトーン調で設えられている。
2Kで奥に寝室があるのだろう。窓がない室内は白熱電球だけでは薄暗い。
そのせいか全体的に輪郭がぼんやりして、古い映画か覚束ない夢のよう。
その中央、
「お邪魔します」
「いらっしゃい」
一人用のソファにナタリーは座っている。
「申し訳ないけど、お茶とかは出ないわ。切らしてるの」
「お構いなく。本日はお招きありがとうございます」
ジャンヌとコレットは向かいの二人掛けソファに腰を下ろす。
「む」
見た目に反してあまり座り心地はよくない。意外に皮がゴワゴワしている。
まぁそれはどうでもいい。
ジャンヌはコレットに包まれた左手を揺らす。
本題に入るよう促しているのだ。
一瞬彼女の手が強張るも、
これは自身で話すのが一番なのだ。
コレットは意を決してナタリーを見据える。
「ねぇ、単刀直入に聞きたいんだけど」
「なに」
「最近冷たいのは、私にカレシができたから?」
するとナタリーは一瞬だけ目を見開き、
「……どうしてそう思うの」
首を右へ90度。視線を逸らした。
「それは、ずっと二人で一緒だったのに、私が裏切ったみたいに、思った……?」
「思わないわよ」
「じゃあどうして?」
「それを考えてきたんじゃなかったの?」
「えっと」
しかし大勝負もあえなく散ったコレット。
しどろもどろの彼女に、ナタリーは大きくため息をつくと
「じゃあ教えてあげる。『きっかけはあなたに恋人ができたから』、これは間違ってない」
「えっ」
「でも『裏切られた』とか嫉妬とかじゃない」
そもそもの声が低いし、態度もすんとしているが。
嘘ではないだろう。
敵意や悪意めいたものは感じないし、優しく言い含める色すらある。
だからこそコレットは混乱する。
「え、え、えっ」
「分からない?」
「……ごめんなさい」
顔を右へ向けたまま横目で見られて、彼女は肩をすくめた。
ナタリーは先ほどより小さいが、またため息をつき、
「あなたにはもう、大切な、大切にしてくれる人がいるでしょう?」
真っ直ぐコレットへ向きなおる。
「だからもう、私はいらないの」
「ええっ!?」
「うぐっ」
今までで一番大きい「え」とともに彼女はソファから立ち上がる。
そのまま手を胸の高さまで持っていったので、ジャンヌも引っ張られて呻いた。
「そんなことない! そんなことないよ! ナタリーは大切な友だちで! ずっと一緒にいた掛け替えのない人で!」
イメージには似合わないヒステリックな声。
ナタリーの端正で涼しい眉が少し歪む。
「……訂正するわ。もういてはいけないの」
「どうして!?」
その表情は悲しげで……
決してイジワルやヘソ曲がりで言っているのではないと分かる。
ただ、
「どうしてって」
ナタリーはチラリとジャンヌを見る。
「理由は、言えない」
「どうして!?」
ただそれだけが分からない。
「分かって、コレット。私のコレット。これは必要なことなの。あなたのためには、しなければならない運命なのよ」
「嫌だよ! 絶対嫌! だったらせめて、分かるように言って!」
「いい子だから、ね?」
荒れるコレット。
一転、纏う空気感が困った母親かのように変わるナタリー。
「この先、あなたのそばに私がいたら邪魔になってしまう!」
「そんなことない! どうしてそうなるの!? 嫉妬じゃないんでしょ!? だったら今までどおり、大切な友だちでいてよ!!」
平行線の言い争い。
そこに
「あのー」
「なに!」
「肩が脱臼しそうなので、勘弁してもらえませんか」
ジャンヌが割り込んだ。
「あっ、ごめんなさい」
「いえいえ。それとですね」
彼女はコレットを座らせると、ナタリーは落ち着くよう右手で制する。
ビクッと反応されたが、ジャンヌは右手をパタパタ振る。
「あ、ご心配なく。ご覧のとおり、こっちは手袋をしてますから。あなたの心理までは読みません」
「そ、そう」
「それよりですね。割り込みついでと言ったらなんですが。このままだと私、ただ付き添いで来て脱臼しそうになっただけで終わってしまう。いやまぁ、元からそんな介入する気があったわけではないんですが」
冗長な語り口だが、ヒートアップした両者を冷やす時間稼ぎでもあるのだろう。
人によっては『この忙しいときに!』と怒るだろうが。
だが、今回はうまくいったらしい。
気弱なコレットが、振り回したことを気に病んでいるからだろう。
両者が素直に引いて間ができる。
「客観的な第三者として、少し私の意見を申し上げても?」
そこにジャンヌが切り込む。




