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1.嫌だなー怖いなー

 昼下がりの『ケンジントン人材派遣事務所』。


「せめて風でも吹かないかなぁ」


 椅子に沈み、開け放たれた窓を恨みがましく見つめるのはタシュ。


「これじゃあ風鈴も鳴らない」

「『愚か(Yllof)』?」


 デスクで読書中のジャンヌが反応する。


「フーリィじゃなくて風鈴。東洋土産で、音で涼しくなるんだってさ」


 彼女がタシュの視線を追うと、金魚の描かれたガラス製品が吊られている。


「いいでしょ」

「物を増やす輩には、物を土産にする友人がいるのですね」

「なんだよ、素直じゃないなぁ。暑さで性格歪んだのかい?」

「私にはあなたの顔が歪んで見える」

「それは陽炎か熱中症だね」


 ただいま夏の山場な『ウォースパイト通り』は気温が高い。

 王国は緯度が高く残暑は引きずらないため、ここさえ過ぎればグッと涼しくなるのだが。


 しかし今は今。

 ジャンヌがたまらず手袋を外しているほどである。

 スーツのジャケットもネクタイ代わりのスカーフもオミット。

 タシュも普段は壁に掛けている温度計を引き出しに封印してしまった。


 そんな無風の狭い部屋、ヒートアイランド現象が拍車を掛ける灼熱地獄に


「というよりは、色眼鏡なんじゃないのか」


 ドアを開けて入ってきたのはアーサーである。

 彼は靴が入るくらいの大きさの木箱を抱えている。


「おおっ! 来た来た来た! 待ってたよぉ!」


 するとタシュは飛び上がる。

 普段の彼からは想像もできない歓迎ぶりである。


「この私にお使いをさせるとはね」

「来る()()()()なんだからいいだろ?」


 箱を受け取り応接用のテーブルに置き、蓋を開けると


「うは〜はっ! コイツはいいや!」


 中には大きな直方体の氷。


「ジャーンヌ! 早速アイスティーを淹れよう!」


 にわかに元気を取り戻したタシュに、


「暑苦しい……」


 ジャンヌは苦しげにシャツの第二ボタンを開けるのだった。






「くぅ〜! これこれ、これですよ!」


 タシュはアイスティーにご満悦。


「うるさいな。この程度でピャーピャー言っているようでは、内陸海の気候には耐えられませんよ」

「行く予定ないし、精神的に冷たいのは求めてないのさ」


 彼はデスクへ戻ると新聞を手に取る。

 話を引き継いだのは今日もソファを占領するアーサーである。


「メッセンジャーくんは内陸海周辺の出身なのかい?」

「いえ。ですが父の実家が」

「ジャンヌ=ピエールだものね。共和国の血筋だ」

「僕はもっと北の方の出身なんだ。だから暑さに弱くてもしょうがない」

「君のは聞いていないぞ」


 ちなみに前述のように王国は緯度が高いので、まだ世界的に暑くない方ではある。

 ここキングジョージ市などは、30度を超える気温は稀ですらある。


 が、今日がその稀な日であること。

 現代日本人には全然マシな数字でも、冷涼地に住む人々の耐性は違うこと。


 早い話、暑いものは暑いしタシュには関係ない。

 新聞を広げた彼は愚痴りはじめる。


「まったく、いつまで続くんだろうねぇ夏ってヤツは。新聞小説も新しい連載がホラーになったじゃないか」

「まえの推理モノは終わったんですか」

「前回の『被害者が持っている銘柄と違う吸い殻から現場に誰かいたと割り出し、傷口から唯一の左利きである男が犯人と割り出した』が不評すぎて終わったよ」

「うわぁ」

「手垢まみれだな」


 ドン引きのジャンヌとアーサーだが、タシュの注目はそこではないらしい。


「でもまた、この新連載がおもしろいんだよ! 夏といえばホラーだね!」

「精神的に冷たいのは求めていなかったのでは?」

「まぁ聞きなって。ストーリーはね、まず主人公が友人の絵のモデルになるんだ。で、若さと美に執着する主人公はある日、絵の自分に向かって『おまえの方が歳を取ればいいのに』と……」


 早口のタシュに、ジャンヌは不機嫌な馬のように首を振る。

 それから堂々無視して、彼のデスクにある書類の山の、一番上を取る。


 それはタシュの筆跡のメモ。


「『最近噂の“メッセンジャー”にインタビュー 果たして幽霊は存在するのか』……。なんだこれ」


 おそらくは電話で来た依頼を彼が書き留めたものだろう。

 問題は内容である。


「あーそれね。オカルト雑誌の記者から」


 一応仕事の話である。

 タシュも新聞小説の話はやめて説明に入る。


「受けたんですか?」

「保留。やりたいかい?」

「確かに読心もオカルトであることは認めますがね。なぜ私にゴーストのことを聞くのか。一緒にされちゃ困る」


 彼女はいつも逆八の字の眉をわずかに釣り上げる。


「メッセンジャーくんは幽霊を信じないクチか?」


 ソファでアイスティーをご相伴(しょうばん)しているアーサーが話題を広げる。


「半分はいると思いますよ? 私も場所や物の残留思念を読みますから。この世にそういう人間が私しかいないとも思っていません」

「なるほど、それに無自覚なまま『見て』しまった人が幽霊と()()()()()、と」

「じゃあ半分、もう半分は?」


 タシュが興味深そうに身を乗り出すと、ジャンヌは万年筆を逆手に持って振り上げる。


「何やら『ゴーストがこちらに襲い掛かってきた』『足をつかまれて痕が残った』みたいなのはね。幻覚やフィクションでしょう」

「ふーん。ジャンヌがホラー小説嫌いなのは分かった」

「ミステリよりは好きですよ?」

「意外だな。そちらの方が好きそうに思える」

「昔古本買って残留思念でネタバレされました」

「迂闊すぎる」


 そんな悲しい過去は置いておいて。


「ま、依頼を受けてもロクなインタビューにならないことは分かった」


 タシュは彼女からメモを受け取り、ゴミ箱に落とす。


「夏にはピッタリかとも思ったんだけどね。まぁ精神的な涼は求めてないわけだし」


 それから低い方の書類の山。

 おそらくは乗り気な依頼を選別したのだろう方から、封筒を一枚抜き出す。


「それなら心温まる依頼に行ってもらおうじゃないか」


 ジャンヌが手渡された中身を(あらた)めると、そこには便箋に



『最近親友が口をきいてくれなくなりました』

『以前はよく会っていたのに、その頻度も減っているのです』

『何か怒らせてしまったのかもしれません』


『どうか親友の心を読んでくださいませんか?』



 と綴られている。

 彼女が視線を上げると、タシュは組んだ指を口元に持ってきて笑う。



「ハートフルな結末を期待しているよ?」

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりクスッとでもしていただけたら、

☆評価、ブックマーク、『いいね』などを

よろしくお願いいたします。

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