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6.友情に年齢差はない

「それでさ、オレら学校でそのこと話したんだよ。大人数で行った方がじいさん喜ぶと思ったから」

「そうでしょうね」

「でも全然集まらなかった。なんだかんだ、みんな親の言いつけを守るもんだ。単純に登山が面倒とか、知らないじいさんは怖いってのもいたけど」


 まぁ妥当なことだろう。


 大人はよく

『子どもは言うことを聞かない』

 というが、大抵は説明不足か要求が間違っているだけである。


 自分の頭で考え、妥当と理解できる内容なら

 子どもはむしろ絶対に逆らわない。

 それはまるで宗教のように。



 と考えるジャンヌが子育てをしたことはもちろんない。



 それはさておき、


「そんななか、ついてきたのが」


 レオンの言葉を遮るように二人のあいだに入ってきたのは、


「お茶がはいりましたよ〜」


 ポットとカップが載った盆を持つアリシア。


「脱水になるまえに飲みましょう」

「お茶があったんですね」

「はい。おじいさんが遺した茶葉があるので。水は井戸から汲めます」

「なるほど」


 察してはいたがやはり、くだんのアンディ・テイムは故人のようだ。

『遺産だけど遺産じゃない』という話も、なんとなく方向が見えてくる。


 ジャンヌが彼女と言葉を交わしているうちに、レオンは喉を湿らせたらしい。


「ついてきたのが、エルシとリーカの二人」


 さっさと話の続きに入る。


「エルシは本が大好きで、じいさんの小説を読んだことがあったらしい。リーカは、なんだっけ?」

「いいオンナには冒険が付きものなのよ」

「んま、マセちゃって」

「なによ」


 フェデリカは少しムッとした表情を向けるが、レオンが話を進めてしまう。


「それで4人で遊びに行ったんだ。じいさん、めちゃくちゃ喜んでくれて」


 最初は彼に語るを任せ、思い思いにしていた3人だが。

 話にメンツが揃うと、皆真っ直ぐにジャンヌへ目を向けている。


「書斎で本を借りたり、ボードゲームやカードゲームしたり。庭に出てパターゴルフやペタンクしたり、虫や花を観察したり」

「本当、いろいろしたね」

「おじいさんには悪いけど、覚えきれないくらい遊んだわ」

「でも全部楽しかったのは覚えてます」


 当時の記憶が今も胸に生きているような顔である。


 故人を偲ぶことが弔いになる、という価値観がある。

 小さい子どもたちがそれを知っているかは知らないが。


 ただ、たとえテイム氏が実の息子とは折り合いがつかなくとも、

 彼は幸せだったし、今も幸せだろう。


 ジャンヌは素直に思う。


「で、ある日、じいさんが足を悪くしたんだ」

「おや、それはそれは」


 ジャンヌがマイロへ目を向けると、彼はさっきから持っていたステッキを掲げる。

『これです』と示すように。


「うん。一人暮らしだしな。だからオレらも、日曜日に遊びに行くとかだったんだけど。それからは時間さえあればじいさん家に行ってた。いろいろ手伝うこととかあるはずだから」

「素晴らしいことです」

「当たりまえだよ」


 レオンは少し懐かしむ表情をする。


「ちょっとした力仕事だったら手伝ったり、杖に慣れないじいさんを支えたり。ご飯作るの手伝ったこともあったし、リーカは聖歌隊だから歌ったりもしたよな」

「それはお手伝いじゃないわよ」

「いいえ。喜びや楽しみを与えるのは、生きるうえで一番のお手伝いですよ」

「そっ、そう? えへへ」


 ジャンヌの言葉にフェデリカは照れて口角がニヨニヨしている。

 彼らの懐かしみは、別に介護から解き放たれた感慨とかではなく、

 これも美しい思い出なのだろう。


「そうなると、じいさんと遊ぶのも家の中でってのが増えてさ」

「まぁそうなりますか」

「だんだんと、エルシもお気に入りの書斎で『謎解きゲーム』が定番になってったんだ」

「『謎解きゲーム』」

「ほら、じいさんはミステリ作家だったから」


 レオンは勝手にデスクの引き出しを開ける。

 中から取り出したのは、


「だからクイズとか暗号とか、そういうのを作ってオレたちに出題するんだ」


 一枚の紙。

 そこには意味不明な文字列が大量に並んでいる一方で、


 右下に小さく『WON(今だ)!』と書かれている。


「ちなみにジャンヌはこれ分かる?」

「王国だと有名なものですね。右下がヒントになっていて、一見するとただの単語ですが。分解すると『W』に王国語で否定を意味する『ON(ノー)』が付いている」

「さすがじゃん」


 日本人の馴染みでいうと

『タヌキのイラストが描かれているので文章から“た”を抜く』

 と同じである。


「知的な遊びをなさる。しかも毎度こういうのを考えるとは、驚異的な頭脳ですこと」

「そうだろ? オレたち自慢のじいさんだからな!」


 ジャンヌがお世辞ではなく感嘆を示すと、レオンは素直に喜んだ。

 しかし、


 急にその表情が曇る。

 マイロ、フェデリカ、アリシアも同じように俯く。


 そうだった。

 この幸せは、永遠ではなかったのだ。



「一ヶ月まえ、じいさんが亡くなったんだ」



「……そうですか」

「オレたちの前じゃずっと元気にしてたから、病気だなんて気付かなかった」

「分かっていると思いますが、あなた方のせいではありませんよ」

「うん、それは大丈夫」


 レオンは沈痛な面持ちながら、しっかり頷く。

 ジャンヌが思う以上に彼らはしっかりしているようだ。


「それで、じいさんが亡くなったあとさ。オレたちへの置き手紙があったんだ。


『息子とは連絡もつかない』

『だからここにあるものは好きに持っていってくれるとうれしい』


 ってことが書いてあった。ウソじゃないよ。証拠がいるなら」

「いやまさか」


 意外に予防線を張ってくる少年に、彼女は苦笑してしまう。

 手で制し、先を促す。


 彼は気を取り直して続ける。


「だからじいさんの遺品整理をしてたらさ」


 と同時に、開けたままだったデスクの引き出しに視線を落とす。


「見つけたんだ」


 レオンの言葉に、その先を知っているはずの3人も背筋が伸びる。


 もちろんジャンヌとて、少年たちと老人の心温まる交流も嫌いではない。

 それでも『メッセンジャー』にとって重要なのは、ここからのようだ。


 レオンは引き出しから一枚の封筒を取り出す。



「じいさんからの、最後の『謎解きゲーム』を」

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