4.楽しい(?)お散歩
打ち捨てられたサニー・バニーをよそに、サミュが繰り出した二の矢は
特にない。
犬を飼ったことがない彼女、他には「取ってこーい」くらいしか思い付かない。
もちろん室内でやるようなことではない。
かといってパワフルを屋外へ連れ出せるかと言ったら、もっとハードルが高い。
仕方なく絨毯の上でテニスボールをコロコロ転がしてみるが、
「クルルルル」
取らない追わない見もしない。
再チャレンジするも、いらない知らない興味ない。伏せたまんまのどこ吹く風よ。
犬の伏せには好意的解釈と、退屈を表す解釈があるらしい。
が、これは明らかに後者だろう。
ジャンヌは再度パワフルの鼻先へ向かってボールを転がすが、
「ハンッ」
噛まずに体の下へ隠蔽。
手段ごと失った。
「うまく行ってるかしら」
最初こそ『邪魔するまい』とバルコニーでお茶をしていたエンディ。
しかしまたジャンヌが噛まれでもしていたら大変である。
たまらずリビングを覗きにくると、
「『オーブンでやいたら おいしいスコーンのできあがり』」
彼女は絵本を朗読している。
しかしパワフルは尻を向けてペッタリ伏せている。
真面目に聞いているのは、椅子に座った片耳のウサギだけ。
「あの、なにを」
エンディが部屋に入るやいなや、パワフルは起き上がってジャンヌに
「ガーッ!」
「あぁ、ミアンシーさん。今は『マァムとキッドのにちようび』の読み聞かせを」
「それは人間の子どもにすることでは」
「ワァウ!」
「八方塞がっているので手当たり次第」
「そう……」
『理解できない』と曖昧に笑うエンディだが。
頬に人差し指をつけ、思考を巡らせはじめる。
それはすぐに少し企む表情へ変わり、彼女はポン! と手を打った。
「そうだわ! じゃあお散歩に行きましょう! この子は私が出かけるときは、なんでも付いてきたがるほどなのよ! 大好きなお散歩中なら、気を許すかもしれないわ!」
こうして二人と一匹でのお散歩が始まった。
「ガウワウアウオオン!」
「前を見て歩かないと危ないですよパワフル」
急ではないが、緩やかでもない坂道を下っていく。
「ファアーウ!」
道々パワフルはジャンヌに吠え人に吠え。とても打ち解ける雰囲気ではない。
そのたび頭を下げるエンディが気の毒に思えてくるが、それより大変だったのは
「あら、ミアンシーさん。まぁ! そちらの男性は、あ!? も、もしかして」
「ご機嫌ようヴェンジーさん。こちらのメッセンジャーさんは女性ですよ」
「初めまして。ヴェンジーさん」
「あらほんと! よく見たら顔も声も女性だわ! 男性みたいなスーツを着てらっしゃるからてっきり」
まず浮気相手と間違われ、
「ということはミアンシーさん、息子さんご結婚なされたのね? おめでとう!」
「いえ、そうではなくて、メッセンジャーさんは」
「メッセンジャーさん! 今度彼と一緒にお茶にいらして! あの子は小さいころから知っているの。だからあなたも家族同然よ!」
「あのヴェンジーさん、ヴェンジーさん。私は決してそのような」
「あの子もキレイな娘さんをもらえて、幸せ者だわ!」
「ヴェン……、あぁ、はは……、はぁ」
「メッセンジャーさん! しっかりなさって!」
「きっとかわいいお孫さんが生まれるわね、ね! ミアンシーさん! ね!」
「お、おほほ……、ほほぅ……」
「しっかりなさってくださいミアンシーさん」
こんなことが何度も続いた。
「息子さん大人気ですね……」
「年寄りが多いので、孫くらいの年齢の息子はアイドルなのです……」
グイグイ来るおばあさんたちは大変だったが。
パワフルが馴染みの顔には吠えないことを確認できたのでよしとする。しないとやってられない。
もちろんジャンヌには吠える。
「ウワフゥーッ!」
相変わらずパワフルの雄叫びは止まらない。
道行く人がいればそちらに、いなければジャンヌに。
騒音を撒き散らしているうちに一行は、街の噴水広場、美容院の前へ差し掛かった。
「あら」
「どうかしましたか?」
「近ごろ行けてないのよねぇ。出掛けようとすればこの子、必ず付いてきたがるし。でもペット同伴では入れないし」
「ではパワフルちゃんは私に任せて、行ってこられてはいかがですか? そのあいだに親睦を深めておきますよ」
「あら! そうしてくださる?」
エンディは素早くパワフルのリードをジャンヌに握らせる。
散歩を提案したのは、最初からこれが目的か
ジャンヌは口の端を引き伸ばした作り笑いで見送ると、
「アウアウアウアウ! アォーウ!」
意地でも同行しようとするパワフルを、引きずるようにしてベンチへ移動した。
「さて」
親睦を深めるとはいっても、いったいどうしたものか。
パワフルはといえばとっくに観念し、少し離れた位置でベターッと伏せている。
ちょうどベンチの端と端。一人と一匹の心の距離か。
いや、実際はもっと遠いだろう。
ジャンヌは軽くリードを引いてみたが、パワフルに反応はない。
さて、どうしたものか。
彼女が腕を組んでいるとそこに、
「わぁ! 犬だ! 犬!」
唐突に高い声がする。
目を向けると兄妹だろうか、小さい子ども二人がしゃがみ込み、パワフルに近寄っている。
兄は声を上げてはしゃいでいるが妹の方は無言。背中越しから眺めるに留めている。
「犬はいいわね。無愛想でも人を惹き付けるんだから。私はどうすれば犬を惹き付けられるのか」
ジャンヌがご機嫌斜めな馬のように首を振っているあいだに。
妹の方がおずおずとパワフルに手を伸ばす。
「その犬、噛みますよ」
少女はビクッと肩を跳ねさせると、素早く手を引っ込める。
噛むという事実よりも、急に声を掛けられたことに驚いたようだ。
「え〜、触れないの〜?」
兄の方が不満げに小さく揺れる。
しかしジャンヌがボクサーのバンデージみたいになった右手を見せると、
「うわぁおっかねぇ」
という言葉を残し、妹の手を引き去っていった。
「噛みませんでしたね。偉いぞ」
親睦ということで声を掛けてみるが。
相変わらずパワフルは鼻をピスピス鳴らすだけでなんのリアクションもない。
しかし、
そんな彼を見て、彼女はあることに気付いた。
「おまえ……」
パワフルは伏せって鼻をピスピス鳴らすばかりである。
「お待たせしましたぁ♪」
戻ってきたエンディは髪が軽くなり、少しふわっとしている。
「おかげさまで、このとおりですわ」
「ファウファウファウファウ!」
被せるようにパワフルが立ち上がり、ジャンヌに向かって吠えかかる。
「親睦は」
「ご覧のとおりの結果です」
「ははぁ」




