8.来れなくなった人となんか来た人
「じゃあ早速ヒントを!」
自分たちには解けないと諦めていた4人だが、俄然やる気に。
レオンはデスクから身を乗り出さんばかり。
しかし、
「今日はやめておきましょう」
「えっ」
ジャンヌから出たのは、意外な言葉であった。
「なんでだよ!」
「そうよ! おかしいわ!」
「まだ門限じゃないですよ!」
「生殺しです!」
当然非難轟々。
ピンチで『来週へ続く』の引きが許せないお年頃である。
レオンやフェデリカはともかく、アリシアまで犬歯剥き出しだが、
「だから今のうちに帰っておくんですよ」
ジャンヌはあくまで冷静。
「どういうことだよ」
「場合によっては長くなるかもしれないのですよ。そうなるとレオさん、あなたに問題が発生する」
「オレ?」
まったく要領を得ず、首を傾げる少年。
対してジャンヌは諭すように、話す速度を0.8倍速にする。
「よろしいですか? あなたは今日ここへ来るまでに、お母さまを大層怒らせました」
「それは、まぁ」
「このうえ帰ってくるのが遅かったら、どうなってしまうでしょう」
「あ、うーん……」
レオンは察したか目を逸らしたが、彼女はなおも続ける。
「怒らせすぎて『しばらく遊びに出るの禁止』とでもなってしまったら。全てがパーになるのはお分かりですね?」
「うん」
「今日は早く帰って、ちゃんとお母さまに謝りましょうね」
「……分かった」
「いい子です」
何も彼だけの問題ではない。
母親が完全にキレたら、ジャンヌも元凶の不審者として通報されるかもしれないのだ。
保身も含めて、依頼の支障となるリスクは避けなければならない。
そういうわけで安全策をとった彼女だが、
教えておいたホテルへ来た3人に、
時すでに遅し
『レオが1週間学校以外の外出禁止を命じられた』
と聞いたのは翌日である。
「困りましたね」
昼まえ。
ジャンヌはホテルのラウンジで、3人にジュースを奢っている。
自身はコーヒー。
「こうなったら、あなたたちに全て伝えてしまいましょうか」
「え? 僕たちに解かせてくれるんじゃ?」
「急に焦るじゃない」
「いえですね?」
彼女は言いにくそうな顔をする。
しかし体は内緒話のように彼らへ乗り出す。
「こちらも商売ですから。滞在が長引くほど経費が掛かってですね。比例して請求額というものがですね」
世知辛いが仕方のない話である。
なんなら王国からジャン・バール島までの旅費ですでに子どもに払えるか怪しい。
ジャンヌがこっそり埋め合わせてもいいが、さすがにホテル代1週間はキツい。
仕送り以外にそんなことをしているから、彼女はいつも金欠なのだ。
純粋な思いで依頼してきた子どもたちに話したい話題ではないが。
慈善事業ではないのだ。
本作が古い少女マンガだったら、タシュがコマの外から
『“探偵ナ◯トスクープ”ぢゃないんだから』
とかツッコんでいるだろう。
ジャンヌが眉間にシワを寄せていると、
意外に彼らは困った唸りをあげるでもなく、
何やら3人でうんうんと頷き合っている。
「それは、大丈夫です」
ややあって、マイロが代表して答える。
「えぇ?」
その目には苦し紛れや強がりはなさそうだが、にわかには信じがたい。
「大丈夫ですか? 今だって結構な額ですよ?」
「はい。でもおじいさんは僕らに
『屋敷の好きなものをなんでも持っていってくれていい』
と書き残してくれました。
でも僕らが持って帰れるものなんて知れてるし、第一親にも内緒で遊びに行ってたから」
「なるほど?」
ジャンヌも話が読めてきた。
なんというか、大人になってから『もったいないことをした』と後悔しそうな話だが。
彼らはお金より取り返せないものを後悔したくないのだろう。
「だから、代金に見合うだけ。おじいさんの遺したものから、好きに持っていってください」
「そうですか」
頷き合っていたところを見るに、あらかじめ話し合っていたことなのだろう。
確かにあれだけの家があって、書斎だけでもあの豪華さ。
価値あるものが眠ってはいるだろう。
いろいろ言いたいことはあるが、
「では、そういう方向で。謎解きはレオさんの謹慎が解けてからにしましょう」
「近親?」
ジャンヌはそれを尊重しておくことにした。
「それではまた1週間後。それまでに誰かがまた親御さんを怒らせないように」
「「「はーい」」」
それでも一応経費を浮かせるために
彼女がホテルを引き払って、テイム宅で寝泊まりしたのは内緒である。
また、1週間という猶予ができたジャンヌは、あることを考えた。
「いらっしゃいませ! こちらは共和国電信公社です!」
「電報をお願いします。王国まで、『キングジョージ ウォースパイト通り 15 - 8 - 2』宛てで。内容は
『大至急送ってほしいものがある──
かくして1週間が過ぎた。
「まったく、エラい目に遭ったよ」
自業自得なのだが、レオンが愚痴を溢しつつ
4人は学校が終わるなり山を登り、お屋敷へ向かった。
するとそこには、
「こんにちは。ようやく全員揃いましたね」
玄関で一行を出迎えるジャンヌと、
「それは、そうなんだけど」
「えっと、揃ったっていうか」
「人数増えてない?」
「そちらの方は、誰なんですか?」
「どうも、タシュ・ケンジントンと申します」
軽薄でうさんくさそうな顔をした、若い男が待ち受けていた。
「ジャンヌの旦那です」
「ウソをつくなボケナス」
「ウソじゃないよ。自分の勤め先のトップを『大旦那』とか言ったりするだろ?」
「あんなカスみたいな規模の事務所で大旦那気取らないでいただきたい」
早速繰り広げられる、子どもの教育によくない会話の応酬に
「な、なんつーか」
「仲良いのね」
「そうなの♡」
「断じてない」
彼らはドン引きするしかなかった。
もっとも王国語での会話のため、内容は雰囲気で察するしかないのだが。
「そもそも私は『荷物を送れ』と言ったんです。リストに不快な男は加えていなかったはず」
「それなら問題ないね。僕は愉快な紳士だから。それに、荷物には荷物番が必須だろう?」
「無駄に旅費を掛けてどうするんですか。請求せずに、あなたの収入から天引きしてくださいよ」
「仕方ないなぁ」
もはや永遠に続きそうな勢いの会話だが、
「では早速謎解きを始めましょうか。上がってください。暑いでしょう? お茶も淹れてあります。とっておきの紅茶ですよ」
ジャンヌは急にそれを打ち切ってしまう。
彼女は4人を招き入れると、先陣を切って書斎の方へ。
「どうしたんだいジャンヌ。やけに急ぐじゃないか」
「もう8話になるのに謎解きが一つも進んでいないのは、さすがに大問題だからですよ」




