7.ただ隣人として
キディーブは常夏、というほどではありませんが温暖な気候の地域で。
我々が配属されたのはモンナウという西端の港町。
半島になっており、海の玄関口でした。
そこに王国軍の施設があり、歩哨の任務を拝命したのです。
「ヘイ! サッカー、教えて!」
「おーいいぞ! じゃあこっちは門、あっちはあのヤシの木のあいだがゴールだ」
モンナウの人々はすんなり私たちを受け入れてくれました。
意外ですか?
そうかもしれませんね。時折『植民地の人々を奴隷として扱っている』なんて新聞にも載る。
基本我々入植者と現地人は険悪なものです。
でもモンナウに限っては。
まず我々は人数が少なかった。
正直言ってキディーブは王国より文明レベルが低かった。
だから本国も『大人数で制圧』なんて必要はないだろうと考えたのです。
またそのなかの大きなパイが、もっと中心地の総督府に割かれる。
ここに残った我々は、下手な団体観光客より少人数でして。
彼らにも『海外から来たお客さん』にしか見えなかった。
加えてもう一つ。
気候
オーシャンビュー
自然豊かな地域の大きい町
寒い王国に住む私たちからすれば、ちょうどいいリゾート地でした。
食事はめずらしいものが多くておいしい。
先ほど言ったように人数が人数なので、上官も少ない。
現地人をいびる必要のないストレスフリーだった。
別に私たちが善人ってわけではありません。
モンナウの人々が無警戒だったわけでもありません。
ただ、我々にはわざわざお互いを傷付ける必要がなかった。
でも何よりは、
「トラップするときはな、当たる瞬間気持ち引くんだ。ほら、張ってぶつかるとボールを弾いて、せっかく受けたのに飛んでっちゃうだろ?」
「こう?」
「そうそうそう、うまいぞ」
子どもたちでしょう。
施設の前は軍用車両が通れるように、大きな道が舗装されました。
しかしモンナウではそんなもの滅多に来ない。
なので門前は自然と、子どもたちが集まる開けたスペースとなったのです。
すると嫌が応にも、門番は彼らと関わることになります。
子どもは好奇心が強いですからね。海の向こうのことをたくさん知りたがる。
「ほらっ、シュートだっ! よーしよし、うまいぞ!」
「ステファン、精が出るな」
「マルクス。おまえは今日も数学教師か?」
「あぁ。この世に生まれておきながら三角関数の美しさを知らないのは悲劇だ」
「もっと簡単なヤツから教えろよ」
「おーい子どもたち! 今日のおやつはチョコレートだぞー!」
私たちもただ突っ立っているよりは、こっちの方が断然楽しい。
毎日のように子どもたちの相手をしたものです。
それがまた、口でいくら説明するより、本人たちにフェアな態度で接するより。
一番現地の大人たちを安心させ、打ち解ける道でもありました。
こうして私たちは、同じモンナウに住むよき隣人、
王国人もキディーブ人も白人も有色人もない『人間』同士、過ごしていたのです。
そのなかでも取り分け、
「ステブ、こにちは」
「おぉ、タータ。こんにちは」
「これ、あげる。お菓子、今朝、作った」
「ありがとう! んー、とってもうまそうだ!」
「あと、これも」
「花冠か! タータは本当に器用だなぁ。なんでもできる」
ターターという10つになる少女とは、みんな仲がよかった。
「夜、ご飯、来る?」
「そうだな、そうしよう。うまい煮込みを食べに行くよ」
彼女は私たちの施設から近い食堂の娘で、兵士たちの人気者。
最後の伸ばし線をとって『タータ』と呼ばれていました。
「にしても、タータは今日も数学か? よくやるなぁ。オレなんか3日で絶交したってのに」
「そう? 数学、おもしろい。答え、出る、きれい」
「おーおおお、すっかりマル公に汚染されちまって」
「スティーブ、この子はすごいぞ。おまえの先生より頭がいい」
「おまえがオレの先生の何を知ってるってんだ」
「すえは博士か大臣だ」
「親かよ」
「いやぁ、やっぱりここのハタの煮込みが一番うまい!」
「同じ魚でも、本国のフィッシュ・アンド・チップスとは大違いだ」
「ねぇ、食べる、終わったら、数学」
「“こらターター! お客さんに迷惑掛けないの!”」
「女将さんなんて言ってんだ?」
「さぁな」
まぁ正直、『仲良くやっていた』とは言っても。
我々は通訳なしでは現地の言葉が分かりませんので。
会話は向こうが覚えたカタコトの王国語。
本心でモンナウの人々がどう思っていたかは知りません。
いや、王国人同士だって本心は分からんものですが。
ただ、
「よぉしタータ、食べ終わったら三角関数を応用した測量のやり方について教えてやろう」
「やった」
「ぐわああ聞きたくねぇ!」
「おまえは宿舎に帰ったらいいだろう」
「兵隊さん、勉強、ありがとうね。ターター、喜んでる。どんどん、賢くなる」
「女将さん」
みんな、口ではそう伝えてくれました。
「お礼、酒、一緒、飲む。タダね」
「いいんすか親父さん!? ゴチっす!」
「おまえは勉強教えてないだろ!」
「じゃあ、私、奢る。息子、サッカー、喜んでる」
「オファの親父さん! いつか王国に来るといいよ。アイツは一流の選手になる」
私はこれをおべっかだったとは思いません。
彼らはそんな人間ではない。
「マルク。ステブ」
「どうした、タータ」
「私、大人、王国行きたい」
「ほぉ!」
「そりゃまたどうして」
「王国人、いろんなこと、知ってる。教えてくれる。私たち、豊かになる」
私たちが思う以上に強かでした。
こういうのも最近は
『未開の連中を教化してやる、と宣った大航海時代に被る』
と言われますがな。
本当の彼らは
「だから私、王国、もっと勉強する。キディーブ、モンナウ、もっと豊かにする」
押し付けられる以上に貪欲で、聡明で、
「あぁ、タータならできるさ」
芯のある人々でした。
そんな日々を過ごしていた、ある日の昼下がりでした。
その日も私は子どもたちにサッカーを教えていました。
するとそこに、
「スティーブ!」
マルクスが走ってきたではありませんか。
「どうしたんだ」
「エラいことになったぞ!」
「ほーう、タータがついに数学に飽きたか」
「違う!
キディーブ中心地の方で、軍と現地民が衝突した!」




