12.この際クオリティは関係ない
たかだかティーポットのお茶など、6人いればすぐになくなる。
「さて、それでは行きましょうか」
ポットとカップを洗い終わったジャンヌが手を叩く。
「僕はここで待ってるよ。また登ってくるのしんどいし」
タシュは手を挙げて不参加表明をするが、
「ダメです。あなたには絶対ついてきてもらいます」
ジャンヌが鋭い目を向ける。
「どうしたんだい? めずらしく熱烈じゃないか。ついに僕の愛情が心臓に届いたかな?」
どこまで浮かれてどこまでジョークか分からないのがタシュのリアクションである。
彼女は一切意に介することなく右手を突き出す。
そこに握られているのは
「私からの求愛のプレゼントです」
「何これ」
「見れば分かるでしょう」
「そうじゃなくて」
「シャベルです」
地域差や言語差があるので補足しておくと、柄が長い方である。
「まったく……なんでこんな暑いなか、さぁ!」
「がんばれー」
まぁ当然っちゃ当然だが。
タシュは渡されたシャベルで穴を掘っている。
場所は、テイム邸へ続く登山道のスタート地点。
そこには藪の中、誰も見ないような感じでひっそり看板が立っていた。
彼はその下を今掘らされている。
「あ、なんか硬いの当たった!」
「ほんと!?」
「ご苦労さまです。あと少しですね」
「替わってよ!」
当然最後まできっちりコキ使い倒すと、出土したのは
「これ、クッキー缶?」
「みたいね」
「中に次のが入ってるのかな?」
「早く開けてみようよ」
大汗かいて木陰で休むタシュを気遣うこともなく。
レオンが箱を穴から取り上げ蓋を外すと、
パコッと小気味よい音とともに
「なんだこれ」
「楽譜?」
小さい紙の、そこそこ分厚い束が姿を現す。
「楽譜ったらリーカだろ」
「聖歌隊だしね」
「まだ暗号に出てないし」
そろそろパターンを学習しはじめた子どもたち。
楽譜の束は即座にフェデリカへ渡される。
「えーと、曲名は『Ej elleppa not mon」
「知ってる?」
「知らない」
「歌詞があるね。歌だ」
「リーカちょっと歌ってみろよ。そしたら知ってる曲かもよ」
「えぇ、そうね」
彼女は頷き、譜面の方へ目線を移動する。
しかし、
「ダメ。たぶんまた王国語だわ。読めない」
「そっかぁ」
またこのパターンである。
しかし、
「まぁいいだろ。ここまで全部、王国語で同じパターンだったし」
「そうよ。まだもう一人分残ってるんだもの。また『Eht txen yek si』を探せばいいのよ」
同じパターンだけに子どもたちも学習しはじめている。
「探せ探せ!」
「あ! 『Eht』あった!」
もはや謎解きゲームではなく力技に走る子どもたちだが、
数分後。
「「「「うーん」」」」
「進捗いかがですが」
水筒の紅茶を飲みながらジャンヌが近付くと、4人は一斉に首を傾げる。
「『Eht』『txen』『si』はあったんだけどさ」
「『yek』がないのよ」
「というか、そもそもそれ以外はどうピックアップすればいいか分からなくて」
どうやら行き詰まっているようだ。
「ヒントは曲名なんだと思います」
「『Ej elleppa not mon』」
「はい。でも、レオくんのもリーカちゃんのも、名前が見当たらなくって」
「なるほど」
子どもたちは顔を見合わせる。
「やっぱり、楽譜だから歌わないと謎が解けないんじゃないか? せめてどういう歌詞かって言うのも」
「どこかでリエゾンとか起きるかもしれないし」
「でもこのままだと歌えないわ。王国語だもの」
「じゃあ辞書使って翻訳するか」
「そしたら単語の長さとか変わって、曲に合わなくならない?」
「あー、じゃあ王国語で歌えないとダメなのか」
「王国語……」
ここで、彼らはふと会話を止め、
「「「「王国の人……」」」」
チラリとジャンヌへ視線を向ける。
「なんでしょう」
彼女は嫌な予感を感じ取りつつ、まずは平静を装って紅茶を一口。
しかし子どもたちの方はストレートで仕掛けてくる。
「歌って」
「嫌です」
「ジャンヌしか分からないんだぞ」
「嫌です」
「謎解きに協力してくれるんでしょ!」
「ぐっ……!」
それを言われたらどうしようもない。
何せジャンヌは依頼を受けている側なのだから。
しまいにはアリシアが上目遣いで、
「その、お願いします、ジャンヌさん」
気弱そうな子にまでお願いされたら、彼女も断りにくい程度の人間性はある。
「はぁ。分かりましたよ。その楽譜を渡してください。どのみち読心もしておかないといけないですし」
「やった!」
ジャンヌはフェデリカから紙束を受け取ると、軽く背筋を伸ばし息を吸い込む。
「『♪夏〜の〜 海〜を〜 越え〜て〜 光〜る〜 水〜面〜 渡〜る〜 鳥〜の〜……」
「……」
「……うーん」
「王国語分かんないけど」
「なんか」
「変な歌だな」
「変なの」
「……」
「あっ!? べっ、別に、ジャンヌさんが下手なんじゃないわよ!?」
歌唱と歌詞のクオリティは一旦無視したとして。
文章では説明しづらいが、どうにも音が心地よくない。
音階の上下、リズム、曲の展開。
少なくとも有名な曲だとかプロが作ったものだとかではなさそうだ。
「おじいさんが作ったのかな」
「暗号なんだし、そうじゃねぇかな」
「センスが、ねぇ」
「だって音痴だったもの」
「音痴でしたか……?」
「ジャンヌさんじゃなくておじいさんがね!」
「なんだかメンドくさい人になっちゃってる」
「それもう下手なの自覚してるようなもんじゃねぇか」
「あっ、レオ!」
散々な言われようである。
不謹慎だがテイム氏も今だけは亡くなっていてよかったかもしれない。
ジャンヌは生きているけれど。
でも死んだような目をして黄昏ているので、同じようなものかもしれない。
彼女は木陰で寝転び涼むタシュの横、燃え尽きように体育座りをしている。
「僕は悪くないと思うよ、ジャンヌ」
「うるさい」
明らかに落ち込んでいる彼女へ、フェデリカがおそるおそる近付いてくる。
「あのー、それでー、ジャンヌさん?」
「なんでしょう」
「よかったら、どういう内容の歌だったか教えてほしいなって」
「なんてことない、夏の海鳥が飛ぶのに子どもたちの未来を重ねた歌でしたよ。ソラーレさん」
「うわぁ他人行儀」
急に名字で返してくる、大人のガチいじけにドン引きのフェデリカだが
「ん? 待てよ?」
レオンは何かに気付いたように、あごに手を添える。
「どうしたの?」
「リーカの名字がソラーレ。暗号の鍵はオレらの名前。
曲名は『Ej elleppa not mon
そうか! 分かったぞ!!」




