2.伯爵の依頼内容
着ているジャケットも上等。青が鮮やかで少しクラシカルな仕立て。
「いえ、見惚れているではありませんが」
ジャンヌは一度、事務所内を見回す。
「『掃き溜めに鶴』と思いまして」
「なんてこと言うんだい」
「彼を見て自分を見なさい。短いからとロクにセットしていない髪。中肉中背。詐欺師のような目付き。開拓地で拾ってきたみたいなスーツ。あなたのどこに彼と並べる要素があるんですか」
「君僕を罵倒したいだけだろ!」
なんなら環境だけでなく、人もここにはロクなのがいない。ジャンヌ含めて。
青年は部屋に入ってすぐのソファへ。
タシュはその向かいのソファへ。
ジャンヌは自身のデスクに座ったまま。
「私はオーディシャス伯、アーサー・ブルーノ・アーリントン・シルヴァー」
まず青年が名乗ると、
「伯爵!」
タシュは名乗り返すのも忘れ、鳩が豆鉄砲喰らった顔。
素早くジャンヌの方へ駆け寄り、耳打ちをする。
「ヤバいよヤバいよ、ジャンヌヤバいよ」
「ヤバいのはあなたの語彙力です」
「立派な身なりだとは思ったけどさ」
「キレイな容認発音ですしね。あなたのコックニーとは品が違う」
「またそういうこと言う。それより、そんな人物が付き人なしで、手紙や電話でもなくご来訪だって? 絶対ヤバい案件だよ!」
「断るのはあなたの仕事でしょう」
「大丈夫!? 僕埋められたりしない!?」
「早よ行け」
ジャンヌは飲んでいる紅茶のソーサーで、タシュの顔を押し除ける。
彼は渋々ソファへと戻っていく。客がいるのに。
どころか平気で待たせ、素性にもガタガタぬかす。
やはり王国の掃き溜めみたいな事務所である。
「ていうかジャンヌ。お茶飲んでるんだったらお客さまにお出ししてよ」
「こんな謙遜抜きの粗茶、出したら無礼討ちですよ」
「えぇ、怖いなぁ」
またいらない会話を始める2人。
放置すると待たされると思ったのだろう。
「ここには『メッセンジャー』なるエージェントがいると聞いてきたんだが」
伯爵が少々声を張って切り込む。
「はいはいはいはい!」
その話題は事務所一番の売りである。
素早く反応したタシュが、反復横跳びのようにジャンヌの隣へ戻る。
「こちらがその『メッセンジャー』です!」
「『メッセンジャー』を務めます、ジャンヌ=ピエール・メッセンジャーと申します」
今度はアーサーの眉が動く。
「ジャン=ピエール? 男性だったのか。中性的な顔とは思ったが」
「ジャンヌ=ピエールです。母が男性名など付けるのが悪い」
「で、『メッセンジャー』を務める……」
「メッセンジャーです」
「……うん」
「雇い主が愚かなもので」
「聞こえてるよ」
どうにも不真面目な要素が多い内容に、彼は軽く首を左右へ振る。
「まぁいい。それで、彼女が噂によると」
「はい!」
タシュがドンと胸を打つ。
「人の心や記憶を読み取るのです!」
かと思えば、軽やかな足取りで向かいのソファへ。
まるで三流のミュージカル。
「その能力を活かし、殺人事件から浮気調査まで! 他所とは比べものにならないクオリティの仕事を約束しますよ!」
テンションが上がっているのか、そういうセールスプランなのか。
当のジャンヌは仏頂面でじっとしたままだが。
「それで、本日はどのようなご依頼でございましょうか?」
「あぁ、今回はだね」
タシュの問いにアーサーも一度居住まいを正し、
それから軽く身を乗り出す。
「私の花嫁選びを手伝っていただきたいんだ」
「花嫁」
「選びですか」
内容が内容だけに、タシュとジャンヌもめずらしく感覚が一致する。
『読心』という売り文句ゆえ、特殊な案件が持ち込まれることも多い事務所だが。
『花嫁選び』
百歩譲って親戚や友人ならまだしも。
見ず知らずの相手に依頼することではない。
「もう少し詳しくお聞きしても?」
タシュが今までの勢いはどこへやら、おずおず向かいのソファへ座ると
「もちろん」
伯爵は背もたれに身を沈める。
「私は28になるのだがね」
「へー、そうは見えませんな。お若い」
「これは貴族の跡取りにしては、独身を謳歌しすぎと言える」
社交辞令を無視され、タシュも背筋を伸ばすのをやめる。
向こうも気にした様子はない。
話に集中している。
「それで父に身を固めるよう命令されてね。このたびパーティーを催し、花嫁候補と会うことになったんだ」
「なるほど……!」
「……聞いてる?」
「聞いてます聞いてます」
見ればタシュは紅茶を奪おうとジャンヌのデスクへ手を伸ばし、
彼女は東洋土産の守り刀(木製)でその手をバシバシ叩いている。
容赦ない打撃に退散したタシュは、手に息を吹き掛けつつ話に戻る。
「しかし、それでわざわざ私どもにご依頼ということは」
「よくご存知の相手であれば、下手に私を挟むよりご自身が」
ジャンヌが言葉を引き継ぐと、アーサーも頷く。
察しがよくて助かるというように。
「あぁ、貴族は恋愛結婚などできない。よく知らない娘とお見合いだよ」
「なるほど」
「しかも立候補だという」
アーサーはソファの背もたれで頬杖をつき、横を向きながらため息。
「自分で言うのはなんだが、オーディシャス伯爵家は金、貴金属、不動産……。財産とそれにまつわるコネクションだとか。とにかく『力』を持っている」
「よからぬ考えで擦り寄ってきたのではないか、と」
「で、それをジャンヌに見抜いてもらおう、と」
「そういうことだ」
彼はタシュに視線を戻し、深く頷く。
「それに何より」
それからジャンヌとも目を合わせると、少し身を乗り出す。
「私は見てのとおりの美男子だから。見た目に釣られた軽薄な女が来ないともかぎらない」
「……」
「……」
「私は美男子だから」
「あぁ、聞こえてます聞こえてます」
「まったくもっておっしゃるとおりですわオホホホ」
「うん。だからメッセンジャーくんには、『心底私を愛してくれる女性』を選んでいただきたい」
『なんだこのクサいセリフは』と顔をしかめるタシュ。
一方でジャンヌは冷静さを保つ。
ティーカップで歪む口元を隠してはいるのだが。
「『見定める』ではなく『選ぶ』ということは」
「うむ」
そこから出た判断に、アーサーはまた深く頷く。
「立候補者が5人いる。そのなかから目利きしてほしい」
伝えるべきことは伝えた、と。
再度背もたれに身を預け、やり切った感を出す伯爵だが。
「ジャンヌジャンヌ」
「なんでしょうなんでしょう」
二人の方はまたヒソヒソタイム。
「どうしようねぇ。僕一気に受けたくなくなってきたよ」
「同感です。さっさと断ってください」
「でも断って大丈夫かなぁ。ああいうナルシスト、変な報復とかしてこないかな?」
「依頼料、相場はいくらなんだ? 言い値でいい。その倍出そう」
「ウチのジャンヌがぜひやらせていただきます!」
「おい」
タシュはあっさり心変わり。
やはり顔どおりの軽薄なのだ。
どころか身も軽いらしく、狭くてゴチャついた室内をスイスイ動く。
あっという間に自身のデスクにたどり着き、引き出しから契約書を取り出す。
それを満足げに待ちつつアーサーは、
「それではよろしくお願いするよ。ジャンヌ=ピエールくん」
爽やかぶった笑みを浮かべた。