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3.『メッセンジャー』は修道院に入る

 ある夏の日の朝。

 ジャンヌがいつものように事務所へ出勤すると、


「おや、それは」

「へへー、いいでしょ」


 タシュのデスクの隣に、ロッキングチェアが置いてあった。

 彼はその背もたれへ自慢げに手を置く。


「どうしたんですか、それ」

「行き付けのジャンクショップで売り出しててね。安かったしつい」

「狭いのにまたガラクタを増やした、と」


 しかしジャンヌの反応は冷たい。

 すでにそちらを見もせず、自身のデスクに書類カバンを置いている。


「ガラクタじゃないよ! 全然座れるんだから! 君にはこの王国紳士らしい、優雅さ溢れるロマンが分からないのか!?」

「血の半分が共和国淑女なので」


 とは言いつつ棚へ向かい茶葉を取ろうとする彼女に、タシュは()()()と歯を剥く。


「そんなこと言うジャンヌには座らせてやんないからなー!」


 が、効果なし。


「私中古品はダメなんですって。古本は買わないって話しませんでしたか?」

「あー」

「あと!」


 かと思えば。

 一転ジャンヌは肩をいからせ、顔を真っ赤にして怒り出す。



「もうお忘れですか!? このまえの依頼も!!」











 南北に長い王国の、それも結構北の方、ノーサンバーランド市。

 その人里から離れた山の中腹にそれは建っている。


 聖サリー修道院。


 俗世を離れ、神に身を捧げた修道女(シスター)たちが暮らす、尼僧院である。


 昼過ぎの夏の日差しの下。

 小ぢんまりとしつつも品のいい門前にジャンヌは立っていた。


 ここが今回の依頼に取り組む現場である。






「この暑いなか、ようこそいらしてくださいました」

「いえいえ」


 院長室、とは言うが机と椅子と本棚があるくらいの質素な一室。

 ジャンヌを出迎え、ここまで案内してくれたのは院長自身である。


「こちらは南部より全然涼しい」

「それはようございました」


 彼女はゆっくり椅子に腰を下ろす。

 年配だけあって年季の入った顔や手をしているが、動きはなお健在のご様子である。


 俗世から離れるとなると、多くのことは自給自足。

 畑仕事やヤギの世話が、充実した肉体を作り上げるのだろう。

 都会でヒョロヒョロ生きているジャンヌには縁遠いことである。


 あまりそこを説法されても困るので、彼女は椅子に座るなり本題へ入る。


「それで、シップスさんご一家は」

「15時か16時のあいだにはお見えになると」


 シップスさんご一家。

 それが今回の案件に大きく関わってくる人々


 というか、本当は彼らが依頼主である。


「まったく、シスターメリッサの体も冷えないうちに」

「冷えてからでは遅い問題でもありますし。そうだ、事前に()()()()は伺っているのですが、詳しくお聞きしても?」


 ジャンヌが居住まいを正すと、


「よろしいでしょう」


 院長も正す。



「当院にはメリッサ・シップスという姉妹がおりました。それはそれは明るく、快活な子でございました」


 楽しい思い出があるのだろう。

 明るく話す彼女だったが、すぐに眉が暗くなる。


「しかし、つい先日のことです。ミッシーは雨の中、迷子になった子ヤギを探しに行き


 高熱を得て()()()()神の御許(みもと)へ召されてしまいました。

 まだ17という若さでした」


 いくら信仰心が(あつ)かろうと、死は痛ましいことなのだろう。

 しかしジャンヌは話を進める。



「すると、その遺体をめぐってご実家と悶着になった、と」



「はい」


 先ほどまで暗かった表情が、今度は多少ムッとした感じに。


「シップス家の方が、


『メリッサの遺体を引き取り、一族代々の墓に入れる』


 と言い出したのです」


 ジャンヌは小さく頷くだけ、意見は挟まない程度にとどめる。

 普通ならシップス家の申し出におかしいところはないのだが、


「俗世を離れ修道院に入ったからには、その身はもう神のものです。弔われるのも当然ご実家ではなく当院で、というのが規定でございます」


 そう、これは宗教の、出家した、特殊なケース。


「冷たいように聞こえるかもしれませんが、『俗世を離れる』とはそういうことなのです」

「分かります」


 ジャンヌの相槌もやや適当に聞こえるが、

『言ってることおかしいけど迎合しとくか』

 というものではない。


 しかし、


「そうご説明したのに、理解していただけず……。どころか



『娘を修道院にやったのは教育のためで、どのみち近いうちに連れ戻す予定だった』



 などと!」


 憤慨する院長だが、


 実はこれもめずらしいことではない。



 修道院は戒律も厳しければ日々の修行もストイック。

 精神的に鍛えられることは事実である。


 よって半ば更生施設的に扱われることもあるし、

 何より



『修道院育ち』は結婚の市場で有利になる。



 厳しく育てられたり教義だったりで礼儀作法と忍耐、従順さがあるし

 変な話、男と遊ぶこともないので処女性が担保されている。


 今なら時代錯誤だが、この時代の『良妻賢母』像にピッタリなのだ。


 ひと昔まえの『女子高女子大卒』に抱くイメージみたいなものである。


 なんなら進んで上流階級ご用達になっている院もあるほど。



 これはこれで、ジャンヌからすれば平等に



 まぁ、そういうこともあるでしょうね



 程度の話である。


 しかしこの院長は、そうはいかなかったようである。


「大変な冒涜ですが、今はそんなことで言い争っている場合ではないのです!」

「でしょうね」


 またジャンヌは頷くだけで口には出さないが、

 さっさと決めて埋めてやらねば、若き乙女の骸が腐ってしまう。


「しかし先方は、『勝手に埋めたら訴訟する』とまで」

「ははぁ」


 彼女からすれば他人事なので、

 そうまでして先祖代々の墓に入れたがる遺族も

『戒律戒律!』と譲らない修道院も


『そこまで執念燃やさなくても』


 としか思わないが、


「そこで向こうの親戚だという人が言い出したのです。



“それなら、ミッシーがどっちに埋葬されたがっているかで決めればいい”

“それが分かる手段がある”



 と」


 それで仕事をいただけるのなら、得ではあるので黙っておく。






 さて、シップス一家が到着したのは15時半をまわったころ。

 院長は門前まで出迎えたが、応対というよりはバチバチの迎撃である。


 ジャンヌはなんとなく院長についてきて右に立っていたが


「……」

「……」

「……」


 車から降りるなり睨み合う両者。

 巻き込まれたくなくて一歩右へ離れる。


 その動きが目立ったのだろうか。


「あなたが『メッセンジャー』さん?」


 シップス家の先頭に立つ、オールバックの中年が渋い声を出す。

 地声というより緊張の影響が出ている感じ。


 ジャンヌにそれをほぐしてやる義理はないが

 自分のやりやすさというのもある。

 一応柔らかい雰囲気を心掛けて頭を下げる。


「はい。『ケンジントン人材派遣事務所』より参りました。ジャンヌ=ピエール・メッセンジャーです」

「おや、『メッセンジャー』とはお名前でしたか。てっきりそういう役職か何かかと」

「いえ、それで間違いありません。『メッセンジャー』を務めます、メッセンジャーです」

「んん?」

「雇い主が愚かなもので。へへへへ」


 狙いどおり定番のやり取りも挟んだが、


「へへっへ……」

「……」

「……」

「……」


 この状況で笑いを取れるジョークにはならなかったらしい。


「……こちらへどうぞ」


 空気は一切和まないまま、院長の案内で一行は裏手の庭へと向かった。

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