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9.伯爵の選択は

「えー!? それで帰ってきたのかい!?」


 ジャンヌがオーディシャスでの仕事を終えて3日後。


 朝のウォースパイト通り、『ケンジントン人材派遣事務所』。

 その玄関前。


 タシュは牛乳瓶片手に目を丸くする。


「こぼれますよ」

「あぁ、うん」


 彼はいそいそと、もう一方の手に持ったパンを齧る。

 朝食中だったのだ。


「でも言いたい放題した挙句に『選ばなくていいんじゃない』なんて。向こうさん怒って支払い拒否したりしないかな」

「そうなれば訴訟ですね。がんばってください」

「気軽に言ってくれるなぁ」


 ジャンヌの方はというと、書類カバン片手に平然と腕時計をチラ見している。

 今は帰ってくるなり、また次の依頼へ向かうべく馬車を待っているところ。

 過ぎたことなど、どこ吹く風。


「それより。私が向こうへ行って帰ってくるまで、一週間以上の時間があったというのに」

「それがどうしたのさ」


 なんならそれより気になることがあるご様子。


「余計なものを整理するどころか増やして」

「あぁ、あの木像ね。鹿人間っていうんだ。森の王なんだって」

「しかし掃除はせず」

「大丈夫。まだそんなホコリ溜まってない」


 悪びれない返事に、ジャンヌはつま先で石畳を叩く。

 まるで機嫌の悪い馬のような。


「夕方です」

「夕方?」

「依頼から帰ってくるまでに、雑多なものを減らし、掃除していなければ……」

「ば?」

「代わりにおまえの内臓が減る」

「ヒエッ」

「代わりに溜まったホコリを詰める」

「ヒョエッ」


 しかし、こんなこと日常茶飯事なのだろう。

 ドスの聞いた声も彼にはまったく効いていない。


「いいかいジャンヌ。夫や子どものものを勝手に捨てる女性は家庭不和を引き起こすんだよ? 改めておくれ」

「あなたには関係ない」

「何言ってるんだい、将来僕は君の夫になるんだから」

「もういい今殺す。内臓抜き取って今殺す」

「怖いなぁ」


 内臓は別にしても、いつか刺されそうな。

 そんなヘラヘラ具合でタシュがかわしていると、


 二人の目の前に一台の車が止まる。


「おや、君のタクシーかな?」


 これでお小言から解放される、と上機嫌のタシュだが、


「いえ、私が頼んだのは馬車のはずですが」

「そうなの?」

「雇い主がケチなもので」

「あー、ね。分かる」


 どうやらタクシーではないらしい。


 ではなんなのか。

 予想もつかないでいるうちに、車のドアがゆっくりと開く。


 中から現れたのは、



「やぁ、メッセンジャーくん。数日ぶりだね」



 長身でブロンドの、爽やかな美青年。


「シルヴァー伯爵」

「ええええぇぇ!?」


 タシュの顔が困惑に染まる。


「本日はどのようなご用件で? 書類なら取りに来られなくとも郵送いたしますが」


 一方ジャンヌは相変わらず淡々としている。三者三様である。


「いやなに、直接報告したいことがあってね」

「さいで」

「君、向こうでも伯爵にそんな態度……とったんだろうなぁ」

「それで、報告したいこととは?」


 ジャンヌは目線を相手へは向けず、また腕時計へ。


「花嫁選びについてだよ」


 しかしアーサーが気にした様子はない。

 変に器は大きい男である。


「むしろそれ以外だったら驚きますが」

「それで、誰をお選びになったんですか?」


 これ以上不敬な物言いを挟ませないようタシュが話を進めると、


「あの5人からは選ばないことにしたよ」


 アーサーはさっぱりした笑顔を浮かべる。


 いかにそれ自体もジャンヌの提案とはいえ、

『花嫁を選べ』という依頼としてみれば、結果は伴わなかったとも言える。


 しかし彼にそれを不満に思う様子はない。

 タシュはホッと胸を撫で下ろす。


「そうでしたかそうでしたか。まぁご縁ってのは人間じゃ()()()()()()()()()ところがありますからね! 残念でしたが、それもまたよいでしょう!」

「君もそう思ってくれるか」

「はいはいはいそれはもう! もし同じ状況がございましたら、そのときはまたウチのジャンヌをぜひ!」


 なんなら次のセールスに繋がる。

 大喜びのタシュだが、


「そうだな」


 アーサーはニヤリと笑う。


「同じ状況、ではないんだが。実は早速メッセンジャーくんを所望したくてね」

「おぉ! それはまた、どのようなご依頼でしょうか!?」


 タシュが手揉みして近寄るが


 アーサーは彼を無視し、ジャンヌの方を向く。


