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ありがちな5Wとそうでもない1H

「刑事さん! いったい誰なんですの!? 主人の水差しに毒を盛ったのは!」



 夜みたいに暗い嵐の日。

 雷光でシルエットが浮かぶ、小高い丘の上の洋館。


 その一室で、リッチなドレスのマダムが中年へ詰め寄る。


「それは、そのぅ」


 キャメルスーツに中折れ帽の彼が一歩退がると同時、

 天より落雷が(ほとばし)る。


 カッと照らされた室内では、


「このなかにいるのか!?」


 まだ20代だろう、パリッとしたスーツの青年、


「いやっ! 怖いわ!」


 彼と年近い、ブラウスにロングのフレアスカートなレディ、


 そして静かにじっとしている、老年の執事や若いメイドたち。

 大勢の人間が先ほどの刑事を囲むように円を形成し、


 薄暗くて頼りなく揺れる、ロウソクの火のような表情をしている。


 ただ一人、


「父上! (かたき)が分かりますよ!」


 青年の視線の先、窓際のベッドで横たわり、



 無の、悠久の眠りを浮かべる男性を除いて。






 一方そのころ。


 一台の馬車が、鉄柵のアーチが豪奢な門を通過する。

 この天気にも関わらず、馭者(ぎょしゃ)は見事な馬捌き。馬は淀みない足捌き。

 くるりとロータリーのカーブを曲がり、玄関前で停止する。


 蹄と車輪の音も止み、豪雨に木製の車体を叩かれる音がダイレクトに。

 鼓膜を埋め尽くさんばかりの轟音に、


 コツ、と。


 硬いブーツの底が石畳に降りる音は、かき消されただろうか。






 場所は戻って先ほどの一室。


「さぁ! お答えになって!」


 マダムの眼は夫の分まで血走っている。

 対して刑事は、


「それがですな」

「なんですの!」

「そのぅ」

「はっきりなさい!」


「いかんせん、手掛かりがないもので……」


「はぁ!?」


 この()()()()

 父の死に顔を見つめていた青年も振り返る。


「なんだとキサマ! この役立たずめ!」

「いひいぃ」


 刑事は()()()()()()

