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2.コレットは死にそうでした

 すでに入っている依頼をこなしているうちに。

 手紙が来てから2週間が経っていた。


 毎度毎度顧客をお待たせするのは心苦しいが仕方ない。

 日々ここでしか、ジャンヌにしか解決できない案件が舞い込むのだから。



 その彼女は今、キングジョージ市内のカフェにいる。


 店に入ってすぐ、道路に面した窓側のボックス席。

 目の前にあるのはホットミルクティー。


 気付けば夏は過ぎてしまい、タシュ待望のやや肌寒い秋が訪れている。


 と、そのことをリマインドさせるように、



 カランカランと軽やかなドアベルの音とともに

 やや冷たい秋風が舞い込んでくる。



 それを薄手のステンカラーコートに孕ませ、入店したのは若い女性。

 体を抱いて歩く姿は、寒いからというより神経質そう。

 なぜなら長いブルネットの下の表情が、緊張か思い詰めたようになっているから。


 彼女は店内をキョロキョロしながら歩き、ジャンヌのテーブルまで来ると

 その縁に右手だけ置かれた手袋を見て、彼女の顔を見る。


「あの、『メッセンジャー』さん、ですか?」

「はい。『ケンジントン人材派遣事務所』から参りました、『メッセンジャー』を務めるジャンヌ=ピエール・メッセンジャーと申します」


 ジャンヌはゆっくり立ち上がり、お辞儀をする。


「ええと、ジャン……ピエール……何さん?」

「メッセンジャーです」

「え、でも『メッセンジャー』って」

「ややこしいですよね。雇い主が愚かなもので」


 お決まりの展開を打ち切るべく、彼女は立ったまま紅茶を飲み干した。






「怒らせてしまったのは確実だと思うんです。表情がすごく、暗くて、厳しくて」


 落ち葉掃く季節の秋風、がそのまま口から出ているような

 憂鬱そうな声の彼女。


「『確実だと()()』というのは」

「えぇ、理由を聞いてもやっぱり話してくれないのです」



 今回の依頼人、コレット・カントという。



 神経質そうに髪の毛の先を指に巻いている。

 しかしそれもまた、秋風に撫でられてふわっと舞う。



 二人は今カフェではなく、キングジョージの目抜き通りを歩いている。

『ウォースパイト通り』とはまた別の。


 先ほどのカフェは、あくまでジャンヌと彼女の待ち合わせ場所。

 くだんの友人と会うのはまた別の場所なのである。


 ただ、コレットが1対1で向き合うのを不安に思い、

 まずは先にジャンヌと落ち合うことにしたのだ。


「以前は優しくて、気さくで、おしゃべりで。だから『元からそういう雰囲気』とか『会話がなくても気まずくならないだけ』とか。そういうのでもないんです」

「何か怒らせる心当たりは?」

「ええと、ええと、分かりません」

「そうですか」


 ジャンヌは一度立ち止まってメモを取る。

 万年筆のペン先とは逆の方で下唇の付け根を押さえながら、首を傾げる。


「しかし、会いには来てくれるんですよね? 頻度が下がったとはいえ」

「はい」

「ふーむ」


 彼女の声は依頼人より悩ましげである。


「口を効かない、というのは一切?」

「でもないですけど、ほぼ」

「むむむ」


 正中線にあったペンが、下唇に沿って右往左往。


「会話する気はないのに会いには来る。話したくもないほどの相手なら、普通は顔も見たくない。であれば、実際怒ってはいない? いやしかし、それなら厳しい表情のまま無言でいるものか?」


