11.あぁ愛と青春のモンナウ
その発言にジャンヌは明確に反応した。
ピクリと勢い余って、角がタシュの鼻の穴に刺さる。
「シカアアァ!!」
「別に氏の遺産は埋蔵金か何かではない。話ではまだタータへ相続もされていない」
「タータさんは年上ですよ? 呼び捨てはよくない」
「であればまだ遺産は彼の口座にあって、必要なのは相続の書類のはずだ」
彼は謎の断末魔を無視して淡々と続ける。
ジャンヌも鼻を抑えるタシュを無視して、今は真面目に聞いている。
「どこかで『回収』するアクションはそぐわない。
君はキディーブへ何しに行ったんだ?」
アーサーがジャンヌを真っ直ぐ見据えると、
「お見事です」
彼女は軽く笑い
「それは今からご説明しましょう」
手に持っていた封筒の中身を彼の方へ向ける。
それは便箋ではなく、
一枚の写真。
写っているのは
美しい港町を見下ろす、丘の上の十字架と
隣に立つ女性の後ろ姿。
「ほう」
遡ること2週間と少し。
ジャンヌがやや長い船旅のすえ降り立ったのは
モンナウの街。
ステファンの話や記憶のカケラ。あとは学校の授業でほんのチラリと。
まったく知らないではない彼女だが、実際に見るのはこれが初めて。
暑い日差しに思わず手で庇を作るジャンヌの目に映るのは、
「見事なものです」
キレイに復興した、美しい港の街並みであった。
カレイジャスにそっくりね。
いや、カレイジャスがモンナウに似ているんだ。
だからデービス・マルクスはあそこに居を構えたんだ。
何より大切で美しい街並みの記憶を慈しめる、あの高台に。
彼女が周囲をゆっくり見回していると、
「あなたがメッセンジャーさん?」
不意に話し掛けてくる声がある。
そちらへ目を向けると、
花柄のワンピースにパナマ帽そっくりのものを被った、品のいい女性が立っている。
ジャンヌはクスリと微笑む。
「そうか。50年経っているんですものね」
「はい?」
「あぁいえ、こちらの話。私がジャンヌ=ピエール・メッセンジャーです。あなたが」
女性は帽子を脱ぐ。
白髪も混ざる黒髪が、夏の日差しを健康的に照り返す。
「モンナウの町長を務めております、ターターと申します」
朗らかな笑みだった。
「毎月贈られてくるお金は、全て町の復興と発展に使いました」
ところ変わってタータの家の居間。
町長にしては派手さはないが、南国特有の風通しに気を配った構造が涼やか。
彼女はジャンヌと向かい合って座っていたが、腰を浮かす。
そのまま大きく開け放たれた縁側へ。
「おかげで今はモンナウも、戦禍が訪れるまえよりさらに栄えています。感謝してもしきれません」
ここも高台にあるため、モンナウの街並みがよく見える。
彼女の50年がそこにある。
ジャンヌがその背中に浮かぶ感慨を見つめていると、タータはゆっくり振り返る。
「ですが、もうほとんど使ってしまったので。申し訳ありませんが、『返せ』とおっしゃられても」
「いえいえ、そういう話で来たわけではないのです」
「なるほど、そんなことが」
「えぇ。現状法的拘束力のある書面は出てきていませんが、故人の意思ではそうであると」
「そうですか」
ジャンヌが相続の件を説明するあいだ、タータは再度彼女の前に座っていた。
が、聞き終わるとまた立ち上がり、縁側へ向かう。
おそらくデービスが亡くなったことは事前にステファンが知らせていただろう。
しかし、改めていろいろ聞くと、じっとしていられない気分もあるだろう。
「町は」
彼女はポツリと言葉を紡ぐ。
「じゅうぶんに復興しました。復興がなされたあとも、辞退してもマルクはお金を贈ってくれました。なので私はそれを町の発展に使い、モンナウはここまで来ました。来れました」
そこで一度区切ると、半身になってジャンヌへ振り返る。
町を彼女へ紹介するように。
輝く海。
行き交う漁船。
均整の取れた町並み。
広場で遊ぶ子どもたち。
「もうこれ以上がありますでしょうか」
「……いえ」
「私たちに遺産までは不要です。正しく使えない。ご家族に遺してください」
「分かりました」
きっと、くれた思い出が全てなのだろう。
そんな笑顔を前に、ジャンヌも深く頷く。
それから居住まいを正すと、
「でしたら少しだけ」
「なんでしょう」
「少しだけ、マルクの遺志と、約束を守り続けたステブに報いてあげてほしいのです」
「あー! もしかして!」
「うわビックリした」
このタイミングでタシュが大声を上げる。
アーサーは目を丸くし、真横で騒がれたジャンヌは怒りの鹿人間リターンズ。
「痛い痛い!」
「で、何が『もしかして』なんだ?」
「このまえジャンヌが『ちょっと事務所の口座を触りたい』って言い出してさ。『まぁ彼女に限って横領はないだろう』ってやらせてあげたんだよ」
「大胆に度量があるな」
しかしタシュは一転、火が着いたように身振り手振り。
「でも一応あとから確認したんだよ! そしたらマルクス家から振り込まれた支払いさぁ! なぜか他所からも同額振り込まれててさ! と思ったら今度は同額引き出してどっか行ってんの! 僕ぁもう『ジャンヌがマネーロンダリングに手を出したんじゃないか』って気が気でなくて!」
「うるさいな」
「アレはもしや、今言ったことに関わってるんだな!?」
「そうですとも」
ジャンヌはデスクから立ち上がる。
そのまま中央のテーブルへ行き、改めて強調するように写真を置く。
女性の後ろ姿と十字架が映った写真。
「まず今回のマルクス家への請求ですが。成功の暁には『ちょうどいいから相続した遺産で払う』と小耳に挟みまして。つまりデービス氏がタータさんへ渡したかったお金です」
「そうだね」
「なので私は彼女と話し合って決めました。
『まずいったん氏の遺産を家族が相続する』
『それを事務所が報酬で一部受け取る』
『その後彼女が改めて我々に支払いをし、遺産とトレードする』
こうすることで、ちゃんとご遺族にも。故人とステファン氏の意思どおりタータさんにもお金が分配される。遺恨も問題もなく」
「やたらメンドくさい三角貿易だな」
ジャンヌの左斜め前、アーサーは頬杖をつき、爽やかに笑う。
と、今度は彼女の肩越しにタシュが指を伸ばす。
「で、この写真はなんなのさ?」
「これはタータさんが遺産で建てた、デービス氏のお墓です」
「へぇ!」
「そこにステファン氏が遺髪の一部を納めに行って、この写真を送ってくださいました」
「いいじゃないの。素敵な遺産の使い方じゃないのさ」
「そうでしょう?」
タシュがにっこり笑うと、
ジャンヌもめずらしく笑った。
こうして社長は、自らのお金で少女が復興した町を見下ろし眠るのであった。
愛と青春のモンナウを。
──『メッセンジャー』は遺産相続に立ち会う 完──
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