11.スパルタ式暗号ドリル
「さてジャンヌ。君はホテルを引き払って、ここを間借りしているんだったね?」
「そうですけど」
子どもたちを追い返したあと。
「実は僕もホテルとってないんだ♡」
「2階へ上がってきたら蹴り落とします」
「ああん、ひどぉい」
そんなカスみたいなやり取りもあったとかなかったとか。
そして翌日の昼、またも学校が終わってから。
「ジャンヌジャンヌジャンヌ、ジャーンヌ!」
レオンが激しくテイム邸のドアを叩く。
後ろにはいつもの3人も控えている。
「ねぇジャンヌー!」
「おかしいな、反応がないよ」
「! これはもしや……!」
いつまでも出てこない彼女。
フェデリカが口元を抑える大袈裟なリアクションをとる。
「どうしたの? リーカちゃん」
「何か分かったのか!」
「そうよ! これはきっと
『お楽しみ中』の『お取り込み中』ってヤツよ!!」
「……なんだそれ」
「分かんない」
「……」
「おやおや、どうしたのかねロッドくん?」
「あっ、いやっ!」
「なんだおまえ知ってんのか?」
「知らなぁい!」
「教えろよ!」
「知らないって!」
「でもそうに決まってるわ! あの急に現れた得体の知れない王国男! 一つ屋根の下、何も起きないはずはなく! きっと昨日の王国語の会話も! 私たちに分からないのをいいことに、ジュテームしてたのよ!」
そうやって騒いでいるとさすがに、
「どうしました。虫でも出ましたか」
ドアが開いて、ジャンヌが現れる。
「あっ!」
「わっ!」
「おっ、おはようございます!」
「昼ですよ」
彼女は落ち着いた様子で紅茶片手に立っているが、
「……みんな、見て」
髪はボサ付き、顔にうっすら汗のあと。
何より、
第2ボタンまで開いたシャツから覗く
左の鎖骨下に、虫刺されのような赤。
「絶対ヤってるぅ〜!!」
「何がですか」
ジャンヌは怪訝そうに首を傾げると、
「それより、今日も謎解きですね。まぁ上がってください」
くるりと背を向け、4人を書斎へ促す。
と、その瞬間
「ジャーンヌ!! そっち行った!!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
飛んできた親指の爪サイズの虫。
本当にただの虫刺されで、退治に大騒ぎしていただけのようである。
「襟が擦れると痒いので、ボタンは開けたままで失礼しますね。それに暑いし」
書斎にて。
もはや自分が主人かのようにデスクへ座るジャンヌ。
「喉乾いたでしょう。じゃんじゃん飲んでください。上等な紅茶なんですよ」
虫を追い出した勝利の祝杯を勧めてくる。
が、子どもたちにはもっと重要なことがあるのだ。
「それよりジャンヌ!」
「おいガキ、僕以外の男があまり呼び捨てにするなよ」
「うるさいですよミスターケンジントン。それで、どうしましたか」
言い出したのはレオンだが、デスクへ身を乗り出したのは全員だった。
「昨日の暗号、分かったんだ!」
「ほう」
ジャンヌの眉がピクンと上がる。
「このヒントなんですけど」
代表して話し始めたのはマイロ。
「『Ut sa’m sruojuot unetuos.』だから、たぶん足を悪くしたあとの話だと思うんです」
「でしょうね」
ジャンヌが頷いてやると、4人は『間違っていなさそうだ』と胸を膨らませる。
「だから1回目の暗号みたいに、僕ら一人を指してるとして。誰だろうと考えたときに、
僕らより断然支えていたものがあると気付いたんです」
ここでマイロは歩き出し、デスクの側面に立て掛けてあるものを手に取る。
「このステッキです」
ジャンヌも今度は相槌を挟まず、目で先を促す。
「これなら昨日ジャンヌさんが言った、『名前が大事』にも繋がります。
僕の名前はマイロ・ロドニー。
みんなは『ロッド』って呼んでいる。
昨日借りた辞典で調べました。
『dor』には王国語で、『棒』っていう意味がある」
マイロはステッキをデスクに置くと、ポケットから布のロールを出す。
もちろんそれは、昨日の暗号が書かれたものである。
「意味不明な縦書きの羅列だと思っていたけど。実際は違うんです。
これもヒントと同じで横書きだったんだ。
だからこの布をおじいさんのステッキに巻き付けていくと……」
マイロの手際を見て、言語が通じていないはずのタシュが頷く。
「そう。『スキュタレー』を解読するには、正しい太さの棒に巻き付けないといけないんだ」
「できました!」
見る間にそれは完成し、そこには
「ほら、やっぱり横書きの文章だ!」
「お見事です、いい子いい子」
「えへへ」
ジャンヌに褒められ、照れるマイロだが
「あー、また共和国語じゃないわ」
「王国語かな?」
内容を覗き込んだフェデリカとアリシアが困り顔。
「また辞書と睨めっこかよぉ」
レオンが頭の後ろで両手を組むと、
「では今回は私が解読いたしましょうか?」
「ほんと!?」
ご褒美にジャンヌが手伝うことに。
「どれどれ?」
「いや、アンタはもう内容知ってるんだろ?」
「情緒がありませんね。えー、
『Eht txen yek si rednu eht draobngis
ta eht gnitrats tniop fo liart pu a
niatnuom.』
『次の鍵は登山口の看板の下』
と書いてありますね」
「え!? 外!?」
レオンは声を上げたが、
「いいじゃないいいじゃない! 楽しくなってきたわ! 一夏の大冒険って感じ!」
フェデリカはむしろワクワクしている様子。
「でもこの分だと、あとレオとリーカの分があるんだろう? 大冒険ってどこまで行くんだろう」
「おじいさん足悪かったから、そんなに遠くは行かないと思うんだけど」
「分かんないぞ。小説家なんて変なヤツばっかりなんだから、何しでかすか分かったもんじゃない」
子どもにそんなことを言われるとは、どういう爺さんだったのか
というのはさておき。
ジャンヌは自身のティーカップを空にすると、ポットからまた注ぐ。
「そういうわけで、上がってもらったところすぐで悪いのですが」
それから両手の指を組んで、その上にあごを乗せて微笑む。
「紅茶がなくなったら、お出掛けといきましょうか」




