4.『3度目の正直』までは行きたくない
ナタリーは通路のど真ん中に立ち、じっとこちらを見つめている。
また立ち去ろうとするのではないか
そう思うと腕でもつかみに行きたいジャンヌだが、逆効果だろう。
代わりに彼女からも、じっと射竦める。
コレットの体温が少し上がるのを手の甲で感じつつ、数秒睨み合っていると
ナタリーは二人の方へ近付いてきた。
前回さっさと逃げ出したとは思えないほど堂々と、
それでいて音もなく滑らかな足運び。
誰かの理想のような洒脱さ。
相手が来るのであれば、ジャンヌも自身の役割を果たすまで。
立ち上がってあいさつしようとしたが、コレットが重石になる。
そのまま座っているうちに、ナタリーは対面へ腰を下ろした。
「こんにちは。初めまして、でよろしいでしょうか?」
ジャンヌが改めて切り出すと、彼女は数秒黙って相手を見つめたが、
「初めまして」
短く応える。
「では確認なのですが、あなたがナタリーさん?」
「そうよ」
「私カントさんの付き添いの、ジャンヌ=ピエール・メッセンジャーと申します」
「ややこしいわね。男だか女だか」
「母が男性名など付けるのが悪い」」
大抵ジャンヌがこう返すと、相手は困った曖昧な表情を浮かべる。
彼女の表情筋が死んでいて、笑っていいのかガチギレか分からないからだ。
しかしナタリーはそこに頓着はしなかった。
というか、それより引っ掛かることがあるようだ。
「それにしてもね。あなた、私のことを気にしてわざわざこの人を呼んだんですって?」
彼女は頬杖をつき、ジロリとコレットを捉える。
切れ長の目元、重ねてイメージどおりのやや低い声。
少し冷たく感じられる。
「う、うん」
「引っ込み思案なのか、はたまた行動力があるのか。とにかく思いやられるわね」
頬杖で押すようにして首を左右へ振るナタリー。
ジャンヌの手を握るコレットの力が少し強くなる。
「だ、だって、理由を聞いても教えてくれないんだもん!」
「『だから親友とのあいだのことに他人を挟みます』って? いや、それはいいわよ。世のなか、夫婦喧嘩だって第三者に仲裁してもらうことはあるし。ただ」
感じられる、ではなく不機嫌で普通に冷たいようだ。
その目が今度はジャンヌに向く。
「それを『心が読める探偵にやってもらおう』って。どうなの?」
「うっ」
反論できないコレット。
同時にその発言にはジャンヌへの、
『依頼を受けるんじゃねぇよ』
という非難も込められているように取れる。
が、『ズケズケした仕事』というのは言われずとも分かっている。
これで飯を食っている彼女は華麗に無視して、エスプレッソ・マキアートを飲み干し
「紅茶とジャムのセットを。リンゴとアプリコットで」
店員にお代わりを注文する。
別に心理戦を仕掛けているわけではあるまいが。
逆に割り込むにはじゅうぶんな図太さを見せつけたところで、
「あなたの発言を鑑みるに、私のことはもうご存知のようで」
彼女からもナタリーを見据える。
「えぇ。話は聞いてる」
「では、私がどのように読心を行なうかも?」
「あまり信じてないけど、一応は」
「そうですか」
ジャンヌは一呼吸置くと、少しだけ身を乗り出す。
「それで、読ませていただけるのでしょうか?」
「無理矢理読む、とは言わないのね」
「多角的な意味で、仕事ですから」
仕事、依頼の達成は最重要項目だが、あくまで仕事。
嫌がる相手に素手でつかみ掛かる、なんてのは問題行為。
訴えられたらたまったものではない。
なんならヒステリーを起こして引っ掻いてくる手合いがいるかもしれない。
所詮仕事でそこまでリスクを背負いたくはない。
逆に、仕事なのだから彼女にはプロフェッショナルが求められる。
依頼は
『親友の心を読んで、すれ違いの原因を突き止めてほしい』
だが。
それは手段であり道の途中。
真の目的は
『親友と仲直りしたい』
『また以前のように会話したい』
に他ならない。
であれば、
『ここで強行して修復不可能になるほど拗れさせない』
という判断も求められるのだ。
そういった冷静さやドライさが
やはりイメージどおり、ナタリーには馴染むのかもしれない。
あれだけ、やや敵意とも取れる態度を示していた彼女は、
「まぁ、それはいいわよ」
意外にもすんなり右手を差し出してくる。
ジャンヌからすればやりやすいことこのうえないが。
彼女は早速と飛び付くまえに、一度コレットと目を合わせる。
今は協力的な態度だが、読心について一度は不興を買ったわけである。
おそらく先日のUターンもこれが原因だろう。
やるぞ。いいのか
今ならまだキャンセルできるぞ
その最終確認である。
もちろん当事者だけで解決できるに越したことはないし、
ときには口では『いいよ』と言って相手を試すタイプもいる。
しかしコレットは、
大きく頷き、あとは黙ってナタリーを見つめる。
『任せる』ということだろう。
勇気が出ないか、依頼料がもったいないからか、
あるいは、
ナタリーはナタリーで、表情を変えずに手を差し出している。
親友が『いくら聞いても答えてくれない』というほどのシークレット。
それを読心能力者相手にこの態度は矛盾と言ってもいい
ように思えて
実際は
『自分で口にするのは勇気がいる』
『なので他人がワンクッション入れてくれるなら』
『自分のいないところで伝えておいてくれるなら』
という考えの人もおり、意外とイレギュラーな反応ではない。
まさしく『伝言を届ける人』の仕事である。
もっとも、先ほどコレットに厳しい言葉を投げ掛けた彼女がそういうタイプかは……。
だが、コレットが頼み、ナタリーが受けるからには。
それ以上の判断はジャンヌのするところではない。
「では失礼します」




