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3.では手始めに伯爵へインタビュー

 旅の準備をしたり先約の依頼を終わらせたり。

 伯爵の来訪から一週間ほど経ったのち。


 タクシー(馬車)を捕まえ港へ向かい、丸1日と数時間の船旅。

 目的地に降りたジャンヌを待っていたのは、


「やぁメッセンジャーくん。こっちだ」

「これはこれは伯爵。(おん)自らお出迎えとは、痛み入ります」


 依頼人のアーサーその人であった。


「そう硬くしなくていい。君は今回、僕の秘書として潜入するんだから」

「どのみちフランクではいけないでしょう」

「まぁまぁまぁ。ここからオーディシャスは明日の朝まで掛かる。で、昼にはもうパーティーだ。息を合わせておくべきだろう」

「左様ですか」

「さぁ乗って」

「車に屋根がある」

「最新モデルさ」


 二人が後部座席に乗り込むと、早速運転手がエンジンを起こす。


「ああああ、この揺れがどうにも慣れない」

「慣れれば馬車よりマシだと思えるよ」


 しかしジャンヌは揺れの大小より、むしろ馬車と勝手が違うことに不安な様子。

 それを紛らわせるべく、少し早口になる。


「それはそうと。デモンストレーションでもいかがでしょうか」

「なに?」

「当事務所の生業(なりわい)は、なにぶん眉唾なもので。お客さまの多くは証明を求められます」

「あぁ」


 対してアーサーは軽く微笑む。


「評判は聞いている。私には必要ない」

「ですか」

「だが」


 彼は続けてニヤリと笑う。


「オリエンテーションにはちょうどいいかもしれないね」

「であれば伯爵」


 相手も乗り気になったところで。


 ジャンヌは右手を少し上げ、手首のホックを外し、


「お手を拝借」


 素肌になって握手を求めるように差し出す。


「これは?」

「私の読心能力なのですがね」


 彼女は一度手を引き、自身の手のひらへ視線を落とす。


「対象に手で直接触れないと、読むことができないのです」

「なるほど」


 アーサーは納得したように手を差し出す。


「便利なのか不便なのか、分からない能力だな」

「無作為に読めても頭がイカれますからね。これぐらいがちょうどいい」

「なるほど。手袋はエチケットであり、身を守る盾でもあるわけだ」

「冷え性とでも思われましたか?」


 彼女は伯爵の手をそっと握り込む。


「さぁ、今僕が考えていることを当ててごらん」

「そうですね」


 ジャンヌは目を閉じる。

 アーサー側からは特別、電流が走るとか回路が繋がる感覚とかはないが。


 数秒経って、彼女の口からこぼれ出たのは、


「……港で私を待っているあいだに」

「ん?」

「出航を見送る若い女性のスカートが海風でめくれ、思わず口笛を」

「待て待て、待ちたまえ」

「違いましたか?」

「違わないけど。違わないけど用意したのとは違うものを読まないでくれ」

「『手が冷たい。結局冷え性なんじゃないか』と思われましたね」

「分かってるんじゃないか」

「あとは昨夜泊まった街で、家人の目がないのをいいことにストリップショーへ」

「やめろやめろ! 君は結構意地が悪いな!」


 アーサーは手を抜き取ると、窓で頬杖をつき視線を外へ。


「人の心ばかり読んでいますとね」

「それにしたって、自分からデモンストレーションを進めておいて、ひどい女だ」

「ご無礼を。しかし信じてもらうには突拍子もないことを読む方が効果的なのですよ。コールドリーディングと疑う方も多いですから」

「ふぅん」


 居心地悪そうに人差し指で膝を叩く伯爵だったが、


「まぁいい、君の実力はハッキリした。ここまでやってくれたんだ、期待しているよ」

「それはもうお任せください」

「やれやれ……」



「……胸のサイズより腰付きを重視するタイプ、と」

「おい!」






 結局道中は息を合わせる気があるのか不明なやり取りに終始した。

 1日と少しなど、移動と聞けば長いようで、絶対値的にはそうでもない。


「さぁ見えてきた。あれが私の屋敷だ」

「ゴルフ場に住んでらっしゃる?」

「屋敷にゴルフ場が付いているんだ。どうしてそうなる」


 一行は目的地へと到着した。


「まえにも言ったが、昼にはパーティーが始まる。よろしく頼むよ」

「以前にもお答えしましたが、お任せください」


 誰より自身の能力の確かさを知っているジャンヌ。

 特に緊張した様子もなく堂々としているが、


「花嫁選びのこともそうだがね。君は今回、私の付き人として潜入するんだ。マナーに粗相があっては、ウチの家名に傷が付く。そういう意味でもがんばってくれたまえ」

「……ふふふふ、いったい私が依頼でいくつの社交場に呼ばれたと思っているのですか」


 明らかに背筋が伸びてプルプルしはじめた。






 二人が会場へ顔を出すと、すでにそれなりの人が集まっている。

 立食形式でガヤガヤ楽しげにご歓談中のご様子。


「ほら、あそこにいるのが私の父だ」

「ローストビーフにされてますよ」

「隣! そっちはただのローストビーフだ」


 しかし仕事の対象以外、ジャンヌは一切興味なし。

 人よりテーブルの上ばかり見つめている。


 すると、


「アーサー」


 ローストビーフではない方が近付いてくる。


「父上」

「まったく。一ヶ月まえから今日のことは話しておいたというのに。当日の朝まで遊びまわりおって」

「遊び納めになるかもしれませんのでね」

「先方に失礼とは思わんのか。気位の高いご令嬢ばかりというのに。しかも」


 父上、例えるなら生え際が頭頂部を通り過ぎた大バッハのような。

 彼はジャンヌを横目でジロリと一瞥する。


「新しい秘書と聞いていたが、こんな若い娘を」

「嫌だなぁ。これに関しては実務のみで選びましたとも」

「ふん」


 言いたいことだけ言うと父上は歓談の渦へ戻っていく。


 その背中を見送りつつ、ジャンヌはぷすーっと鼻で笑う。


「意外と、女性周りの評判がよろしくないようで」


 対してアーサーはフンと鼻を鳴らす。


「ロマンスが多いだけで、ちゃんと別れてから次に行っているのだけれどね」

「“(A gni)石苔(llor enots)を生(srehtag)ぜず(on ssom)”ということですね。まぁ私にはどうでもいいことですが」


 彼女は相手の耳打ちする。


「それより、お父上にまで私の素性をお隠しなのですね」

「『心根が信用できないからエージェントを呼んだ』。こんなの知れたら、それこそ失礼極まりないだろう? どこから漏れるともかぎらない」

「さいで」

「フランクでいいと言ったのは私だが、目に見えてリスペクトを失っているね?」


 遊び人=軽薄=タシュ。

 相手への判断基準が固まり、大概な態度になるジャンヌだが。

 アーサーはあまり気にしていないようだ。


 そんなことより重要な、


「まぁそういうわけだ。しっかり務めてくれよ。ほら、



 君のお相手のお出ましだ」

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