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4.♪山〜を越〜え〜 行きたくない

「それは」


 レオンが少し目を逸らすと、


「君、そんなこと書いたのか?」


 マイロが驚き半分たしなめ半分の声を出す。

 ジャンヌもそれを見逃さない。


「どういうことです?」


 すると


「ごっ、ごめんなさい!」


 先制で謝ってくるのは気が小さそうなアリシア。



「本当は全然違うことでお呼びしたんです!」



「あ、でも、まるっきりウソってほどでもない、はずよ!」


 フェデリカも慌てて援護射撃に入る。

 まぁ子どものすること。咎めるわけではないが、


「ほう。詳しく」


 ただただナチュラルに圧が強い鉄面皮のジャンヌが視線を向けると


「それは、現場に着いたら話すよ」


 レオンの目線がさらに逃げる。


「ほう、でしたら早くその現場に到着したいものですね?」

「じゃ、じゃあ自己紹介も終わったし、急ぐぞ!」


 リーダーだとしても年相応。

 ジャンヌが至近距離で顔を覗き込むと、彼は恐怖か照れか早歩きで先へ進む。


 その背中を性格の悪い笑みで眺めるジャンヌだが、


「ん?」


 よく目を凝らすと、このまま通りは脇道がある様子もなく、



 緩やかな上り坂のその先は、明らかに舗装されていない登山口へと繋がっている。



「えーと、ハイキングになる感じでしょうか?」

「そうよ! 楽しいわよ!」

「私、革靴なんですが」


 ジャンヌが嫌そうな声を出すと、意趣返しかレオンがブスッとした顔で振り返る。


「それはがんばってよ。早く現場に着きたいんだろ?」

クソガキ(Uoy diputs)……!」


 彼女は子どもに聞かせられない悪態を、通じないだろう王国語に変えて吐き捨てた。






クソガキ(Diputs)……!」


 山道の途中。

 ジャンヌは坂の先を見上げ、またも悪態をつく。


 登山道はまったくの獣道ではない。

 が、ハイキングコースというほど整備はされておらず、勾配も急に険しい。


 しかも真夏の快晴である。

 木で直射は多少遮られるが、とんでもない暑さに滝汗が止まらない。

 ジャケットなど、いっそ王国に置いてくればよかったと思うほどである。


 その状況でシャツの腕を肘までまくり、

 子どもの前で第3ボタンを解放するか迫られている大人の淑女(要審議)の前方を


「ジャンヌさーん! 早くー!」

「もうすぐよー! がんばってー!」

「置いてっちまうぞー!」


 木漏れ日の逆光の中、少年少女がスイスイ進んでいく。


「君たちはぁ、子どもだからぁ、そう元気だけどぉ!」

「ジャンヌもまだ若いだろ? がんばれよ」

「呼び捨てぇ? 生意気(Diputs)


 完全に頭脳労働の弱点が牙を剥く彼女に、


「ジャンヌ=ピエールさん、何か言いました……?」


 一歩後ろから声が掛かる。

 アリシアである。


「いいえ、なぁんにも言ってませんでございますよ。あと長いので『ジャンヌ』で大丈夫です」

「あ、はぁ」


 フェデリカと違って活発系でない雰囲気はあったが。

 やはりジャンヌと同じインドア派か、他3人のペースについていけていない。


「大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です」


 彼女は肩掛けバッグを重そうに掛けなおす。


「カバン、持ちましょうか?」

「いえ、そんな」

「遠慮せずに」

「自分で持ちたいんです」


 それでいて、意外に意思は硬いらしい。

 見れば足取りも、これで山歩き自体は慣れていない感じでもない。


 なのでジャンヌも、無理強いより話題を変える。


「大切なものが入っているんですか?」

「はい!」


 彼女は元気が湧いたように答え、わざわざ中身を取り出す。

 自慢げに突き出されたそれは、



「『Sel S()erut()neva() e’Ei() xua S()yap s()ed Se()llie()vrem()』……」



「思い出の一冊なんです!」


 共和国語でタイトルが書かれた、分厚い小説本だった。


「初めてお小遣いで買った本とか?」

「ちょっと違って。もうちょっと行くと、開けた場所に出てお屋敷があって」

「今向かっているところも?」

「はい! そこで初めてもらった本なんです!」

「よく行くんですか?」

「暇さえあれば! 4人で遊びに行ってました!」


 道中の登山がキツくとも、彼女にとって楽しいことなのだろう。

 息切れしつつも顔が明るくなる。

 が、


「あ、でも、内緒にしておいてくださいね?」


 すぐに少し不安そうな表情になる。


「秘密基地だから?」

「『危ないから』って、山に入るのは大人に止められてるんです」

「あー、ね」


 過保護かもしれないが、事実急で舗装されていない山道である。

 それだけでも不慮の事態はあるかもしれないし、


 子どもらしく興味本位で道を逸れたら、どこに逆落としがあるかも分からない。

 蛇や虫や毒草もあるだろう。


「なるほど。だからレオくんは親に正直に話さないのですね」

「半分くらいはそうです」

「ほう。もう半分は?」


 含みのある言い方をジャンヌが拾うと、


「んー」


 アリシアは頬を人差し指で突き、少し考える素振(そぶ)りを見せたが、


「ちょっと長くなるし、お屋敷に着いたらレオが話すと思います」


 と返すにとどめた。

 確かにここから長話は登山的にしんどい。



 まさか子ども相手に監禁とかされるとは思わないけれど



 こちとら大人である。

 ジャンヌも精神的余裕を持って、無理に深堀りはしないことにした。


 なお体力的余裕の方はハイキングで消し飛んでいることは勘定に入れていない。


 と、判断能力が壊滅した彼女を神が気遣ったか。


「おーい!」


 大声で呼ばれ、前方へ目を向けると



「着いたぞー! がんばれー!」



 上り坂の頂上で、レオンたちがこちらへ手を振っている。


 逆光でやたらと眩しい。






 そこは山の中腹か、やや上あたりか。

 延々と斜面が続くなか急にぽっかり現れた平面。

 陸上競技場くらいはありそうな広いスペースの


 その奥の方にポツリと、お屋敷が鎮座している。


 と言っても、貴族が住むような何階建てのバカでかいカントリー・ハウス

 という感じでもなく、

 ちょうど豪華な一戸建てとか、金持ちの別荘みたいな規模である。


 黒壁三角屋根の2階建て。

 玄関の左右が少しせり出しているタイプのよくある洋風建築。

 ささやかなバルコニーもあって、まとまりがよく品がいい。


 そのためか、庭が広いといえば聞こえはいいが、

 要は屋敷まで遠くデッドスペースが多い。


 登山で朦朧としているのもあって、なんだか不思議な光景である。


 しかしさらに驚かされるのは、


「じゃあ早く中に入ろう。日差しがキツすぎる」


 レオンがポケットを漁ると、中から出てきたのは


「鍵をお持ちなんですね」

「そりゃ、何度も遊びに来てるんだし」


 もちろん窓を割って忍び込むとか言われても困るのだが。


 それにしても、『遺産の金庫はウソ』という話だったが、

『まるっきり違うわけではない』とも言っていた。



「これが遺産だったりしませんよね?」

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