1.ヴァカンスに行きたいのです
夏真っ盛り。
ここ『ウォースパイト通り』は人が減っている。
車のエンジンも馬も熱でやられ、さりとて徒歩も苦しい。
なので人が出歩かない。
加えてキングジョージの一等地だけあって、中流から上流階層が多い街。
バカンスをとって冷涼地へ避難する人も出てくる。
「私も避暑と洒落込みたいものです」
そのなかにあって、今日も狭い部屋に人とガラクタが鮨詰めの
『ケンジントン人材派遣事務所』。
自身のデスクに座るジャンヌは、何やら紙袋の中を漁っている。
「ここも世界で見れば冷涼地だよ」
一方タシュはデスクでペンを走らせている。
経費の計上か、どこかへ提出する書類でもやっているのだろう。
「ここはリゾート感が足りない」
「ゼイタクだなぁ」
「共和国人のヴァカンスに対する情熱を舐めてはいけません」
「でも君はもう王国民だからね」
なぜこの二人の会話はいつも
『宝くじ当たったらデカいクルーザー買ってあーしてこーして』
みたいな無益感が漂うのだろう。
たぶん万事テキトーな出まかせを言っているからである。
ただ、
「だったら私とバカンスへ行くかね? メッセンジャーくん」
それをガチにしてしまえる財力の持ち主がこの場にいる。
ソファで新聞読んでる金持ち、アーサーである。
「本当ですか?」
「悪いね伯爵。ジャンヌにしばらく長期休暇の予定はないのさ」
「血を吐いて死ね」
「ジャーンヌ。そんなこと言ってると、ますます遠のくよ?」
「これは私が事務所を買い取って、姫を救い出すしかないな」
「売らないからな!」
「姫は嫌です。手づかみでいけるパンを、ナイフとフォークで食べさせられるんでしょう?」
「どういうイメージなんだ」
結局はアーサーが入ったところで無益な会話になるようだ。
まぁこの3人くらいいなくなっても世界は回るのだから、そういうものだろう。
「まぁいいんですよ、休暇がもらえないことくらい先刻承知なのです」
なので話題も簡単に変わってしまう。
ジャンヌは会話で止まっていた紙袋漁りを再開する。
といっても、複数のものがゴチャゴチャ入っているでもないらしい。
すぐに動きと紙袋のバリバリ揺れる音が止まる。
「自分のケアは自分でするとします」
彼女が取り出したのは、ギリギリ手でわしづかみにできるサイズの木箱。
ほぼほぼ立方体である。
「なんだい? 氷かい?」
「ちっちっちっ」
タシュが首を伸ばすと、ジャンヌは人差し指を立てて振る。
アーサーも新聞を下ろして視線を通している。
注目のなか、彼女は箱をデスクに仰向けに置く。
正面の商品名などが入っている面が蓋になっているタイプのようだ。
「ふふふ」
ジャンヌは蓋をゆっくり持ち上げる。
手袋をしているので、さながら学芸員か何かである。
そのまま流れるように中から取り出されたのは、
「じゃーん!!」
「紅茶かぁ」
茶葉の入った缶。
彼女はそれを手のひらに載せ、顔の横へ持ってくる。
「どうですかどうですか」
「ジャンヌ小顔だね。缶が大きく見える」
「そういうこと言ってるんじゃないんですよ。お気に入りのブランドが出した、この夏限定フレーバーなんですよ。奮発して買ってしまいました」
「おおメッセンジャーくん。君は節約しているんだろう? 私に頼んでくれれば、そんな安物よりもっと上等なものを土嚢サイズで」
「あーやだやだ。どうして金持ちってのは品がないんだろうね?」
「血を吐いて死ね」
「その罵倒はブームなのか?」
ウキウキだったジャンヌの顔は一気に不機嫌に。
『こんな連中に話すのではなかった』
という態度を隠さない。
「で、それ何味なの?」
「えー、『ラム アンド ブランデー』」
「それ、おいしいの?」
「缶の裏に、『茶葉は香りが移りやすい。それぞれラム酒の樽とブランデーの樽で発酵させたものをブレンドしている』と書いてあります」
「いや、ラム酒とブランデー混ぜておいしいのかって」
「おまえには飲ませてやらない」
「いつもくれないじゃないか」
タシュはなおも茶葉について質問攻めする一方、アーサーは撤退。
読んでいた新聞に視線を戻す。
すると、
「いいじゃないか一口くらい……!」
「缶で殴るぞ……!」
「おぉ! なんだって!?」
「ん?」
「どうかしましたか?」
唐突に上がる驚きの声。
茶葉を巡って取っ組み合いしていた二人も振り返る。
「いやなに、新聞にとんでもないニュースが載っていてな」
「それが何かって聞いてるんだよ」
「あぁ」
彼は読んでいた面を二人の方へ向ける。
そしてご丁寧に当該の見出しを指で指し示す。
「あの考古学者のオーデン・ブルック教授が、全部ヤラせだったと判明したようだ」
「おでん……?」
「ブルドック……?」
「知らないのか。近年植民地での発掘調査で、奇跡の発見を連発していたじいさんだ」
「あぁ、あのドデカい三角がある砂漠掘ってた人か」
新聞が畳まれると、その向こう側に悲しそうなアーサーの顔が見える。
「どうやら出土した品のほとんどが、発掘調査の前日に自分で埋めたものだったらしい」
「どうしてバレたの。使い回し?」
「夜中に現場へ忍び込もうとして、警備員に見つかったんだと」
「あちゃー」
男子たちは歴史ロマンの崩壊をライトに惜しんでいる様子。
しかしジャンヌは途中で離席し、紅茶の湯を沸かしにいっている始末。
給湯フロアの背中にタシュが声を掛ける。
「君は興味ない感じかい?」
「はい。ヴァカンスに行くには暑そうなので」
彼女は振り返らずに答える。
男たちは顔を見合わせた。
「おい。まだバカンスの話をしているぞ。発音も妙に共和国語風で」
「共和国の言葉だしね」
「天国へバカンスさせられたくなかったら、少しは甲斐性を見せたらどうだ?」
「そうさねぇ」
タシュは短いため息をつくと、
「ジャーンヌ」
「なんでしょう」
「急にバカンスは上げられないけどさ、
それっぽい依頼なら回してあげられるよ」
縁がトリコロールで彩られた、なんとなく南欧っぽい封筒を振った。




