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9.償い

「どうして、こんなことに……」


 私たちはもう、言葉もありませんでした。


 美しい街並みは見る影もない。

 きっとあの店もあの通りももう瓦礫の山。

 もしかしたら、あの人もあの人も……


 考えたくなくて、私たちはひたすら固まっていました。


 しかしそれでも、誰ともなくこれだけは、つぶやかざるを得なかった。



「タータ、タータは無事だろうか……」






 それから私たちは事情聴取を受け、軍法会議に掛けられるかに怯え、

 マスコミの取材を受けたり上層部が受けさせなかったりして。


 王国での用事が済むころには、蜂起があった日から1ヶ月近く経とうとしていました。


 そのころには一般人のキディーブ渡航は

『危険だから』

 ということで禁止されていました。


 そのため私たちがタータの安否を確かめに行くには、再度派遣される必要がありました。

 しかし王国は



『近隣にも航海の中継点になるような土地はある』

『キディーブ自体は何か資源を目的にしている植民地でもない』

『報復も済んだことだし、わざわざ復興してまで関わる意味はもうない』



 ということで、まさかの放棄を決定。


 新たに駐留部隊が編成されることもなく、

 タータをはじめ親しい人々の安否も分からないまま、



 あとにはただ荒廃した土地だけが残ったのでした。






 それから()()()()して、私とマルクスは軍を辞めました。


 深い失意。

 キディーブを焼き払い、人々を殺した組織に属する。

 その武器を手にする。


 それが耐えられなかった。


 また、王国自体にもあまりいたくなかったものですから、



「そうだ! 貿易をやろう! 世界中を飛び回るんだ!」



 マルクスは会社を立ち上げたのです。

 軍人は貯蓄がありますからね。使う暇ないので。


「再就職じゃなくてか。大きく出たな」

「スティーブも来い! 知り合いが一人はいないと、今のオレには寂しすぎる」

「おいおい、地獄への道連れかよ」


 最初に取り扱うのは、古式ゆかしく香辛料としました。

 これが『マルクス・ペッパー・カンパニー』の前身です。






 それから5年ほど経ちました。


 会社は貿易方面ではなく、輸入する良質なペッパーを取り扱う方に注力。

 それによって軌道に乗っていました。

 社名も今のものに変わります。


 マルクスは新進気鋭のやり手社長、私は創業メンバーのエース社員。

 我ながら立派な第二の人生を歩んでおりました。



 それでも5年のあいだ、一度たりとも

 キディーブを、モンナウを、

 タータを忘れたことはなかった。



 実は貿易から宗旨替えしたのも、海を見ると船に乗ると(つら)すぎるからでした。

 そうして心のどこかに喪失感、逆に()()()やトゲも感じていたある日、






「おぉ! やったぞ!」



 デスクで封筒を開いたマルクスが、ガッツポーズで立ち上がったではありませんか。


「どうした。大口契約かどっかの買収でも決まったか」


 その日私はたまたま社長室を訪れていました。

 彼は字が細かくて遠目では読めないにも関わらず、手紙をこちらへ向けました。



「タータが生きていたんだよ!!」



 いわゆる金持ちになったマルクスは、彼女の行方を探らさせていたのです。

 王国人は渡航できないので、貿易によるコネも使って海外を経由してまで。


「本当かよ!?」

「あぁ!」


 その思いや努力が実ったのです。



 ただ、それもいいことばかりではありませんでした。

 探偵が調べた内容によりますと、


 王国がキディーブを荒らすだけ荒らして捨てたせいで、

 モンナウの街は少しも復興していませんでした。


 人も、タータの両親をはじめ多くが犠牲になっていました。

 ゆえに彼女は今も、孤児として苦しい日々を送っているというのです。


「なんてこった……」


 どれだけショックであったか。


「なぁスティーブ」

「どうした」


 この現実に、マルクスはある決意をしました。


「オレが、タータを救う」

「え?」



「タータに仕送りをしよう」



 それは彼にできる、最大で唯一の支援だったのでしょう。

 ただ、


「いいのか? そんなことして」


 この5年のあいだに、マルクスは結婚していました。息子も生まれたばかり。


 いかに彼が金持ちとはいえ。

 これから家庭にお金が必要なおりに、遠い場所の他人にお金を注ぐなど。


 マルクス家では忙しい夫に代わり、妻がお金の管理をしています。

 妙なお金の流れがあれば確実にバレる。


「まぁ、妻は怒るだろうな」

「正直オレからすれば、タータのためにおまえの家庭が壊れてもかまわんがな」

「そうだなぁ、よし」


 なので私たちは、


「バレないようにやろう」

「どうやってだ。奥さんから金の管理を取り上げるのか?」

「あぁ。そのためにだ、スティーブ」

「オレか?」



「おまえが金の管理をやってくれ」



 そう決めたのです。






 こうして私はマルクス家の家令となりました。

 お金の管理は家令の仕事ですからね。



 それから私たちの計画が始まりました。

 毎月毎月、可能なかぎり、勘付かれないように。


 まず家計とは別に彼の個人口座を作り、そこからタータへ仕送りを続けました。


 何年も、10年も、20年も。

 途中タータから『もう大丈夫』と手紙が来ることもありましたが、


 これは私たちの罪滅ぼしでもありましたから。


 とにかく続けました。

 ずっと、今日この日に至るまで。











「なのでマルクスの口座にお金はあまり残っていないのです」

「そういうことでしたか」


 ステファンの話は案外長かった。

 正直自分で読んだ方が早いと思うジャンヌだが、


 それでも判断ミスとは思わなかった。


「今は彼が保険に残しておいたお金があるばかりです。社長はそれもタータに相続させたいとおっしゃっていました」

「そうですか」

「メッセンジャーさん」


 むしろ


「ご家族には会社や不動産が残ります。それはそれは莫大なものです」

「でしょうね。軽く私の一生分はあるでしょう」



「それでいいではありませんか。じゅうぶんではありませんか。タータに何かを残すためです。どうか見逃してはいただけませんか?」



 ここからが一番の、判断が難しいところである。






 その翌日、13時ちょうど。

 ジャンヌはマルクス邸の応接室にいた。


 彼女は立派な革張りのソファに座り、

 テーブルを挟んで対面にはブライアンが座っている。

 その向こうには彼の一族も。


 しかし口を開くのはやはりブライアン。



「調査結果が出たと言うのだね?」



 どこか緊張した、重々しい響きがある。


「はい」


 しかしジャンヌはニュートラルな感じである。

 職業柄ということもあろうが、たいしたものではある。


 彼女はそのまま、淡々と切り出す。


「まず最初に、家令のステファン氏は横領などしていませんでした」

「なに!? 本当か!?」


 アテが外れたからだろう、ブライアンは身を乗り出してくる。

 そこにジャンヌは、非常に淡々と付け加える。



「ですが、遺産の在処(ありか)は分かりました。今から回収に向かいますので、しばらく(いとま)をいただきます」

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