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6.遠い記憶

 ジャンヌの脳内にステファンの思考や記憶が流れ込む。


 今痛みに晒されていることや、長く生きただけの過去がある。

 よって多くが彼女の脳裏に広がるが、


 そのなかでも、取り分け強く彼の中に刻まれているのが



 そこでジャンヌは手を離した。

 いつまでも膏薬を塗っていては不自然、というのはある。


 が、それ以上に。


「ステファンさん」

「終わりましたか。ありがとうございます」

「えぇ。ですが、すぐ職務に戻るともいかないでしょう」

「確かに、まだ痛みますな」

「ですのでどうでしょう。時間潰しに私と話をしませんか?」

「それはよろしいですな! この姿勢で失礼することにはなりますが」


 ステファンは「はっは」と笑ったが、すぐに「アチチチ」と痛そうにする。

 腰に響くようだ。

 気を紛らわせるためには、雑談はちょうどいいだろう。


「それで、何についてお話ししましょう?」

「そうですね。猫、助けてらっしゃいましたけど。なぜわざわざご自身であのようなことを?」

「あぁ」


 彼の目が穏やかに細まる。

 いい記憶を思い出しているようだ。

 猫がかわいいとかではないだろう。


「亡き社長が困っている人を見捨てられない性分でしてな。私も気付けば、それが感染ってしまったようで」

「なるほど、優しい人だったのですね。人が見習うくらいに」

「それはもう。しかし私も年甲斐を考えるべきでしたな。次は若いものに頼みましょう」

「それがよろしいでしょう」


 普通なら『まだまだお若い』とかいうべきかもしれない。

 しかし彼も、ついこのまえ亡くなった社長と同年代。

 しかもそれを本人は大切な思い出としていたから。


 ジャンヌもあえて否定はしなかった。

 王国の紳士淑女は美しく歳を取ることこそ美徳。


 だが、そんな話ばかりしているわけにもいかない。

 ここまではジャブで、それも終わり。


「そうだ。その社長についてなんですが」

「ご興味がおありですか! 偉大な人物ですよ」

「えぇ、その偉大な人物の、



 多大な遺産について」



 瞬間、うつ伏せの体がピクリと跳ねる。

 顔が腕枕に隠れたので見えないが、あまりいい表情はしていないだろう。


「……意外と、不躾なことをお聞きになりますな」

「申し訳ありません。でも仕事ですから」

「仕事?」


 重ねて意外なワード、さすがにステファンもジャンヌの方を見る。

 急に体を捻ったからだろう。また「アッ、イツツ……」とうめく。


 それを無視するわけではないが。

 ジャンヌは椅子から立ち上がる。

 ここまで言ったらからには、正体を明かさない方が失礼である。



「隠していて申し訳ありません。私『ケンジントン人材派遣事務所』より参りました、


『メッセンジャー』を務めます、ジャンヌ=ピエール・メッセンジャーと申します」



 彼が『メッセンジャー』を知っているかどうかは分からない。

『電報配達員がなぜ?』と思っているかもしれない。

 とにかく目を丸くしている。


「ご冗談……」

「ではありません。セシリーさんの学友でもなく」

「な、なぜ」

「ブライアン氏のご依頼で、遺産について調査に」

「そうですか、それでポルナレフ、じゃない……」

「ジャンヌ=ピエール・メッセンジャーです」

「ジャン=ピエール……、言われてみれば男性に見えないことも」

「女です。母が男性名(ピエール)など付けるのが悪い」


 ここまで衝撃の展開に圧倒されていたステファンだが。

 話が一区切りしたところで平静を取り戻す。


「そうだとしてもですな、メッセンジャーさん。それなら一族からもうお聞きでしょうが、私はもうお答えしております。『何もおかしいことはない。問題はない』と」

「えぇ。あなたが彼らに話す範囲では」


 和やかな空気は一転、ピリピリとした睨み合いになる。

 だがそこには、対等でぶつかる緊張感ではなく


「ですが私は独自調べで、違う情報もつかんでいるのです。あなたが消えた遺産の行方について知っていることを」

「何をおっしゃっているのか分かりませんが、何かカマを掛けようとしてらっしゃいますか?」



「40年まえ、モンナウ」



「!」


 急所を突く者突かれる者の、一方的な差がある。


 ステファンはふーっと長い息をつき、


「……そこまでご存知なら、もう全てお分かりでしょう。逆に何をお聞きになるので?」


 観念した冴えない笑顔を浮かべる。

 しかしジャンヌは


「いいえ」


 首を左右へ振った。


「途中で読むのをやめました」

「は? 読む? 何を? どうして?」


『さぁ煮るなり焼くなり』と構えていた彼からすれば、不可解な見逃しである。

 さすがに『助かったぜ。じゃ』とスルーはできないようだ。


 対するジャンヌも表情は真剣そのもの。

 彼女は椅子に腰を下ろす。


「あとはあなたから直接聞きたいと思ったからです。勝手に記憶を漁るのではなく」

「私から」

「あなたとデービス氏に敬意を表して」


 彼女は元来表情筋が硬い。

 それでも伝わるものがあったのだろう。


「敬意」

「はい」

「さようですか」


 ステファンは痛む腰に耐えて、ゆっくり身を起こす。


「いけません。どうかそのままで」

「いえ」


 ジャンヌが制するのも聞かない。



「この話をするのに、のんきに寝転んではいられないのです。あなたが尊重したように、私にとっても大切な記憶だから」



「ステファンさん」



「お話ししましょう。社長の遺産と、それにまつわる40年まえの昔話を」











 40年まえ。

 私と社長、いえ、マルクスは軍に所属する兵隊でした。


 別に士官候補生だとかエリートではなく、お互いただの一兵卒です。

 一般公募からの訓練期間を経て、配属された小隊で同期として出会いました。


 階級はもちろん、歳も変わらないということで気が合いまして。

 規律や訓練こそ厳しかったですが、それなりに楽しく(つる)んでおりました。


 当時は王国が戦争をしていないこともありまして、軍隊もそう悪くはなかった。

 むしろ衣食住付きの職場ということで、一定の人気があったのですよ。






 いや、老人の懐かしみはどうでもいいですな。


 入営してそう期間も経っていないころでした。

 小隊に辞令が下ったのです。



 当時植民地であった、キディーブへの駐留です。

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