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4.家族としての怒り、兄弟としての怒り

「こちらの女性がメッセンジャーさん」

「『ケンジントン人材派遣事務所』より参りました、ジャンヌ=ピエール・メッセンジャーです」


 ジャンヌも人として丁寧に頭を下げるが、マシューは真面目に見ていない。

 椅子に斜めでドカッと腰を下ろす。

 食卓に左腕を置くと、振動で横倒しのワインボトル2本が転がる。

 中身は(から)らしい。


「おい兄貴。『女性だ』っつってたけど、ジャン=ピエールは思いっきり男じゃねぇかよ。そりゃ確かに、どっちにも見えるけどさ」

「ジャン()=ピエールです」

「こりゃ失敬」

「マシュー、美人相手でも女性の見た目に言及するのは」

「いいんですよ。母が男性名(ピエール)など付けるのが悪い」


 ハッターは先ほどから空気をなんとかしようと苦心している。

 それだけに今のやり取りにはハラハラした表情を浮かべる。

 彼はジャンヌにとってこれは日常であることを知らない。

 表情や声色も常にロウで、特別気分を害した結果ではないことも。


「てか、『メッセンジャー』『メッセンジャー』言ってたが。職業じゃなくて名前だったのかよ」

「いや、『メッセンジャー』をなさっているメッセンジャーさんなんだ」

「雇い主が愚かなもので」

「へっへ」


 ヘラヘラするタシュを振り返って睨む目付きには、ちゃんと殺意がある違いも。



 とりあえずのあいさつも終わり、ジャンヌが椅子に座ったところで。

(男3人は椅子が足りないので立っている)


 ハッターとしては早く終わらせたいのだろう。

 この空気も、肩の荷も、胸の(つか)えも。


「それでだな、マシュー。今日メッセンジャーさんに来ていただいたのは」


 早速本題を切り出す。

 しかし、


「そいつが本当に、カミーユの声を聞けるってのか? バカバカしい」


 上から被せられてしまう。

 内容自体は至極真っ当で会話にもなっている。

 ただ、どうにも先ほどから主導権が取れない。


「なんてことを言うんだ! この人の能力は本物だ! だから」

「お気持ちは分かります。そういった方にはデモンストレーションをさせていただいていますが、いかがでしょう」


 ジャンヌも加勢に入るが、


「そういうことじゃねぇんだよ!」


 マシューはテーブルを強く叩く。

 ワインボトルが一本床へ落ちて、鈍い音を鳴らす。


「しつこいんだよ! 毎度毎度!」

「マシュー! オレはただ!」

「だいたいカミーユのこともオレがどうするかも、広げても家族の問題までだろ! そこに他人まで挟みやがって!」


 そのまま彼は兄の反論を待たずに、怒りの籠った目をジャンヌへスライドさせる。


「そこのアンタも! 『記憶が読める』ってんなら、カミーユがどうやって殺されたか知ってんだろ?」

「はい」

「だったら話は早ぇ! ヤツはまだ12の妹を、尊厳を踏みにじって殺した!」


 それでは感情が治らず、立ち上がって大声を張る。



「それがどれだけ残虐なことか、見たアンタなら分かるだろ!


 そいつが今度、のうのうと生きてムショを出る!

『残虐だから』で切り裂き魔は死刑になったのに、アイツは許されて生きている!

 妹をあんな目に遭わせたことが、残虐でもなく許せることだと言われている!


 それを家族が許せると思うか!?」



 さらにはテーブルを叩き、彼女の方へ乗り出し顔を突き付ける。


「それを部外者のアンタが、あれこれ口出ししようってのか!?」


 威嚇や脅しの意図はないだろうが、もう勢いが止められないのだろう。


「マシュー! やめないか!」


 これにはハッターも声を上げる。

 あと少し割って入るのが遅ければ、

 普段見せない形相のタシュとアーサーが、マシューと衝突しかねないところだった。


 しかしヒートアップしている人間を宥めようとするのは逆効果だったりする。


「おまえが言えたことかよ! おまえにこそ腹が立つ! どうして他人なんかにカミーユの最期をほじくり返させる! おまえはカミーユの苦しみを晒しものにしてるんだぞ! もう一度あの子を殺しているんだぞ!」

「っ」


 これが兄弟だけでの言い争いなら、なんとでも言い返せたかもしれない。

 しかし、一度ジャンヌからも忠告されたことであるがために


「オレはただ、おまえのために」


 どうしても歯切れの悪い反論しか出てこない。

 しかしそれならいっそ、黙っている方がマシな場合もある。


「何が『おまえのため』だ! いつも兄だなんだつって自分の意見をエラそうに押し付けてくるだけだろうが!」


 完全に形勢が決まってしまった。

 それでいて上からとも取れる物言いが火に油を注ぐ。


「いいかよく聞け! たとえおまえの言うことが正しかろうとな!


『オレの意見だけが絶対に正しい』

『おまえは下なんだから黙って従え』


 なんて態度のご忠告が、人のためになるとは思わねぇ!」


 マシューはいよいよ手を付けられないレベルで荒れている。


「メッセンジャーくん。彼は帰ってほしいようだ。こちらもいる理由がない。さっさと引き上げ、どこかでお茶でもしよう」

「そうだね。それがいいや。カーゼンさん、我々じゃお役に立てないようだ。お代は結構だから、今回の依頼はここまでってことで」


 タシュとアーサーも機嫌がよろしくないのを隠さず、ジャンヌの肩を叩く。

 確かに彼らは相手が暴れたらガードするために来ている。

 だが何も、ジャンヌが危険に晒されるのを待つ必要はないのだ。


「そんなっ」


 依頼を断られたことも、この状況で放り出されることも大変だろう。

 ハッターが狼狽えた声を漏らしたそのとき、


「マシューさん」


「あ!?」


 ジャンヌが静かに切り出した。

 仕事柄、琴線に触れられた相手が騒ぐことには慣れているのだろう。

 彼女は先ほどから椅子に座ったまま、終始()()としている。


「まだなんかあんのか!」

「私からは何も、というわけではないのですが」

「じゃあなんだよ」


 ジャンヌは一度ハッターの顔へ視線を向ける。


「兄からの言葉が真心と受け取れない。男兄弟にはよくあると聞きます」


 それから今度はタンスの上へ。

 あまり物が多くない部屋だとは前述したが、


 そこにはちゃんと、写真立てと花瓶の花がある。


「では、妹さんからの想いはいかがでしょうか」


「はぁ!?」


 反射的に怒鳴るマシュー。

『おまえが妹のことを語るのか』という思いもあろう。

 しかし、


 それとは裏腹に、


「そうだったな。アンタはそういうのが読めるとかなんとかだったな」


 挑発気味ではあるものの、彼女と目を合わせて椅子へ腰を下ろす。


「じゃあ何か? アンタが読むところによると、『カミーユは復讐を望んでいません』ってか?」


 その言葉でハッターの体に力が入ったのを、見ている人がいれば察しただろう。


 そもそもこの話をしに来たのだ。


 そして、計画があって、言い含めておいた口裏がある。



 手筈どおりに……



 彼が訴える横目に、ジャンヌは感情の読めない横目を返す。


「そうですね」


 それから視線をマシューに戻し、一度鼻で深呼吸をすると、



「正直、望んではいると思います」

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