5.月並みなお話
「えっ!?」
反射的に大声を上げたのはハッターである。
それはそうだろう。
『話が違うじゃないか!』
なんて叫ばなかっただけマシなくらいだ。
だがその分、はっきり見開いた目をジャンヌに向けている。
しかし彼女はお構いなし。
「私もカミーユさんの最期を拝見しました。正直に言いますと、彼女は薬で眠らされ、事件に関する記憶や感情はありませんでした」
「……そうか」
「おぉ」
ハッターが『おしまいだ』というように顔を手で覆う。
タシュとアーサーも黙って成り行きを見守ってはいる。
が、動揺は汗となって流れている。
「ただ」
一方で、ジャンヌも一度言葉を区切る。
顔や声色には出ないが、反芻するあの日の感情が
「あれを見て
『被害者にもし聞けたとして、復讐は望まないだろう』
とか
『怒りを覚えた身内に対して、“復讐するな”と言う』
などとという想いは、さらさら持てません。
えぇ、もちろんこれは『メッセンジャー』の職業倫理を超えた、個人の勝手な意見です」
素直なものであること。
兄弟どちらの側に立った発言でもないことを物語っている。
「復讐をしない選択、止める選択、どちらもおかしいとは思いません。それはただ個人の信条や心の強さの問題です。そこに上下も優劣もない」
「てことは」
ここでタシュが口を挟む。
「結論、『めいめい好きにやりなさい』ってことかい?」
曲がりなりにも彼女は、依頼を受けて、他所の家庭の一大事に介入している。
その挙げ句がこれでは問題である。
状況もデリケートなだけに、相手がどうブチ切れるか分かったものではない。
なのでジャンヌが言ってしまうより、自分がワンクッションに入ったのだろう。
すると彼女の方も、
「まぁ世の中多くのことは、そう言ってしまえば片付くんですけども。そうはいかないものですよね」
そこは心得ているらしい。
横からの言葉にもペースを乱すことなく、落ち着いている。
「だから親も先生も、『相手の気持ちになって考えなさい』というわけです。そしてそれは、私などよりご家族であるあなた方の方が、よっぽどできるはず」
ジャンヌはハッター、それからマシューへと、じっくり目を合わせる。
ハッターは何も言わなかった。
少し直立の体が揺れるくらいである。
しかしマシューは
「分からんね」
食いしばった奥歯が見えそうな表情で彼女を睨む。
「カミーユの気持ちになって考えたから、オレは復讐するって言ってんだ。それが間違ってないのはアンタもさっき認めただろう」
「えぇ、望んではいると思います」
「だったら」
「それはあなたの幸せよりでしょうか」
その彼が一瞬で黙る。
「復讐を望まない被害者はいないでしょう。でもあなたなら、あなたが思うカミーユさんならどうですか?」
「それは」
「片手間で終わって罰金2万円で済むならともかく。
そのために何年も費やしたり、人生を棒に振ってまでしてほしいわけはない」
盲点を突かれたのではない。
なんならここ数日で、兄から一番聞かされたような話である。
「復讐は虚しいだけ、とは言いません。
ただそれはマイナスになった人生が、最大でも0に戻るくらいです。
プラスに、あなたを幸せにするだけの価値はない。
どころか、さらに何かを失う可能性もある。
それに時間を費やすくらいなら。そのあいだにプラスを積み上げる方がよっぽどいい。そうは思いませんか?」
「……」
「家族が家族に願うことは、いつだって幸せになってくれること。あなたの妹さんも、そういう人ではありませんでしたか?」
むしろそれが一番分かっているから、何も言わないのだ。
月並みで、当たりまえで、真っ直ぐで、
だから間違いない。
卑怯な言い方をすれば、反論が妹の家族愛を否定することにもなる。
「先ほど所長が『めいめい好きにやればいい』と申しました。あなたも好きにすればいい。
ただ、妹さんの想いを理由にするのであれば。
あなたが取るべき道は逆です」
ジャンヌは一呼吸入れると、
「私からは以上です」
淡々と話を切り上げる。
言いたい放題の内容ではあったが、誰も何も言わなかった。
別に説き伏せられたとかではなく、
『そのとおりだ』とも『違う』とも言えない
ただ答えのない話だからだろう。
なので誰も引き留めたりしないうちに、
「ではもう引き上げましょうか。もう言えることは言いましたし、これ以上は無駄なお説教です。いえ、すでに結構、ね」
彼女は席をたち、さっさと玄関へ行ってしまう。
「おっととジャーンヌ」
するとタシュとアーサーもそのあとに続く。
まぁ彼らだけ残っていても、しょうがないのは事実である。
あとに残されるのはカーゼン兄弟だけになるが、
「兄貴」
「あ、おぉ、なんだ」
「少し、一人にしてくれ」
「……分かった」
ハッターもおとなしく引き上げ、残るのはマシューのみ。
前半の荒れように比べて、本日の案件は存外静かな幕切れとなった。
「メッセンジャーさん、本日はありがとうございました」
一行がアパートを出たところでハッターは追い付いた。
ジャンヌは振り返って、曖昧に微笑む。
「どうでしょう。お役に立てましたやら」
「もちろんです。私ではいくら言っても、アイツは聞く耳を持たなかった」
彼としては、大満足の結果
「同じことを伝えるのでも、私に言われるのと他人とでは違いますね」
というか、他者に依頼した自身の慧眼と思うのだろう。
その言葉に彼女の目が細まる。
『馬鹿にしている』とか『冷めた』とかではないが、何やら薄っすらしている。
「別段これは、他人だからとか身内だからではないですよ」
「そうなんですか?」
「えぇ」
ジャンヌは一度アパートを見上げる。
だいたいマシューの部屋があったあたり。
「私は最初に『復讐を望んではいると思う』と言った。それだけです」
「……意見を肯定して一旦宥める?」
「そんなんじゃないですよ」
ハッターがつぶやくと、彼女はゆっくり振り返る。
「言ったではないですか、『相手の気持ちになって考えなさい』と。アドバイスや忠告がそう受け取ってもらえないのはそこです。
相手の意見にも寄り添う姿勢を見せなければ、
最初から自分の意見に同調させるのが目的なら。
それはただのディベートや侵略になります」
「ふうん?」
彼のリアクションは分かったような、分かっていないような。
ただ、
「まぁなんにせよ、やはりプロに頼んで正解でした!」
一件落着と笑うハッターに
「さぁ、どうでしょう」
ジャンヌは曖昧に笑い続けるだけであった。




