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4.激塩ミラーマッチ

 なぜ万年筆かと言われれば、別に鋭利なペン先で襲うわけではない。

 ただ、彼女の特質上、手で触れなければ読心できないわけで。


 よってラブコメなんかで鉄板な、

『落とし物を拾おうとして手が触れる』作戦を行使する。


 馴れ馴れしい顔してボディタッチ多めの女を演じたり、がっつり手を握る。

 そういう作戦もあるにはある。


 が、ジャンヌとしては好ましくない。

 彼女の読心は触れている時間に比例する。


 かつて浮気調査で男の手を握り続けた結果、



 相手に『彼女は自分に気がある』と勘違いさせ


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 という最低のおとり捜査となってしまったことがある。



 恥ずかしい以上の苦い経験があるのだ。

 ジャンヌはあの依頼人から訴えられたり男にストーカーされた日々を忘れない。



 なんてことを考えているうちに、ステファンはすぐそこまで来ている。


 彼女は素知らぬ顔をして、さも

『見取り図に補足メモを入れて回っています』

 という感じで角から姿を現す。


 前方には当然ステファン。


「おや、ポルナレフさん。何かお困りですか?」


 一流の使用人らしい気遣い、優しい笑顔でこちらへ近付いてくる。


 対してジャンヌはチラチラと距離を窺う。

 ペンを転がして、ちょうどステファンが拾うとしてくれそうな、

 それでいて絶妙に、彼女自身も手を伸ばしたとき同時に手が届きそうな間合い。



 今だ!



 初等教育時代、国語より数(『筆者の心境として)学が得意(〜』が死ぬほど嫌い)だった頭脳が導き出す完璧なタイミング。

 ジャンヌの手から、するりと万年筆が抜け落ちる。


「あらっ」

「あっ」


 そろそろ足腰にくる年齢だろうに、スッとしゃがみ込むステファン。

 そこに彼女も素早く手を伸ばす。


 さぁ、狙いどおり手が触れる!

 というところで、


「あ」

「おや、ペン先(ニ ブ)が曲がってしまっていますな」


 ジャンヌはある致命的な条件に気付いた。

『このやり方も結局、それなりの時間触れていなければ深いところは読めない』

 という至極真っ当な正論パンチではない。


 相手の手に触れる、それ自体は目論見どおり運んだ。

 しかし、



 相手は一流の家令(スチュワード)


 当然、手袋をしている。



「ぐっ……!」

「そんな顔をなさらず。替えのものを用意いたしましょう。それとも何か、思い出の品でしょうか?」


 ジャンヌは能力のせいでオールシーズン着用を余儀なくされる。

 よって変なバイアスが掛かっているが。


 本来手袋は読心しないための防具ではない。

 能力がなくとも寒くない夏場でも、使用する人はいくらでもいるのである。


「大丈夫ですよ。本体は傷付いていません。ニブだけ交換すればまた使えます」

「は、はぁ」

「私の顔に何か付いていますか?」

「いえ、ありがとうございます」


 重ねてステファンは完璧な紳士の正装スタイル。

 それこそ素肌は顔面くらいしか晒されていない。

 これではプロレスばりのブレーン・クローをお見舞いする羽目になる。

 手をギュッと握ってくるより関わってはいけないタイプの人である。


「なんにせよ、今使うペンがなければお困りでしょう。替えを持ってこさせますから、それまでこちらをお使いください」


 ジャンヌが別のことで困っているうちに。

 ステファンは親切に自分のペンを彼女に握らせ、


「では私は、まだ仕事がありますので」


 颯爽とすれ違っていった。






 顔面じゃなきゃ足首でもつかめばいいのか?

 ホラーである。


 それじゃあ肩とか背中とか。

 大胆なドレスのレディでもなければ、先に手袋が外れている。


 というわけで。



 ジャンヌはまず、ステファンが手袋を外す瞬間を狙っていくことになった。






 パターン1



 その日の15時過ぎ。

 ジャンヌは書斎で彼を待ち伏せた。


「おや、ポルナレフさん」

「あら」


 ここにはデービスが生前もらった手紙などがまだデスクに残っている。

 それを彼が、時間を見つけては整理していると聞いたのだ。


「セスから『蔵書を見学してもいい』と言われたので」

「ほほ、勉強熱心なのですね」

「安心してください。勝手にあれこれ触ったりはしません」

「慎ましい方だ」


 ステファンはそもそも心配してはいなさそうだ。

 ジャンヌがいるのにデスクの引き出しを解錠する。

 見られて困る書類を隠してはいないらしい。


 それだけ相手がリラックスしているということで。

 彼女は世間話を切り出す。


「ステファンさん、今日のお夕飯はなんでしょうね」



 そう、今回狙うは食事である。

 ジャンヌ自身そうであるように、多くの人は食事のときに手袋を外す。

 ソースなんかが染みては困るからだ。


 逆に薄い手袋をするフードファイターなどは考えないものとする。



 その企みに気付くことなく。

 顔立ちの割に無邪気と思ったのだろう。

 彼はくっくと笑う。


「さぁて。ただ、料理長はいつにも増して気合いが入っておりましたよ? 『海峡向こうのお眼鏡に適うように』と」

「ははは」


 設定だけならアンヌ=マリー女史は、『美食の都』から来ていることになっている。

 実際はカロリーが足りなくて砂糖の山みたいな紅茶を飲んでいるなど知る由もない。

 申し訳なさを飲み込むように彼女は笑う。


「それは楽しみですね!」


 羊のリブローストなんか出れば最高。確実に手袋を外すだろう。

 あとはそのタイミングで、同じようにフォークでも落とせば


 と計画を練っていると、


「おや、ご存知ありませんか。我々使用人が同じメニューを口にすることはありませんよ」

「えっ」

「せいぜい毒味くらいでしょうか。うちはやっておりませんが」

「一緒じゃ、ない?」

「もちろん食卓も時間も別でございますから、あとで感想をお聞かせくださいね」

「あ、はい」


 そのままステファンは作業に集中してしまう。


 庶民のジャンヌには分からない感覚だが。

 そもそも彼らは誰も気にしないような指紋すら付けないよう手袋をしている。


 主人や客人の前で食事などするわけがないのだ。



 翻ってそれは、人前で手袋を外さないということ。



 なかなかスタートラインに立たせてくれない強敵のようだ。

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