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2.意外な依頼人

「まもなく港へ到着となりまーす! 一度お降りになられますと、船内には戻れません! お部屋に戻られました際は、お忘れ物にご注意くださーい!」


 もうすぐ午前10時になろうかというころ。


 船員が大声でアナウンスしながら、甲板を行ったり来たり。

 その声を潮風で聞き流しながら。


 ジャンヌは手すりに頬杖を突き、船が進む先を眺めている。

 荷物はもうまとめたのか、足元に大きな木製のトランクを置いている。


 そんな彼女の長旅の終着点は、



 いかにも内陸海気候の日差しの下

 リゾートというほどではないが、遠目にも自然豊かな山や木々が見える

 やや小ぢんまりとした島。



「まさか、初めての『里帰り』がこんな場所とは」






 ジャン・バール島は内陸海に浮かぶ、共和国の島である。


 そう、共和国といえば、


 ピエール・オリヴィエ・リシュリューの住んでいた国。

 シャーロット・メッセンジャーが最初の夫と暮らしていた国。



 ジャンヌ=ピエール・オリヴィエ・メッセンジャーの、血の故郷。



 あくまで血であって、彼女自身は生まれたときから王国だが。


「ふう」


 港に降り立ち、島の土地を踏むジャンヌ。

 そう、この瞬間が、彼女にとって初めての共和国への『里帰り』なのである。


 もっとも厳密には、素通りとはいえ内陸海へ来るまでに共和国本土を縦断しているし、

 そもそもピエールの出身地ではないので縁もゆかりもないし、



 ジャンヌは周囲を眺める。

 少し陸側の方へ進めばマーケットが見える。


 そこでは獲れたての魚介を売る店に混じって、


 軒先にニンニクや唐辛子を吊るしたり、

 籠いっぱいにトマトやレモンを詰め込んでいたり、

 オリーブオイルなんかも売っていたり。



 長い歴史の兼ね合いで、長靴半島王国の文化が色濃い。


「さっぱり感慨がない」


 ジャンヌはつま先で石畳を叩くと、機嫌が悪い馬のように首を振る。

 ポニーテールが立て髪の揺れる彼女は、


「あー、こんにちは(Ruojnob)こんにちは(Onroignoub)


 あいさつの練習。

 ちゃんと共和国語で通じるか、日常語まで長靴半島王国寄りだったりしないか。

 それだけが気がかりであった。






 共和国領ながら、長靴半島と発展してきた経緯だろう。

 港や住宅街は共和国方面の西ではなく東や南に集まっている。


「日当たりがよろしいこと……」


 日傘を買おうか真剣に悩んだジャンヌの恨み節。

 タシュの言うとおりバカンスっぽい島には違いないが、彼女が求めていたのは避暑。

 日除けにはせずとも、彼を殴るために日傘が必要かもしれない。


 そんな凶暴性だけは休むことを知らないジャンヌが足を止めたのは、

 白壁に黒い木材の枠木、オレンジの洋瓦。

 おしゃれな2階建ての一軒家である。


 港から登山道の入り口までを3等分して、ちょうど3分の2まで来たあたり。

 結構な距離を、しかも緩やかな上り坂を延々歩かされた。

 やはりタシュを殴らねばならない。


 それは帰ってから実行するとして、今は目の前の仕事。


 ジャンヌはハンカチで額の汗を拭い、

 シャツのボタンを閉め、

 ネクタイの代わりに黄色いスカーフを締め、

 腕に掛けていたジャケットを羽織って前を閉める。


 準備を完了してからドアノッカーを叩くと、


『はーい!』


 快活な女性の声で返事がくる。

 それから1分と待たされることなくドアが開き、


「どちらさまでしょうか?」


 アラサーあたりのエプロンをした女性が現れる。

 ジャンヌは一度トランクを置き、ピッタリ15度頭を下げる。


「『ケンジントン人材派遣事務所』より参りました。『メッセンジャー』を務めます、ジャンヌ=ピエール・メッセンジャーと申します」

「はい?」


 いつもどおりの口上と、いつもどおりのリアクション。

 ここからまた名前いじりが始まるだろうと構える彼女に帰ってきたのは、



「えっと、何かご用でしょうか?」



「えっ」


 まさかの一度も言われたことがない想定外だった。


「何かご用、とは」

「いえ、言葉どおりの意味です、けど」


 ジャンヌが混乱すると、向こうも落ち着きがなくなってくる。


「ご依頼を受けて参上しましたのですが」

「してませんけど」

「『遺産の入った金庫のキーが分からない』と」

「えぇ? 知りません知りません。誰も死んでません」

「シーザーさんのお宅ですよね?」

「そうですけど」

「???」

「???」

「『ジャン・バール島サエッタ通り5ー7ー12』」

「それもここですけど」

「?????」

「?????」


 どうも話が噛み合わない。

 情報は合っているにも関わらず。

 お互い共和国語を話しているので、会話自体も成立しているはずなのに。


 お互い混乱の渦の中、先の結論を出したのは、


「……不審者?」

「そんなバカな!?」


 女性の方。

 ジャンヌ、このままでは見知らぬ土地にて警察に通報されてしまう。

 言葉は通じるし事情聴取には堪えられる、などと言っている場合ではない。

 慌てて弁明しようとすると、



「ママー! どうしたのー!? お客さーん!?」



 家の奥から、少年の声がする。

 続いてタンタンと力強い、しかしまだ体重の軽い足音。


「来ちゃダメっ! 危ない人がっ!」

「危険な人物ではないんですぅ。悪い人間ではありますが」


 ママと呼ばれた女性は必死に制するが、

 ジャンヌの弁明する気があるのかないのか、まさに不審な返事がなされるが


「ねぇ、もしかしてそのお客ってさ」

「レオン!」


 構わずその声の主が姿を現す。


 10歳になるかどうかくらいの少年。

 やや癖のある黒髪に、目鼻立ちのはっきりした顔。


 だが


「レオン! 早く奥に行ってなさい!」


 ジャンヌが反応したのは、彼の見た目ではなかった。


「……レオン?」


 そこに母の本能だろう。

 目の前の不審な女が、息子をターゲッティングしたことに気付く。


「もう帰ってください! 警察呼びますよ! 誰かーっ! 怪しい人がーっ!!」


 必死にドアを閉めようとするが、


「待ってママ! その人たぶん!」


 少年の方が止めようとする。

 一瞬だけ母親の気が取られた瞬間に、ジャンヌは隙間へ身を乗り出す。


「坊っちゃま」

「あっ!」


 もう彼女には母親など眼中にない。

 なぜなら


「坊っちゃまがレオン・シーザーさまでいらっしゃいますか?」


 少年は少し()()()としたが、すぐにジャンヌを睨み返す。


「そうだけど、『坊っちゃま』じゃない」

「失礼いたしました。では改めまして」


 すると彼女も少しだけ雰囲気が変わる。

 具体的に言うと、距離がある分顔や全体を大まかに見ていたのが、

 はっきり目と目を合わせている。



「坊っちゃまが今回のご依頼人でございますね?」



「だから『坊っちゃま』じゃないって」

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