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3.リヴェンジ

「まったく、逃げるなら最初から約束しなければいいものを」


 その晩、ジャンヌはレストランにいた。

 超一流でもないが、労働階級からしたらちょっと奮発するようなライン。


 アーサーがご馳走してくれることになったのである。


 本来なら『超一流の共和国料理を』とのことだったが、


『それじゃ僕がついていけない!』


 とタシュがゴネたので東洋料理の店になった。

 アーサーが『奢ってやろうか?』というのは歯を食いしばって拒否していた。


「でもさ、顔見せまでは行ったんだろ? で、そこで逃げた」


 そんな彼も今は、北京ダック的なものを堪能している。

 いつものヨレヨレのスーツも、今ばかりは多少マシなのものを着ている。


「ジャンヌが原因なんじゃないのぉ〜? 顔怖いとかさ」

「母が男性名(ピエール)など付けるのが悪い」

「それ関係あるかなぁ?」


 確かにロブスター・ヌードルを頬張る彼女の人相は、善人な方ではない。

 今のはタシュが煽ったせいだろうが。


「そうでないとすれば。顔まで見せて置き去りなんて悪質行為をされるんだ。カント女史は何をやらかしたんだという話になるな」


 アーサーはというと、スズキの清蒸(チンジョン)で白ワインを()っている。

 もちろん一人一メニューではなく分け合って食べている。


「まさか性格の湿度が高いくらいで、そこまではならないでしょうけど」


 ジャンヌはフォークで器用にロブスターの身をほじくり出す。

 雑に手で行って、さっきまで生簀にいた残留思念を読みたくないらしい。

 かといって手袋を汚すのも気分がよくない。


「で、次はどうするんだい? 逃げられない対策は?」

「それ以前にまず、いつ呼ばれるかです。曰く『ナタリーと連絡が取れ次第』とのことですが」

「その逃げっぷりでは、いつになるか分からんな」

「別の案件も並行して入れとくか」

「その方がよろしいかと」


 ジャンヌはヌードルをたっぷり頬張ると、ビールの小瓶ラッパ飲みで流し込んだ。






 次にお声が掛かったのは、4日後のことだった。


「いらっしゃいませー」


 昼まえの店内。

 響く店員の声、ドアベルの音、首筋を撫でる秋の外気、入店する客。


 ジャンヌは前回コレットと待ち合わせたカフェにいた。

 前回と同じ席、前回と違いエスプレッソ。


 その正面には、


「本日こちらに直接いらっしゃるんですよね?」

「えぇ、予定では」


 前回と同じくコレットがいる。

 彼女はやや青い顔、両手でココアの入ったマグカップを包んでいる。

 前回のナタリーによるブッチで、輪を掛けて不安なのだろう。


 と、そこに


「いらっしゃいませー」


 また店のドアが開く。

 音と空気の動きに、コレットが警戒中の小動物のように背を伸ばす。


 ドアの位置関係はジャンヌの背後。

 彼女も振り返ってみるが、


 入ってきたのは品のいい老夫婦。いかにも紳士淑女。


「前回も逃げたほどですし、この分だとまだ待ちますかね」

「どうでしょう、やや時間にアバウトな子とは思います」


 ジャンヌはさっきの夫婦が呼び込んだ外気で少し冷えた。

 しかしエスプレッソは(から)。お代わりを頼むことに。

 どうせ何杯飲んでも経費だし。


 彼女は店員を呼ぶべく手を挙げる。

 なんとなくドアの向こうから視線が来る気がした。

 オークの分厚いドアで遮られているため届くはずはないが、


 実はそこにはタシュとアーサーがいるのだ。






 今回のリヴェンジに当たって、二度目の逃走対策が必要となったのだが。

 アーサーが


『私がカフェの入り口で待ち伏せておこうじゃないか。尾行するぞ?』


 と言い出したのだ。

 ジャンヌも


『いい加減忙しくしたらいかがですか? 伯爵』


 と突き放したが、タシュが


『だったら今回は僕が行こうじゃないか!!』


 と参入したので止めどころを失ったのだ。






 そのため今は、あの二人が張り込みをしている。

 まぁ助けにならんこともないし、自分が苦労するわけじゃないのでやらせておく。


「エスプレッソ・マキアートを……」


 それはそれとして、経費の浪費を見せつけていると、


「いらっしゃいませー」


 またまた背後で冷たい風が、カランカランを載せてくる。

 注文途中で勢いよく振り返ったジャンヌに店員が怪訝な顔をする。


 しかし入ってきたのは、ヴァイキングの末裔みたいな大柄の男性。

 視線をコレットに戻すと、彼女は首を左右へ。


「エスプレッソ・マキアートを一つ。以上で」

「かしこまりました」


 ふう、とジャンヌがため息をつくと、


「あの」

「なんでしょう」

「隣に来ませんか?」


 コレットがソファの座る位置を少し窓際に寄る。


「いちいち振り返るのも大変そうですし」

「よろしいんですか?」

「えぇ」

「ではお言葉に甘えまして」


 ジャンヌ自身、位置取りを間違えたと思っていたところ。

 かといって席を入れ替わっては、コレットが振り返らないと友人を確認できない。


 依頼人とエージェント、異例の配置ではあるが正直ありがたい。


「失礼します」


 彼女はコレットの左に腰を下ろす。

 しかし神経質そうなので通路側ギリギリに座ったが、


「もうちょっとこちらにいらしたらいかがでしょうか」

「よろしいのですか?」


 意外にも受け入れ態勢、どころか彼女の方が少し寄ってきた。


「その、もうお分かりだと思いますけど、私緊張してて。むしろ人とくっ付いていた方が安心というか」


 前回も『手を繋ぎたい』とか言っていたか。

 相変わらず不思議な価値観だが、彼女に断る理由もない。


「そういうことでしたら」

「ありがとうございます」

「それにしても、最近寒くなったからか客が多いですね」

「えぇ。でも夏は夏で、冷たいものを飲みに来るお客さんも多いんじゃないでしょうか」

「確かに。あぁ、冷たいものといえば、最近は人口氷なんてのがあるそうですよ」


 身を寄せつつ、気を紛らわせる話題も振っておく。

 それからまた、さりげなく素手で手を繋いでおく。






 20分ほど経っただろうか。


「『ハウディー(Y d w o h)』紙の連載小説なんですがね。アレがまたおもしろいんですよ。まず主人公が友人の絵のモデルになるんですがね。若さと美に執着する主人公はある日、絵の自分に向かって『おまえの方が歳を取ればいいのに』と……」

「読んでます! 主人公が悪いことするたびに、絵が本当に歳とっちゃうんですよね!」


 意外にも雑談が盛り上がっていると、


「あ」


 ジャンヌの手を握るコレットの手が少し強張る。

 視線の先を辿ると、



 黒髪で長身の女、ナタリーが立っていた。

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