 今なら万引き一人捕まえられそうにないものの、



「だ、大丈夫です! 今回は助っ人を呼んでありますので!」



 起死回生の一手とばかり。

 人差し指を立て、強張った笑顔を浮かべる。


 だが残念ながら


「だったらその助っ人とやらはどこにいるんだ!? おまえの頭の中か!? えぇ!?」

「いえ! そういうわけでは! ただ、呼ぶには呼んだのですが、まだ到着しておらず……」

「だったら一緒だ!」


 いないのであれば世話はない。現状ただの苦し紛れでしかない。


「いひぃぃぃぃぃ!」


 どんどん端へ追いやられ、壁のシミのようになる刑事。

 美形でもない中年相手に、誰も喜ばない壁ドンが繰り広げられる。


 鈍い音が廊下に響いたそのとき、



 コツコツコツコツ、と

 壁の向こうから応えるように。



 硬い床を硬い靴底で叩く音が、

 一定のテンポで堂々と、しかし軽めの打感で響いてくる。



「来た!?」



 刑事のリアクションはスロットでリーチが掛かったかのよう。

 開いた瞳孔でドアを凝視すると、


 ちょうど足音がその向こうで止まり、

 コンコンコン、とノックする音が響く。


 一瞬、雨音さえも静まりかえった錯覚に陥る室内。


「はいはいはい! 今開けます!」


 刑事がそれを破り、別人のように素早くドアへ飛び付く。


 果たして開いた先にいたのは、



「いやぁ、お待ちしておりましたぞ! 『メッセンジャー』さん!」

「遅れてしまって申し訳ありません」



 濡れて色が濃くなっている、臙脂にストライプのパンツスーツで身を包む


「この雨ですから、馬車では時間が掛かってしまって。近ごろ流行りのモーターカーとかいう……あれは屋根がありませんし」

「分かります分かります」

「刑事さん、そちらの方が」


「はい! 助っ人にお呼びした『メッセンジャー』さんです!」


「そうですか、警察の応援に、



 こんな若い女性が」



 二十歳前後に見える女性。

 やや長身で中性的な顔立ちをしているが、それは女性にしてはの話。


「初めまして。『ケンジントン人材派遣事務所』から来ました」


 しかし当の本人は、歓迎より奇特と困惑に満ちた空気を気にしない。



「『メッセンジャー』を務めます、ジャンヌ=ピエール・メッセンジャーと申します」



 淡々とあいさつをする。

 扱いも口上も、もう慣れたものなのだろう。


 だが、ルーティンとなった彼女はいいとして。

 呪文みたいな内容に混乱するのは青年たち一家である。


「『メッセンジャー』って、電報配達員(メッセンジャー)?」

「でもお名前も」

「メッセンジャーとか」

「ジャン=ピエール? 男?」


 殺人現場にいるとは思えない、のんきな()()()()が場に満ちる。


電報配達員(メッセンジャー)さんがどういったお手伝いを?」

「それはですな!」


 食い気味に答えたのは刑事。

 せめて『有能な人員を手配した』という向きで失点を取り返したいのだろう。

 彼は腕を大きく広げ、『メッセンジャー』を指す。


「彼女は探偵をしておられまして、



 人の心を読むのです!」



「「「「「は?」」」」」


 唐突に飛び出すオカルト話。

 何人もの抜けた声がシンクロする。


 しかし刑事の方はひと握りの疑いも持たずウキウキだし、

 当のジャン()=ピエールはというと、


「『メッセンジャー』は郵便配達員ではありませんよ。まぁ、論より証拠でしょう」


 右の手袋の、手首のホックを外す。


 警察関係者とは思えない、白く()()()()な手が抜き出される。


 が、普通手袋は捜査のときにするもの。逆である。

 誰もが状況を理解できないでいると、


「お手を拝借」


 彼女は外交官のように、青年の手を取り固く握る。


「な、なんだ」

「お静かに」


 もともと柔和な雰囲気でもなかったが、やや鋭い声。


 きっと集中しているのだろう。

 じっと目を閉じ、相手の手を握ったままピクリとも動かない。


 先ほどから些細な動きに合わせて揺れる赤毛。

 ()()()くらいのポニーテールや、多めの()()()()()()()()


 それだけが少し、下から風が吹いたように動いたか。


 と、1分もしないうちに、


「あなたは……


 朝食のスフレの具合に文句がありますね?」


「なっ」


『メッセンジャー』はクスリと笑う。


 場は「えっ?」という空気に包まれるが、彼女は気にしない。


「あなたも、失礼」

「あらっ」


 流れるように、青年の妹だろう若いレディの手を取る。

 それからまた少し止まったかと思えば、


「なるほど。もう1匹、今度は小型犬を飼いたい、と」

「まぁ!」

「では次はマダム。お付き合いください」


 こんな調子である。

 使用人たちはポカーンとしている。


 しかし、


 青年とレディはお互い顔を見合わせ、呆然としながら、


 無言で小さく頷き合う。


「『メッセンジャー』さん」

「なんでしょう」


 彼女は青年の方を振り返らずに返事する。


「随分とまた、事件に関係ないことを読まれるな」

「『父がこうなって悲しい』『遺産配分が気になる』なんて読んでも、ですね」


 そう、


「『そんなの見れば分かる』『コールドリーディングであって読心はインチキだ』と言われかねない」

「……なるほど」


 しょうもない内容ながら、



 確かにあってはいるのだ。



 周囲もそれを察し、室内は緊張感に満ちて静まりかえる。


 そのなかでただ一人、くすくす笑いながら。

 次々使用人を捌いていく『メッセンジャー』だが、


「おや」


 あるメイドの手を握った瞬間、


「意識の表層まで出ている」



 悪魔のようにニヤリと笑う。



「あなたがご主人を殺害しましたね?」

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも興味を持っていただけましたら、

ブックマーク、『いいね』などを

よろしくお願いいたします。

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