3.そうなるとこうなる
さて、一行が訪れたのは『キングジョージの聖蹟桜ヶ丘』ことキャンパーダウン。
ここにフィルのアパートがある。
時刻はもう昼になろうとしているが、昼食より先に案件が済むだろう。
というわけでやってきた一室は、なんてことのない普通のアパート。
近く結婚するとだけあって、男の一人住まいにしては片付いている。
引っ越し準備やら、あとは女性の影響で普段から整理されているのだろう。
ジャンヌからしても、部屋が荒れていないのは精神が安定した客の証拠。
椅子に座りテーブルに着き、お茶は固辞して待っていると、
「これが、彼女の形見です」
寝室に行ったフィルが戻ってくる。
テーブルの上に置かれたのは
「バレッタだね」
「なんの変哲もない、な」
「変哲があるわけないでしょう。というか邪魔です」
ジャンヌの左右に座る、タシュとアーサーが覗き込む。
いなくていいのについてきた挙句、仕事の妨害すらする。
あり得ない男どもである。
ジャンヌは二人の顔を、襖を開けるように左右へ押し除ける。
そこにあるのは、確かになんの変哲もない、花が密集したようなデザイン。
「なるほどな。女性ならカレシが元カノの遺品を持ってるなんて嫌だが」
「これなら引き出しに隠しておける。見つからないや」
「女性は勝手に引き出し開けたりしますよ」
「「「えっ」」」
女性側からの一言に、タシュやアーサーだけでなくフィルも顔色が変わる。
期待薄だが鍵付きの引き出しに入っていたことを祈るとして、
「では、こちらがカノジョさんの形見ということで」
「はい」
「今から読心のために素手で触れますが、よろしいですね?」
「はい」
確認も取れたので仕事開始である。
「では失礼して」
ジャンヌは右手首のホックを外し、白い肌を露出させる。
手袋の中で蒸された手が、外気に触れてひんやりする瞬間。
それが頭の切り替えとなり、
彼女はそっと、優しく撫でるようにバレッタへ指を下ろす。
そのまま瞼がゆっくり閉じられると、うるさかった男たちも息を呑む。
静かな空間の中にあって、ジャンヌの脳内だけがさまざまな記憶で溢れかえる。
フィルとピクニックへ出掛けたこと
フィルとお店でアイスを買って食べたこと
公園のベンチで寝てしまったフィルに膝枕をしてあげたこと
友人たちで集まってバーベキューをしたこと
そのとき周囲の目を盗んで、木陰で唇を重ね合わせたこと
次から次へと。
たくさんの幸せな思い出が溢れ、そのどれにもフィルの姿がある。
しかし、
「ふぅ」
ジャンヌは短く息を抜くと、バレッタから手を放す。
「どうだったんだい?」
すると依頼人より先にタシュが顔を覗き込んでくる。
マナーの悪さに彼女は一瞬顔をしかめたが、すぐフィルの方へ向きなおる。
「結論から申し上げますとね、
『金色の雨』なるものは見当たりませんでした」
「そう、ですか」
「一応雨が降った日の記憶もありましたが、本人がそうと認識している様子はありませんでしたし……何よりあなた自身は『見たことも聞いたこともない』とのことですし」
ここでジャンヌは一度居住まいを正す。
「このバレッタ、残っている記憶は必ずあなたとの外出です。いわゆる勝負服的な、そういう使い方をしていたのでしょう」
偶然逢瀬に出くわした戸惑いのような、惚気話を聞かされる困惑のような。
「ですので故郷の記憶とか、あなたが知らない記憶はありません。目の前のあなたに夢中なので、過去の記憶を思い起こしている暇もありません」
今度は逆にフィルが赤面して黙り込む番である。
もしかしたら、顧客に記憶が読めなかったことを責めさせない術かもしれない。
それ自体はこの際、それでもいいのだが、
「となるとジャンヌ」
「なんでしょう」
「この形見から読み取れないなら、あとは元カノの実家にでも突撃かい?」
「そうなりますね」
ジャンヌはテーブルに右肘をつき、軽く乗り出す。
「というわけでデービットソンさん。ご案内いただきたいのですが」
しかし、
「それはちょっと、難しいかと」
「はい?」
「彼女のご両親はもう南半島王国へ帰ってしまっていまして。
王国で住んでいた家には別の人が入居してますし、入れるかどうか」
「え、えぇ……」
「ねぇジャンヌ、そうなるとさ」
ジャンヌと左に座るタシュは顔を見合わせる。
彼女は困惑の表情を浮かべている。
古い漫画だと瞳がペケや十字で描かれていそうな感じ。
「あまり聞きたくないのですが」
「でも言うのが僕の仕事だから」
「聞くのは」
「君の仕事だから」
今度はすがるような顔をしている。
だが無慈悲に仕事を告げるのも彼の仕事である。
「でさ、
これって南半島王国に行かないと解決しないよね?」
「うわあああああああああああ!!」
今度は表情が絶望に染まる。
顧客の前で失礼極まりないリアクションである。
が、彼女は海千山千『メッセンジャー』。
こういうときの言い逃れ方法も承知している。
「いやしかし、海外出張となると経費も嵩みますし! その分請求額も上がってしまう! デービットソンさんがそれをお認めになるかは!」
しかし、
「かまいません。お金は貯めておきました」
「でももうすぐご結婚ですよね?」
「そちらの費用は、義実家が『娘のために』と出してくださるそうで」
「でしたら、もうご自身で直接現地に行かれた方が!」
「私は準備も仕事もありますし、忙しいので」
「ジャーンヌ。『できるできない』もそうだけどさ。『時間がないから代行を頼む』っていうのも当然だろ? この業界の基本だよ?」
「そうでしたね!!」
実働はしないタシュに対し、食い殺すような表情を浮かべるジャンヌだが、
「まぁまぁ。顧客の前で『旅行気分』とは言えないけどさ。海外出張も貴重な体験さ。悪いもんじゃないよ」
「あいにく私はインドア派でしてね!」
「ドア女かな?」
「くっ!」
朝の罵倒を切り返されては完全敗北、もうどうしようもない。
無言で肩をいからせる彼女に、ここまで黙っていたアーサーがボソッと囁く。
「今回の依頼、『そう難しくはなさそう』、なんてことはなかったな」
ジャンヌはもう項垂れるしかなかった。




