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3.言えない ≒ やましい

「いや、厳密には、大変は大変なのだが」


 ブライアンは葉巻を一度、灰皿に置く。


「意味が違ってしまったのだ」



「残高が合わない……」



「そのとおり」


 ジャンヌが相槌を入れてやると、彼は大きく頷き、また葉巻を手に取った。


「会社、不動産。それらはいい」


 そのまま葉巻を口元へやったかと思えば、

 咥えずテーブルについた肘を支点に身を乗り出す。



「現金が明らかに少ない。約200万円(1万500パウンド)ほどしかない」



 ブライアンの、そして彼の後ろに控える親族の心理を表すように。

 葉巻の先端がジリジリと白い灰になって交代していく。


「父は企業の社長であったし、何よりそれでいて個人としては慎ましい生き方だった。高い酒や釣り竿を買うでもなければ、社長室に飾る骨董品すら集めない。個人の遊興費は何に使っているのか我々でも分からないほどだった」


 それが200万などと、と吐き捨てる代わりに彼は煙を吐いた。

 もちろんジャンヌなどにとっては大金であるが。


 そんな感じでブライアンは煮詰まり、ジャンヌは閉口。

 静かに話が進む空間を、



「アイツが盗んだのよ!!」



 引き裂いたのは母である。


 ジャンヌとしてはすでに聞いているので、そんな大声でなくてかまわないのだが。

 ブライアンが咳払いをする。


「とまぁ、誰かが横領でもしていなければ説明がつかん空白なのだ。そこで私たちが疑っている人物こそ」


「家令のステファン氏」


「そういうことだ」

「財産管理は基本、家令の仕事だからな」


 ブライアンが頷き長男が付け加える。


「もちろん我々も、ただ闇雲に疑っているわけではない。万が一ということもある。このことについてステファンに尋ねたさ」

「でもあの男、『何もおかしいところはありません』って! そんなわけないでしょう! そう言えば丸め込めるとでも思って!」


 また母親が騒ぎ出すと、ブライアンは後方の妻に目配せをした。

 彼女は小さく頷くと、興奮状態の義母を窓際のテーブルへ連れていく。


「ふう。そういうわけでだな。『では何に支出したのか』と聞いても、『社長のプライベートだから』の一点張りだ。ますます怪しいし、話にならん」

「それでこのたび、当事務所に」

「うむ。



 なんとかしてステファンから、父の金の行方(ゆくえ)を読み取ってほしいのだ。



 もう本人から聞くことは叶わないのでな」

「精いっぱい努めさせていただきます」


 ジャンヌは30度の礼をする。



 これが、彼女が迎えの車の中でステファンを険しい目で見た理由であり



 そのため『メッセンジャー』であり遺産について探りに来たとバレてはいけない。

 よって窓際にいる娘、セシリーが海峡向こうの共和国へ留学していたことを利用し、


『当時の学友が遊びに来た』


 という(てい)で、アンヌ=マリー・ポルナレフなどと名乗っている次第である。






 さて、面通しも終わって早速ミッションスタート。


 とにもかくにも触れられなければ始まらない。

 まずはステファンを見つけるところから。


 というわけで広いお屋敷の中、廊下を彷徨っているジャンヌなのだが、


「ふぅー、ん」


 明らかにその顔は気乗りしていない。

 いつも表情筋が死んでいて、あれもこれも何もかも興味なさそうな顔をしているが。


 今はとりわけ、『せんべいが湿っていた』みたいな冴えない顔をしている。


 それもそのはず。

 彼女の脳裏に、ある会話が思い起こされる。






 数日まえになる。

 場所は『ケンジントン人材派遣事務所』。


 ちょうど今回の依頼の概要をアーサーから聞き終わったところである。


「いいね! それ受けよう! 実にウチの事務所らしいし、不正は暴くべきだ」


 タシュはノリノリの様子。


「それは助かる。先方も喜ぶだろうし、私のメンツも保たれる」

「え? じゃあやめようかな」

「なんだと」


 男たちはもう決まったものと楽しげだが、


「あの、仕事をもらう側が言うのはおかしい話ではありますが」

「どうした。気に入らないのかね」

「いえ。ただ、


『メッセンジャー』のご利用、あまりオススメはしませんよ?」


「ほう」


 待ったを掛けたのは、他ならぬジャンヌだった。


「どうしてだい?」

「こういうパターンで使用用途を言えないのは大抵」

「あー」


 タシュは思い当たったようだ。

 おそらく今までこなしてきた案件の中に、同じパターンがあったのだろう。


 しかしアーサーは知るべくもない。

 彼女の方へ、軽く身を乗り出す。


「大抵?」


「浮気です。他所の女につぎ込んでいる」


「……あー」


 これには彼も渋い顔。

 腕を組みながら乗り出した身を引く。


「くだらない収集癖や遊びであれば、『ごめんなさい、てへっ☆』くらいで告白できます」

「浮気はそうもいくまいなぁ」

「はい。そしてデービス閣下、亡くなったとか」


 ジャンヌは紅茶を一口挟む。

 少しだけ眉が歪んで、舌先を出す。


「今更暴いて意義のある制裁ができるでもなし。美しい家族愛の記憶に、ヒビが入るだけかもしれませんよ?」






 なんてことがあるために、ジャンヌとしては『知らぬが仏』。


 しかも先ほどの会話で感じたが、マダムがえらくヒステリックである。

 ここで迂闊な結果でも出ようものなら。


 怒りの矛先が自分でないとはいえ、目の前で怒鳴られるのは彼女である。


「憂鬱だな」


 ボソリとつぶやくジャンヌだが、依頼を受けたからにはやらねばならぬ。

 やらない方があとが怖い。


 というわけで今、ターゲットを探しまわっている次第。

 一応一家から彼の一日のスケジュールと、それに伴う巡回ルートは聞いている。


 もし屋敷の土地勘がなく、今自分がどこにいるかもよく分かっていない彼女が、

 それでも教えられたとおり、そこから割り出した想定どおりなら。


 ジャンヌは曲がり角に背を預け、身を隠す。

 あと1分としないうちに、向こうからステファンが現れるはずである。



 1分まえはよくなかったな。

 トイレに行きたくなったとかで今日だけ早歩きしてたら、普通に遅れている。

 そしたら次の待ち伏せポイントは……



 彼女が屋敷の見取り図片手に眉根を寄せていると、


 コツ、と、角の向こうから足音がする。

 ほんの少しだけ、チラリと確認すれば、


 それは(まが)うことなきステファンである。



 来た!



 ジャンヌは素早く引っ込むと手袋を外してポケットにしまい、

 代わりに万年筆を取り出し握りしめる。

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