 思考を巡らすジャンヌだが、


「おっと失礼」

「いえいえ」


 中年の紳士とすれ違いざまに肩がぶつかった。

 立ち止まっていてもこうなるほどの雑踏である。


 今ので集中が切れると、途端にザワザワした人の声も耳に入る。

 もう思考に戻ることはできなさそうだ。


「ふーぅ」


 彼女はメモ帳を内胸ポケットにしまう。


「まぁ考えても無駄か。読めば分かる」


 ジャンヌの少し張った空気が霧散すると、


「あの」

「はい」


 コレットがモジモジと話し掛けてくる。



「手、握ってもよろしいですか?」



 えぇ……


 と、ジャンヌは正直喉まで出かかった。


「緊張して緊張して。なんだか手先が冷たく痺れてきて」

「はいはい。分かります」


 先ほどから神経質そうではあるし、


 やや丸くてまつ毛の長い目。小さいが厚みはある愛らしいリップ。

 総じて童顔でありお人形のような顔立ち。


 手紙には26歳と書いてあったのに、あまりそうは見えないと思っていたが。



 これはなかなか困ったちゃんかもしれない



 などと、ケンカ(疑惑)の理由を邪推するジャンヌであった。



 しかし、


「分かりました。では失礼しまして」



 ジャンヌは()()()()()()()()、彼女の左手を包み込む。



 これはこれで、彼女には好都合だったりするのだ。


 今までケンカの仲裁やら浮気調査やら、『すれ違い案件』はやったことがある。

 心理を読める『メッセンジャー』は双方の本音や欲求を引き出せるからだ。


 つまり()()()()()の仕事なのだが、

 一つ問題がある。



 依頼人が都合の悪いことを隠そうとすることである。



 別にジャンヌは警察官でも裁判官でもない。

 彼女がどちらか一方の善悪や過失を判じたり、裁定を下すことはない。



 それでも人の心理として、または純粋なバイアスとポジショントークで。

 最初に依頼人がくれる情報は、どうしても正確性に欠ける。


『教えられていない裏がある』程度ならまだいい。

 見た心理をただ並べ、あとは本人たちに任せるだけである。


 だが、なかには事実をねじ曲げ、嘘をつく依頼人もいる。

 相手を悪くするため、ありもしないことを盛り込んだりするのだ。


 こうなると、俄然メンドくさくなる。

 浮気調査なんかでは、やっていないことの裏取りに数日浪費したこともある。



 だからジャンヌとしては、こういう案件のときは双方の心理を読んでおきたいのだ。

 しかしこれが『アンタも私が悪いっていうのか!』と逆ギレする人もいて難しい。


 よって自ら手を差し出すコレットを断る理由はない。



 結果、恋人か仲のよい女学生みたいに()()()繋いで雑踏を進んでいると、


「待ち合わせの公園は」

「もうすぐです……あっ」

「どうしました?」


 急に立ち止まるコレット。

 引っ張られて止まるジャンヌが、彼女の視線の先を追うと、



 そこにはスラッとした立ち姿でこちらを見つめる

 うなじほどの黒髪、切れ長の目元、黒いピーコートの女性。


「ナタリー」


 コレットが小さく声を漏らす。


「彼女が?」

「はい」


 ジャンヌが問うと、彼女は小さく頷く。

 どうやら待ち合わせ場所に向かう途中で鉢合わせたらしい。

 よくあることではある。


 であれば話は早い。

 夏がまだ涼しい分、王国の秋はぐっと寒い。

 公園で待ち合わせても、屋外で話し込むことはない。


 だからここで合流し、通りにいるうちに店でも見繕えばいい。


 ジャンヌがそう思った矢先だった。



「……」



 ナタリーは急に向きを変え、こちらに背を向け歩いていってしまう。


「えっ? ちょっ、ちょっと!」


 ジャンヌも反射的に追い掛ける。

 繋がれている手が離れ、コレットの何か細い声がしたが今は無視。


 すでに雑踏に埋もれて見えない相手を、方向だけを頼りに追うが、



「……なんなんだ」



 それは空振りに終わった。

 これ以上追っては、今度はコレットと逸れてしまう。


 ジャンヌは腰に手を当て、鼻からため息をつくしかなかった。



 ちなみにその後公園へ向かうも、ナタリーは影も形もなかった。

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