6.衝撃の事実
「私の記憶、ですか?」
「はい」
コレットの顔は『どうして?』といった感じ。
ジャンヌは紅茶で喉を湿らせると、言い含めるようゆっくり切り出す。
「先日申し上げましたとおり、私はナタリーさんの心を読めませんでした」
「そうですね。でもお気になさらないで?」
「気にするかは私個人の問題として。重要なのは今回の案件をどうするかです」
コレットはお茶請けのクッキーを摘んだまま動きを止めている。
「まず一つ、ナタリーさんの発言からして。あなたに思うところがあるのは確実です。自分で気付くのではなく人を呼んだことが気に入らないようでしたし」
「それは、そう、ですね」
「ですがあなたには心当たりはない。実際あなたが彼女と向き合ったとき、私はあなたの手に触れていましたが。あなたの脳裏に特別具体的なものが浮かんではこなかった」
ジャンヌは紅茶に角砂糖を一つ落とし、スプーンでかき混ぜる。
いるか聞かれたときは『お構いなく』と言ったくせに。
「つまり、あなたは不都合なことを隠しているのではない。本当に思い当たらない」
「そうお手紙に書いたはずですけど」
何を今更ながら話である。コレットも少しムッとする。
その顔をジャンヌは手で制した。
「いえ、失礼。読んでいなかったわけではありません。前提の確認です。それですね。今回は私の能力が足りないばかりに、ナタリーさんの心が読めなかった」
彼女は手袋を外した手でクッキーを一つ取る。
口には運ばない。
「であればやはり、すれ違いの原因はあなたから探るしかない」
「でも私」
「記憶喪失ではないのでしょう? おそらく覚えていないのではなく、ただ自覚がない。人の諍いなんて大抵はナチュラルな価値観の相違ですから、そう見ていい」
「はぁ」
ジャンヌはまだ触れないながら、ずいっと右手をコレットへ差し出す。
「なので、今回は私があなたの記憶を読み、候補をリストアップします」
「怒らせたきっかけの?」
「そう」
「嫌なリスト……」
思わず眉を顰めるコレット。
しかしそれが一番の近道なのだろう。
彼女はホッと小さく息をつくと、
「分かりました。よろしくお願いします」
ジャンヌの方へ手を伸ばした。
「それで分かったことは?」
翌朝の『ケンジントン人材派遣事務所』。
タシュはナイフとフォークでベーコンエッグを切る。
「まず傍目から見ても、普通であれば怒らせるようなことはありませんでした」
ジャンヌは手紙を書きながら答える。
署名のあとに加えられる犬のイラストは、まったく上達する気配がない。
「しかし君はナチュラルに畜生な部分があるからな。それがどこまで信用できるか」
応接用ソファで紅茶を嗜むアーサーへ、彼女は万年筆をダーツのように構える。
しかしすぐに構えを解くと、インクが乾いているか確認に入る。
「ただ、一つだけ、もしや、ということが」
「へぇ、気になるね」
ジャンヌは記憶を整理するよう丁寧に便箋をたたみ、
「まず二人の関係なのですが。細かくは言いませんが彼女、家庭環境に問題がありまして」
「プライバシーだね」
「それで6年まえ、故郷を飛び出しキングジョージへ上がってきたようです。その途中の汽車で出会い、旅の道連れになったのがナタリーさんでした」
「長い付き合いなんだな」
「僕とジャンヌより長い」
「我々に関してはもうすぐ終わりますからね」
「なんだって」
いつもの無駄に辛辣な発言に、少しも驚いていなさそうなタシュはさておき。
ジャンヌは話を続ける。
「お互い身寄りもなく上京する孤独な身だったようで。二人は意気投合し、キングジョージに着いてからも頻繁に会っていたようです」
「心の支えだねぇ」
「支えどころか。カントさんは引っ込み思案ですからね。ご近所さんができても職場が決まっても、交友関係は広がらなかったようで」
「人間関係の全てに近しいな。それは口を利いてくれなくなって焦る気持ちも分かる」
「伯爵は友だちいるのー? 社交界って口だけ友だち多そうだけど」
「君よりは多いさ」
「それで毎週一回は必ず、多いと半分以上は会って一緒に過ごしていたようです」
彼女は無益な煽り合いを無視する。
ちなみに今蝋留めをしている封筒は、友人へと送られるのだ。
唯一かもしれない友人に。
「それがあんなに冷たくなるなんて。それだとジャンヌフィルターを通しても、相当失礼なことしないとね」
「貴様の口を蝋で固めるぞ」
タシュは口を両手で覆う。
「しかしメッセンジャーくん。君は先ほど『一つもしやということが』と言ったね」
「はい」
さっきは同じ内容の軽口を発したアーサーが、急に真面目ぶって話を進める。
しかしジャンヌ的にはどうでもいいようだ。
今ちゃんと話を聞いている彼の方を体ごと向く。
勝ち誇った顔を見せるアーサーに、タシュは手刀の素振りを繰り出す。
「それはですね。最近、
カントさんに男性ができましたようで」
「え」
「あ」
「……」
「……」
かと思えば急に沈黙する男たち。
どころか露骨に天井やら右斜め上やら、ジャンヌから視線を逸らしている。
「男ができたようです」
「2度言わなくていいんだよ」
「ああいう弱そうな女子が好きな男は一定数いますからね」
「うん」
「そうだな」
「分かる分かる」
「社交界でもよく見る」
「伯爵がまずそれでしょ」
「否めないな」
「はは」
「へへ」
「……」
「……」
「……つまり、嫉妬ってこと?」
これ以上カスみたいなはぐらかしをしても無駄と思ったのだろう。
タシュが核心に触れる。
「可能性があるとすれば」
するとジャンヌは、男たちのおそるおそるとは対照的にバッサリ。
タシュの動揺が増す。
「どどどっ、どうするんだい!?」
「どうするとは」
「そんなヤンデレ、『おめさん嫉妬してんだべ』なんて言ったら刺されるよ」
「刺されませんよ」
「ジャンヌが言ったら刺される!」
「は?」
どうやら彼は、ジャンヌの人間性と態度込みで心配しているようだ。
「そんなことを言われましてもね。やるしかないでしょう」
「嫌だよぅジャンヌぅ! さっき言ってた『僕らの関係が終わる』が死別だなんて!」
「死にませんが」
どさくさで抱き付こうとしてくるタシュを、彼女はロウソクでけん制する。
「じゃあ何で別れるってんだい!」
「話題がすっかり別物にすり替わったな」
アーサーが苦笑するなか、
「私はこの仕事、長く続ける気はありませんので」
ジャンヌはケロッと言ってのける。
「なんでさ! 天職じゃないか!」
「でも私の将来の夢は、結婚して温かい家庭を築くことなので。寿退職をですね」
「えっ」
「えっ」
「は?」




