6.『メッセンジャー』は変装を見破る
翌朝。
「で、どうだったんだい? ジャンヌ」
彼女が事務所に姿を現すと、デスクのタシュは早速首尾を聞いた。
しかし
「……」
「ジャンヌ? ジャーンヌ」
彼女は青い顔で答えない。
「どうしたのさ」
その後もジャンヌはぎこちない動きでデスクにカバンを置き、
湯を沸かし、ポットとカップを温め、
茶葉を投入すると
「相思相愛でしたよ」
席に戻って、ようやくボソッとつぶやく。
「おや、そうだったの?」
「『食べちゃいたいくらい』と」
「いいじゃないのさ、お熱くて」
「燻製機も作ったそうですよ」
「ん?」
「あ、忘れ物しました。ちょっと取りに帰りますね」
「いや、待って待って」
彼女はタシュを置き去りに、事務所をあとにした。
そのままジャンヌが事務所のドアから外へ一歩出たそのときである。
「あ、昨日のバーテンさん!」
「あっ」
ちょうどそこに、出勤中だろうMs.リーが。
「お、おはようございます」
「奇遇ですね! 昨日はありがとうございました!」
「いえいえ」
露骨に目を逸らすジャンヌに対し、彼女は顔を寄せてくる。
「あぁ、昨日も思ったけれど。やっぱり明るいところで見ても、キレイなエメラルドの瞳だわぁ」
「あ、ありがとうございます」
「本当にステキ。
よかったら今度、ウチに食事にいらっしゃらない?」
「極めて遠慮させていただきます」
「遅くなりまして」
「おぉ! お待ちしておりまたぞ! 全員動くな!!」
ある日の夜23時。
大豪邸の広間。
ジャンヌが一歩踏み入れると、スーツに中折れ帽の中年が声を張り上げる。
それと同時に、その場にいた全員が動きを止める。
8人で固まっている、立派な身なりの老若男女と
部屋の中央、台に載せられた豪華なチェスト。
それを包囲する屈強な男たち数十名。
中年の部下であり、警官隊である。
ジャンヌが中年、アダン警部に向かって歩を進めると
「ようこそいらしてくださいました、メッセンジャーさん!」
彼からも歩み寄る。
警部は胸ポケットから一枚の便箋を取り出し彼女へ手渡す。
そこには、
「『本日より1週間後、日付が変わるちょうど。
おたくが所有しているアメジスト
『ヴァイオレットの庭』
をいただきに参上します。
怪盗ルカン』」
彼は黙って頷く。
ジャンヌも話は聞いている。
今日がちょうど、予告状が届いてから1週間。
指定された『日付が変わる』まであと1時間。
警部は少し間を置いてから、まず男女8人の方へ手を向ける。
「あちらが今回標的にされた『ヴァイオレットの庭』の所有者、フレッチャー氏。そのご家族と使用人の方々」
それから手を部屋の中央へ向ける。
「そして『ヴァイオレットの庭』はあそこの箱の中に。箱は台座に固定されており、鍵はフレッチャー氏が。さらに周囲は30人の警官で固めてあります」
「万全ですね」
彼女はそこそこ社交辞令ではない感想を述べるが、
「いや、さにあらず」
警部は額にシワを寄せる。
「この怪盗ルカンというのがですな。とんでもない変装の達人なのです」
「ほう」
ジャンヌもミラーリングのように眉を逆八の字に。
「ヤツの手口はこう。まず指定した時間より早めに現地入り。それから警戒網をくぐれる人物に変装し、お目当てに近付く。あとは何食わぬ顔で過ごし、予告時間になると同時に騒ぎを起こして掻っ攫う」
「思った以上に巧妙な」
「えぇ、お恥ずかしながら、我々キングジョージ署も連敗続きなほどには」
警部は少し肩を落とすが、すぐに右拳へ力を込める。
「ですが本日、その記録は止まるのです!」
それから左手で、彼女の肩をパンと叩く。
「そのためにメッセンジャーさんをお呼びしたのですから!」
「はぁ」
彼はもう一度、今度はその場にいる全員を撫でるように手で指す。
「今までのやり口からいって、ヤツはすでにこの場にいる可能性が高い! なので!
今からメッセンジャーさんに、読心で見破っていただこうと思います!」
「なるほど?」
ジャンヌは手袋を外すまえに、軽く一同を見回す。
「警部」
「なんでしょう」
「まず、ルカンの体格について教えていただいてもよろしいですか?」
「体格?」
「えぇ」
警部は一瞬『何を言っているんだ』という顔をしたが、断る理由もない。
「ヤツは小柄で細身の男です」
「そうですか」
ジャンヌはうんうん頷きながら、もう一度場にいる人間を確認する。
「まず警官隊の皆さん、背の順で並んでください」
「はいっ!」
さすがは警官。威勢のいい返事とともに、あっという間に整列する。
それを眺めたジャンヌは、
「全員一度、壁際に退がってください」
「なっ、メッセンジャーさん?」
「それからフレッチャー家の皆さんで、ご長男と次男さんでしょうか。あとは家礼さんと、そこの小さいマドモアゼル。あなた方も壁の方へ」
「これは」
残されたメンツを見て、警部が小さく声を漏らす。
すると彼女も頷いてみせる。
「小柄な男であれば、だいたい私と同じくらいでしょうか」
「えぇ」
「と考えた場合に、極端に体格さがありすぎて変装できない。もしくは盗むにあたって動きに支障が出るレベルの細工を必要とする。そういった方をまず省きました」
「なるほど」
「では残った皆さん、失礼」
ジャンヌはゆっくり近付いていく。
フレッチャー氏
フレッチャー夫人
長男夫人
メイドが2名。