「何か?」


 それに気付いたジャンヌがチラリと視線を向けると、


「あの5人から選ぶ代わりにね」

「はい」



「私は君を選ぶことにしたんだ。メッセンジャーくん」



「……は?」











 と、ここまでが長い長いジャンヌの回想であり、

 ようやく彼女の意識は現在、冒頭の時間軸へ帰ってくる。

 というか、



「はあああああ!!??」



 タシュの大声で引き戻される。


「何言ってんだアンタ!?」

「言葉どおりの意味だが?」

「ダメダメダメ、ダメに決まってるだろ! 頭イカれちまったのか!」


 彼はアーサーとジャンヌの視線を遮るよう、あいだに割り込む。

 対する伯爵も首を伸ばし、男二人ガンを飛ばし合う。


「おや、所長も存外口が悪いんだな」

「アンタの頭の悪さほどじゃないね!」

「ではその聡明な頭で教えてくれたまえ。何か問題でも?」

「問題しかないね! 人の女を取らないでもらおうか!」

「いや、あなたの女ではない」

「ジャンヌ!」


 当の本人が言葉を発したので(渦中なのに蚊帳の外もおかしいが)注目がそちらへ。


「ではメッセンジャーくん。私が君を求めて問題はないわけだ」

「ジャンヌ! 分かってるね!」

「確かに法や倫理的な問題はありませんが」

「ジャーンヌ!」


「が、なぜ?」


 さしもの彼女も、いや、大概失礼な人物である。

 むしろ手で触れなければ大抵のことは分からない。

 鉄面皮も鳩が豆鉄砲喰らった顔になる。


「なぜだって?」


 しかしアーサーの声色には淀みがない。

 まったくもって当然の論理、という自信がそこにある。

 彼は胸を張り、そこへ手を添える。


「君が言ったんじゃないか。『私が時間を一緒に積み重ねようと思える相手を選んだ方がいい』『性格がおもしろいとか、顔がいいとか』『政略結婚と割り切るか』と」

「言、いました、が」


 だんだんと豆鉄砲から『ウソだろ?』という表情へ。

 若干青ざめたか。



「君こそ()()に合致するじゃないか。社交界にはない性格で、うん。顔も甘い感じではないが、私は嫌いじゃない。その能力だって、これほど政財界社交界で武器になる伴侶はいない」



「えぇ……」

「メッセンジャーくん」

「んがっ!」


 アーサーはタシュの顔面を手のひらで押し、横へ除ける。

 そのままジャンヌの目と鼻の先まで来る。


「もちろん今すぐ婚約を迫ったりはしないよ? 君自身が『時間を積み重ねる』重要性を説いたからね。今プロポーズしてもフラれるのは目に見えている」

「賢明です」


「だから、これから何度も会いに来るよ。そして愛情を積み重ねようじゃないか」


 キリッとキメ顔の伯爵だが。

 当のジャンヌは


「……」


 端的に言ってすごく嫌そうな顔。絶句。


「どうせまた領地へ引っ込まなきゃならないくせに。せーぜーガンバんなー」


 代わりに憎まれ口を叩くのはタシュ。

 最初の畏敬はどこへやら。


 しかし、お貴族さまに庶民の刃など届かないらしい。


「問題ない」

「あ?」

「シルヴァー家事業拡大のために、何年かはキングジョージに滞在することとなったんだ」

「はぁ〜!?」

「南方帝国との貿易さ! これも君がヒントをくれたことだよ、メッセンジャーくん」


 アーサーはそっとジャンヌの手を取る。


「汚い手で僕のジャンヌに触るなぁ!」


 そこにタシュが飛び掛かってくる。


「君のじゃないんだろう? 本人がそう言ったじゃないか!」

「なんだとぅ!? だったらいいさ!」


 かと思えば、彼はジャンヌを指差した。


「本人に決めてもらおうじゃないか!」

「えぇ……」

「僕だろう!? ジャンヌ!」

「私なら君に、幸せを約束できる。愛でもお金でもね」

「うわぁ」

「メッセンジャーくん」

「ジャーンヌ!!」


 彼女は実に不愉快そうに、視界いっぱいに迫りくる二つの顔を交互に眺めると


「そうですね。では私は」


 ふと視線を横、道路の先へ向けた。


 すると、ちょうど一台の馬車が走ってきており、

 アーサーの車の後ろに止まる。


 ジャンヌはそちらに気を取られている二人の横を抜けると、馬車に乗り込み、



「次の依頼人を」



 にっこり微笑み、ドアを閉じた。


「は?」

「ちょっと!」


 そのまま(いさか)う男二人を残し、

 馬車は一気に走り去ってしまった。






        ──『メッセンジャー』は花嫁を選ぶ 完──

お読みくださり、誠にありがとうございます。

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